約束②
「まったく、怪我でもしたらどうするんだよ」
「別にどうもしないけど」
「女の子なんだから、顔の怪我とかもっと気をつけなさい。嫁の貰い手がなくなったらどうする」
折角こんなに可愛い顔をしてるのに、というのは頑張って口に出すのは留めた。そういうセリフは顔面偏差値の高い人間しか言ってはいけない。この世のルールだ。
「・・・そしたら貰ってくれる」
こっちの心情を見抜いているのか否か、からかう様ないやらしい笑みで楽しそうに見つめてくる。やっぱり女王様というかSっ気があるなコイツ。
「そういうセリフは生前に言って欲しかったな」
「痛っ」
精一杯ポーカーフェイスを保ったまま、まだ仄かに赤い額をぺしりと叩いた。
「ナツキくんにキズモノにされたー」
棒読みの抗議は無視する。
「ていうか」
これから自分の言おうとする内容に、一瞬躊躇いを覚えて言葉が途切れる。
「怪我とか・・・するのか」
「えー、さっき壁にぶつけたの、かなーり痛かったんだけど。本当にコブとかできてない?」
そう言ってさっきぶつけた額をさする。赤みは大分引いていた。
「いや怪我っていうか、その、もっとこう、大きな怪我とかしたらどうなるのかって思ったんだ」
今更デリカシーみたいなものを発揮しても仕方ない気もしたけど、なんとなく直接的な言葉は使いたくなくて避けた。我ながら気遣いの仕方としては下手くそだったとは思うけど、言いたいことは十分伝わったらしい。
「あー・・・、どうなんだろうね?」
ユウの返事は酷く投げやりなものだった。まるで他人事のような、どうでもいいというか、どうなってもいいというような感じだ。
「やっぱり私って成仏した方がいいのかな?」
幽霊にとって成仏するのが良いことか悪いことかなんて僕に判断がつくわけがない。今こうして下らないやりとりをしている女の子が、目の前から消えていなくなる。それは本人以外からしたら、死と同義だ。
例え彼女がすでに一度は死んでいようと。
それは少しだけ、寝覚めが悪い。
「・・・僕にきくなよ」
そんなもの、他人の判断に委ねるべきじゃない。
「あ、でももし怪我か成仏どっちでも同じ消えるんだとしても、やっぱ痛いのは嫌だな」
何を思ったかは知らないけど、どちらにせよユウ自身の中では消える前提で考えているようだ。
・・・・・・このままでいいんじゃないのか。
そんな言葉が喉まで出かかった。
もしこのまま、特に何もせずに過ごしたらどうなるんだろう。放っておいてもいずれ勝手に消えてしまうのか、何も変わらないのか。
それとも地縛霊だとか、何某かの良くない変化が現れるのだろうか。
「ねぇ、ユウ」
「うん」
「何かやりたいこととかある?」
「どしたの急に?」
会話に繋がりを見出せなかったのか、疑問符を浮かべて僕の方を見る。
「君も何かしかの未練とかがあったから幽霊になっちゃったんじゃないの」
「未練、未練、・・・未練かぁ」
目を閉じて未練未練と繰り返すも具体的な内容は一向に出てこない。
「意外だね。何も無いの?」
「いや逆にあり過ぎて絞り切れない。そりゃー私だって年頃の女の子ですもの。見たいもの、行きたい所、食べたいもの、やりたいことなんて星の数ほどあるよ」
「納得」
お道化てみせてはいるけど、それは限りなく本心に近いものなんじゃないかと思う。
ユウが幽霊になってからどれくらいの時間を、どんな風に過ごしてきたのかは知らない。けど、初めて会った時に彼女は確かこう言っていた。
『君は、私が視えるんだね』
自分が死んだと分かって、誰にも気づいても貰えない状態になって、何を思ったのか。
友達と明日の予定を話して笑い合う子供たちを、どんな表情で見ていたのだろうか。
幼い頃の記憶が頭を過った。上級生も下級生も入り混じって、たくさんの子供たちが一緒になって仲良く走りまわっている。そしてその輪から一人外れて、木陰で本を読む少女がいる。
僕は昔、その子の手を取ってあげると約束した。
それはとても、大事な約束だった。
「僕さ、まだしばらくここに泊まってく予定なんだ」
「? そうなんだ?」
「けどこの辺ってあまり見る所とかも無いだろ」
「そうだね」
「だから少し、時間を持て余してる」
「・・・良いの?」
言いたいことは伝わったらしいけど懐疑的な表情だ。
確かに普通に考えたらこんな話は、成り行きで関わるには面倒で、しかも相手が幽霊とはいえ重過ぎる案件だ。なにより僕にはメリットは何も無い。
けど、
「僕はこれでも、約束は守るタイプなんだ」
約束という単語に思い当たる所の無かったユウは首を傾げていたけど、心配しなくてもその反応で合っている。これは、僕自身への宣誓だ。
「君が消えてもいいと思えるまで付き合うよ」
こうして、僕の夏休みの予定が埋まった。
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