模索
「ところでさ」
「何よ」
ふと気になっていたことを聞いてみる。
「ユウって今いくつ?」
「上から89、54、77」
「スリーサイズは聞いていないしサバ読むな」
「女の子に歳は聞くものじゃないわ。デリカシーを持ちなさい」
「なら淑女としての慎みを持て。この見栄っ張り」
確かに慎ましくはある。どことは言わないけど。
「夏生は?」
「高校3年。17歳」
ちなみに誕生日はもうすぐだ。夏休み中に通過するので友達に祝って貰ったこともあまりないが。別に悲しくナイヨ?
「私が言うのもなんだけど、受験生じゃない。勉強、大丈夫なの?」
「まぁ・・・・・・心配はないよ」
「何よその間は。含みのある言い方ね」
実際には誕生日のことで思いを巡らせていただけだが、都合よく解釈された。
「別に嘘は言ってないよ」
「・・・」
「・・・・・・いや本当に大したことではないんだけど」
自分の都合に付き合わす以上、ここは譲る気がないらしい。変に真面目な空気になってしまった。
「僕の今住んでる町も、ここと比べれば栄えてはいるけど、学校そのものがそれほど多くないんだ。選択肢が少なくて『一つ上のランク』まで結構遠いんだよ。だから必死で勉強して、多少偏差値が上がったところで志望校を変える予定はないんだ」
「でも」
それでもユウはまだ納得のいかない顔のままだった。こっちから言い出したことなのにあまり気を遣われるのも不本意だったので、言うつもりのなかったもう一つの理由も、仕方なく説明することにした。
「実は僕、陸上やってたんだけどさ」
「え」
履いていたハーフパンツの裾を少し捲って膝を見せる。そこには大きく斜めにはしる手術痕が残っていた。
「冬に自主トレ中、滑って転んで、まぁ少しオーバーワーク気味だったとも医者に言われたけど、とにかく膝を壊してね」
暗い雰囲気にならないように、意識的して口調を軽い感じになるよう調整する。
「幸い手術も成功したし、今は日常生活にも支障はないけど、部活は早々に引退した。とはいえどうせ目立った成績は残せそうになかったし、おかげで勉強の時間は多く取れてるし、悪いことばかりでもなかったよ」
さすがにあまり激しい運動を繰り返すと痛み出すけど、その程度だ。体育の授業も普段は団体競技が多くて手を抜きやすいし、マラソンなんかは病み上がりな事を建前に堂々とサボれているのでむしろ助かってすらいる。
「なら、いい、けど」
明るい理由ではなかったせいか、まだ渋々といった具合ではあったが一応納得を示してくれた。
「それで明日からの予定なんだけど」
「うん」
「さっきも話したけど、とりあえず未練のありそうなことをひとつずつ消化していってみようか」
話しながらスマホを操作しメモアプリを起動した。まずは『やりたいことリスト』と銘打ってチェックリストを作る。隣に移動して一緒に画面を覗き込んでいたユウがおー、とか言って小さく感心していた。
「適当に思いついたことからでいいから挙げてって」
「じゃあじゃあ、まずはね、」
そう促すとさっきまでの空気は霧散し、やはり今まではどこか鬱屈とした感情を溜め込んでいたのか、一転して楽しそうで声も弾んでいる。
しかしそこからは年相応(そういえば結局知らないままだが)の女の子らしくキラキラした目で指折り未練、と言うより最早ただの要望を列挙し始めた。やれ○○というお店の新作のスイーツが食べたいだの(複数店舗)、聞いたことのないブランドの服飾店の秋物の服が欲しいとか(コーデ一式ウン万円)、あれもしたい、これもしたい、もっともっとしたい。と止まらなかった。
僕は開始5秒でリスト作りの手を止め、一旦全ての意見を却下した。
「ねぇユウ。一度落ち着いて考えて欲しいんだけど、君が今挙げた中で、ホントに成仏出来ないくらい執着してそうなものがある?」
