告白
「ちょっと墓参りに付き合ってくれないか」
図書館にいった翌日の朝。今日の予定についてユウに声をかける。
「・・・・・」
「ダメか?」
「いいよ。行こう」
昨日はバスでの移動であの有様だったので、正直、今日はゴネるかと思っていた。すぐに返事はしなかったけど、意外にも嫌な顔もせず了承してくれる。
「多分何か所か行くことになるから、少し歩くと思うけど」
「わかった」
先に懸念も伝えたけれど、ユウは意見を変えなかった。なんだからしくないなと思いつつも、不満がないならこれ以上は何も言わない事にする。
ただユウの、何かを決意したような顔だけは少し引っかかりを覚えた。
※ ※ ※
昨日、図書館でりっちゃんが教えてくれた話に、僕は少なくない衝撃を覚えた。
「ここに来る途中、大きな川を渡るじゃないですか」
「あぁ、あの遊泳禁止の看板の」
「実はあの看板の原因になったのが、その女の子なんだそうです」
あの川の上流、場所は隣の町だが、子供が川で溺死してしまう事件が起きた。
その子供というのが当時この村で一緒に遊んだあの女の子だったらしい。その事件以降、年々あの川の付近の所々に遊泳禁止の看板が立てられていったという。
あの少女は、もうこの世にいない。
事の顛末としては複雑な部分なんて一つもないのに、僕はたかがそれだけの事実を飲み込むのに、それなりの時間を要した。
幸か不幸か、僕は都合よく図書館にいたので、過去の新聞記事を調べることにした。司書のお姉さんに言って検索してもらうと、あっさりその記事は見つかった。
「
それが彼女の本名だったと、今更になって知った。
本当に今更だった。
それほど大きな記事ではなかったけど、住んでいた町、年齢、そして公開された顔写真は、確かに僕の記憶にあるあの少女だった。
※ ※ ※
「どこまで行くつもり?」
「ん・・・そんなに遠くではないっぽい」
スマホの地図アプリを起動して、もう一度目的地を確認する。地図によると、次の停留所で降りて、そこから徒歩で5分もかからない。
行き先は彼女、優季が住んでいた町だ。そこにある墓地を巡って墓を探そうと考えている。幸い2カ所しかなかったし、苗字も珍しいものだったので多分、探せなくはないだろうと思う。もし見つからなかったらその後の事はその時に考える。
「ふぅん・・・」
それきり、ユウは口を閉ざした。
やはり妙だなとは感じつつも、僕も彼女の墓前で何を告げるべきか、ちゃんと考えをまとめておきたかったので丁度良かったと思う事にした。
停留所でバスを降りる。道路を挟んで向かい側に花屋を見つけたので、そこでお供え用の花を買った。
「ねぇ。そこまで準備する必要、ある?」
線香やロウソクなどの小物も持って来ていたので、確かに若干手荷物が増えて来たのを見かねたのか、ユウが声をかけてくる。
「そりゃまぁ、要るだろ。一応」
「一応、ね」
それだけ言って、ユウは一人で先を歩きだしてしまった。少し早足になって僕もそれを追いかける。
とくに迷うこともなく、目的の墓地へと辿り着けた。
お寺で桶を借り、持参した墓参り道具一式に仏花も加えたらさすがにちょっと歩きづらくなってくる。しかしユウに持ってもらうワケにもいかないので頑張って全部持って歩いた。
お寺の裏手に周ると、ずらりと規則的に並ぶ墓石が一望できる。ぱっと見た感じ、多分100基もなさそうだけど、荷物が多い今だと若干面倒な気もした。ここに彼女のお墓があるかもまだ不確定なのだ。
一度身軽になってその辺りの確認を済ませてしまおうと、荷物を置ける場所を探して周囲を見回す。
それとついでに、僕の個人的な用事に付き合わせて申し訳ない気もしたけど、ユウにも探すのを手伝って貰おうと声をかけようとした。
するとここでも、ユウは何故か何も言わずに一人でさっさと動き出す。そして迷いない動きで、奥から3列目に通路に入っていった。
ここにきて僕はようやく、ユウの行動の違和感に気付いた。
普通に考えて、探すなら端から順番に見ていく方が効率的だ。それなのに、まるで最初から目的の物がそこにあると知っていたかのように、他の家の墓石は一瞥もくれることなく歩を進め、一つの墓石の前で立ち止まった。
そもそも僕はユウに彼女の、『優季』の事を説明した覚えはない。今日だって「墓参りに行きたい」と言っただけで『誰の』とまで説明はしなかったハズだ。
図書館で新聞を見ていた時も、ユウは近くにいなかった。
思い返せばバスを降りてからも、ユウは地図も確認しないのに迷うことなくここまでたどり着いた。予め道を知っていたかのように僕の前を歩いていた。
知っていた? 何を?