まぁ確かに絶対とは言い切れないし、『年相応に遊びたい』という未練であればたくさんあるのも納得は出来る。自分から協力を申し出た手前、簡単にやっぱり無理す、とあっさり手の平を返すつもりもないが、全部こなすのは時間的にも経済的にも無理だ。
なので多少の罪悪感はあるが、幽霊だから食べるのも服を着れないだろう、と説得するか、そこはお供えする形にしたとしても要求を減らすように譲歩して貰わなければならない。
さて何を材料に交渉を進めたものか・・・
「そうだね。ゴメン、ちょっと舞い上がっちゃってた」
地味に本気で悩んでいたところを、あっさりとユウが自分から折れてくれたものだから拍子抜けし、逆に僕の方が驚かされてしまった。
「いや、まぁ・・・うん」
「じゃあ私も少し真面目に考えたいから、続きは明日にしよう」
「わかった」
唐突に話を打ち切ったユウにほんの少し違和感を覚えたけど、僕はその提案はすぐに受け入れた。今日一日、色々あったおかげで肉体的にも精神的にも疲弊していた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
こうして心身ともに疲れ切っていた僕はすぐに意識を手放す
・・・
・・・・・・ことは出来なかった。
理由は単純。実は仕切りを一枚隔ててユウはそのまま同じ部屋に居座っていた。
緊張してなかなか寝付けないまま時間は過ぎ、疲労と緊張の均衡が崩れたのは空が白み始める少し前だった。
翌朝。早朝と呼んでも差し支えない様な時間に、僕はまだ半分まぶたの下りたままのユウを伴い外に出ていた。
「ねぇ、どこに向かってんの?」
「すぐ着くよ」
両脇に大きな杉の木が並ぶ石段を二人で歩く。
「ユウは小学生の頃、夏休みにラジオ体操とかやってた?」
「あー・・・あったね、そんなの。確か」
歯切れの悪い反応だ。多分、面倒だったんだろうなぁと予想をつける。
「この辺りではさ、座禅会っていうのがあるんだよ」
「あの胡坐でジッとしてるやつ?」
「胡坐とは足の組み方が違うんだけど。まぁ、そうだね」
正しくは太ももの上に足を乗せるように組む。無理なら確か片足でも可。
「最初に30分くらい座禅を組んで、終わったらその後皆でお経を読むんだ」
「あー、そーゆー・・・」
「せっかくだし、一応試しておこうかと思って」
で、いきなりだけれど。結論から言って、作戦は見事空振りに終わった。
まず足を座禅の形に組むことも出来なかったユウは開始5分で飽き、その後姿が見えないのを良いことにひたすら僕の邪魔をし続けた。目の前をうろちょろしたり、耳や首筋に息を吹きかけたり。とどめに脇腹をくすぐってきたり。その時姿勢を崩した僕は警策で肩を打たれたが、背後に回っていたユウも油断して一緒に額を打ち抜かれて悶絶していた。(やっぱり住職さんもユウには気付かず、感触もない様子だった)
そして本番の読経の方はといえば、
「どう? 何か体の変化とかは(小声)」
「・・・めっちゃ眠くなる」
昇天しそうなのか退屈なのかどっちだろう。まぁ考えるまでもなく後者だろうけど。
結局お経を読み終わっても、特に変化は見られなかった。
ていうか聞いたところで内容が分からなければ効果なさそうじゃない?
というのが後の本人の談。まぁ、馬の耳に念仏という諺もあるしなぁと酷く納得できる感想だった。
同日、ほぼ陽も沈んで空の色も薄墨色に変わる頃、今度は二人庭に出てプランBの準備をしていた。
まぁ準備と言っても大して時間のかかるものでもないけれど。
「で。今度は何するの?」
縁側に座って星を眺めていたユウが質問してくる。
「何って・・・昼間何買ってたか見てただろ?」
「興味無かったし」
いや君の為にやってるんですけど?