もしかしてユウは生前、ここに住んでいた?
偶然?
『ユウ』と、『優季』との接点は?
僕は墓所の入り口に立ち尽くしたまま、ただその小さな背中を目で追いかけた。
ユウが振り返る。その目は何かを決意したように、力強く真っすぐに僕を見つめていた。
お互いに何も言葉を発さないまま、僕は何か見えない力に背を押されるようにただ足を前に動かしていく。
ユウの足跡をなぞるように同じ通路に入り、一つのお墓の前で歩を止める。
油の差し忘れた機械のように、ゆっくりとぎこちなく首を回す。伴って動かした視線が捕らえる。
目の前の墓石に刻まれた、その家名は。
『姫崎家』
ここが、探していた『彼女』の眠る場所だった。
僕は当初の予定通り彼女の、姫崎優季の眠るお墓を見つけることが出来た。
ここで僕は彼女に、『お守り』を失くしてしまったを詫びるつもりだった。
しかしここに来てユウの不可解な行動がノイズとなり、混乱を呼ぶ。
ユウがこの事に、どう関係している?
ユウと優季が偶然にも知り合いで、この場所を知っていた?
だとしても、僕と優季の関係についてユウは知らなかったハズだ。
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
「・・・・・ふぅ」
落ち着いて、まずは呼吸を整える。
解らなければ、聞けばいい。情報は、目の前にある。
けれど僕が気を落ち着かせるまでの間に、ユウが先に口を開いた。
「いつ、気付いたの?」
ユウの質問は主語を省いた、酷く抽象的なものだった。なんというか、お互い全て把握した上での答え合わせを始めるような、そんなニュアンスを感じた。
「何の話だよ」
気付くも何も、今の僕の頭はむしろ疑問の方が多くを占めている。
多分まだ、前提からして何かが噛み合っていない。
「そうだね。今更もう、どうでもいいか」
「どうでも良くはないだろ」
まるで自分の中ではすでに終わってしまった出来事の様な態度で語られるのには少々ムっときた。僕の方はまだ、全然話に追いつけていない状況なのに。
「ごめん。そっか、そうだよね」
「あぁいや、僕の方こそ」
素直に謝罪されて、ちょっとだけ平静さを取り戻す。
「それじゃあ改めて」
落ち着いたところで、ひとまずユウの話を先に聞くことに決めた。
頷いて、先を促す。
「私ね、夏生に謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「謝る?」
「・・・あの『指輪』、失くしちゃったの」
『指輪』と聞いて、僕は激しく動揺した。なぜ、ユウがその事を知っているのか。
僕にとって『指輪』というと、真っ先に思い浮かべるものがあった。
それは遠い過去での大切な約束の象徴であり、つい先日失くしてしまったけれど、これまで大事に『お守り』として扱ってきたものだ。
事ここに至ってまさかの偶然や勘違いという可能性は非常に考えにくい。けれどそこだけはハッキリと確認しておかなければならない。
「『指輪』っていうのは、あの、夏祭りの日に僕が優季にプレゼントしたあの『指輪』の事?」
「うん。そうだよ」
応えはやはり、肯定だった。
これで優季とユウに繋がりがあったことは確定した。関係性が何であれ、ユウは優季に指輪の事を聞いて、知っている。
けれど今ここでそれを明かす理由とは?
優季の死因は溺死だった。そこにユウが指輪を紛失させたという話がどう絡んでくる? まさかユウが優季の死に・・・
最悪のロジックが組み上がりかける。
しかし続くユウの言葉で予想は更に困惑を深めた。
「君が私にくれたあの指輪のこと」
私が?
聞き間違い? 違う。確かに「私」と言った。違う、優季は優季だ。ユウじゃない。
ならなんだ、同一人物? ウソ? ユウ=優季だった? いや、いくら記憶が不鮮明だったとしても間違えないそんなハズない! そうだ新聞で顔写真を確認したじゃないか全然違う別人だ。じゃあ誰だ目の前にいるのは?
コ イ ツ ハ ナ ン ダ ?
整理の着かない頭のまま、目の前のソレに向かって詰め寄ろうと一歩足を踏み出した瞬間、背後から声がした。
身体は反射的に声のした方へと振り返る。
「あら?」
『ユウ』と全く同じ顔をした少女が立っていた。
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