まぁユウだし、と納得して作業の続きをする。
「送り火だよ」
説明しながら袋から必要な道具を取り出す。まずは耐熱皿の上に小さく千切った新聞紙を置き、その上に適当な長さに折ったおがらを並べていく。以上。
おがらは割りばしなんかで代用してもいいらしいけど、折角なので一応ちゃんとした道具をそろえて試すことにした。百均だけど。
「こっちは?」
そういってユウが手に取ったのは、ナス。ただし、
「なんで割りばし刺さってんの?」
そして傍にはもうひとつ、同様に割りばしの刺さったきゅうりが置いてある。
「お盆に先祖が行き来する時の乗り物として、きゅうりで馬を、ナスで牛を作って備えるんだ」
行きは早く来れる様にきゅうりの馬を、帰りはゆっくり帰って貰いたいのでナスの牛を、という意味だそうだ。
「さて」
ライターを取り出し、新聞紙に火をつける。火はすぐに大きくなり、おがらに燃え移った。今日は風も無い。立ち上る煙は散っていくことなく、まるで一本の道のように夜空に線を引いていった。
ふと、他界した祖父の顔を思い出す。僕はこれまで死後の世界については信じていなかった。故人を悼む気持ちはあるし、こうして毎年墓参りにも通ってはいるが、どこか形式的なものでしかないという気持ちが拭い切れていないと思う。
けれど僕は、ユウと出会った。
その存在を、目の当たりにしてしまった。
この立ち上る煙を目印に先祖の魂はこちらへと戻るらしい。
祖父も気付いて、こちらを見ているのだろうかと、空を見上げてそんなことを考える。
そしてユウも、祖父と同じ場所へと辿り着けるのだろうか。
「・・・人が感傷に浸ってる横で、君は何やってんのかな?」
後ろを振り返ると、提出の義務もないのに自由工作に勤しむ1人の
「ちょっと待って。意外と刺す場所のバランスが難しいのよ」
「何そのキモイ生物。馬っつってんじゃん」
ユウの手元を見ると、僕が準備していおいたきゅうりの馬に足が増えている。細長い胴体部分にわさわさと足が並び、ムカデみたいになってしまっている。
・・・まぁ確かに動きは早いが。
「ちゃんと覚えてるわよ。ホラ、北欧神話にいたじゃない。足たくさん生えてる馬。めっちゃ強いそうじゃない?」
得意げに見せつけてくれるが、やっぱりムカデにしか見えない。もしくはゲジゲジ。
「・・・・・」
それに乗って夜空を駆けるユウをイメージする。めっちゃ鳥肌たった。
まぁいいか。結局はただの飾りで、大事なのは気持ちである。そう思うことにした。
「それでさぁ」
壊れないようにムカデ馬をそっと地面に置き、ユウが健気に燃え続けるおがらを近くで覗き込む。そしてそこから真っすぐ上へと吸い込まれるように立ち上る煙を追いかけ、夜空をみあげた。僕もそれに合わせて、二人で空を見る。
「・・・どうなるの?」
どうなるんだろうね?
作業工程としてはもう全て終わってしまった。何か起きるのだとしたら後はもう流れに身を任せるしかない。
「何かこう、体がふわっとしてく感じとか、ない?」
「ふわっとしてんのは夏生の説明でしょうが」
珍しく僕の方が突っ込まれてしまった。返す言葉もない。
「とりあえず、もうちょい煙に乗る感じで近づいて、体の力抜いて」
「ふぅー・・・」
「えーと、リラックスして。はい、深呼吸」
もはや僕も適当に指示を出してるだけだが、そもそもダメ元でやっているだけなのでユウも一応それっぽい感じでこなしてみようと従う。
そして事件は起きた。
「すぅー・・・、っ、ぅぶ、ぇほっ、おぇ、ぼっ、っ!」
深く息を吸い込んだユウが、一緒に煙も吸い込んで盛大に噎せた。
「お、おい、大丈夫か?」
よろけたユウが後退る。そして不幸にも行く手には、忠実に主人を待つムカデ馬(笑)が鎮座していた。
「うぎゃああああああっ‼」
後の光景は予想と違わず。踏み抜いたきゅうりはぐしゃりと砕けて、刺さっていた割りばしがユウの足の裏にざっくり。見てるだけで超痛い。
「ふーむ・・・」
さて、何と声をかけたものか。片足を抑えて跳ね回るユウを眺めているのも滑稽で面白いが。
とりあえずは縁側に座り直し、生き残っている魔改造されたナス牛から余計な突起物を取り除いてやる。
「ま、食べ物では遊んじゃいけません、て事で」
そんな感じで、プランBもあえなく失敗した。
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