約束①
少女は「ユウ」と名乗った。そして自分が幽霊であると紹介された。
言われてみれば確かに、人並み外れて整った容姿に最初に出会った時の情景を思い浮かべれば月を背負って淡い光を纏う様は人外めいた雰囲気を醸し出していてって、納得できるかーい。
というノリツッコミと一緒に若干自分のキャラを見失いそうになるくらい動揺したりもしていたのだけど、突然あの場所に現れた事や、どうにも僕以外の人には見えていないらしいという状況証拠から一応信じることにした。(それでも往生際悪く付近にカメラなんかが設置されていないか探したりもしたのだけど)
「和室はいいとして・・・壺に、掛け軸に、盆栽に、何か年寄りくさい部屋ね。あなた本当に高校生?」
変なものを見る目でユウが顔を顰める。というか、
「・・・なんで普通に着いて来てんの?」
この場合、憑いているの方が正解かもしれない。
「男の子の部屋に入るなんて初めて!って実はちょっと緊張してたんだから。私のピュアな気持ちを返してよ」
人の話聞けや。そして僕だって初めてだよ。自分の部屋ではないが。
「ここは母親の実家。盆の時期とかはよく帰省してしばらく泊まって行くんだ。ここはその間借りてるだけで元々は祖父が使ってたんだよ」
話を聞かないことには早々に諦めをつけて、こっちが大人の対応をとることに決めていた。いまだに年齢は解っていなかったけど、相手の精神年齢が低そうならこっちもそこまでバカ丁寧に話さなくてもいいやと口調も崩した。それともう一つ、ユウは外見はお嬢様風で優し気な顔はしているけど、中身は若干キツめで時々さらりと毒を吐く。なんだかちぐはぐな印象だった。
そうしてしばらく話しているうちに緊張はほとんどなくなった。正直に言ってユウの外見はとても可愛らしい。しかし残念な事に中身がそれに伴っていないため、気を引きたい異性というよりも洸太みたいな年頃の弟妹を相手にしている気分だ。
そして何より看過出来ない事実として、
「・・・・・・幽霊、なんだよなぁ」
「しつこいわね。現実を見なさいよ」
「非現実が何を言う」
座布団を2枚出して1枚をユウの方に適当に放る。礼も言わずに当然の様にそれに座るけど、特に気にならない。むしろお茶のひとつくらい要求してくるのではないかとさえ思っていた。はやくも上下関係が定まりつつあることに若干の危機感を抱いた。
そんな感情が顔にでないように平静を装いつつ僕も腰を下ろす。足を伸ばしてくつろいだ姿勢になったところで、ひとつ疑問が浮かんだ。
「・・・随分堂々とした視姦もあったものね。夏生って足フェチ? それともお尻?」
視線に気付いたユウが半眼になって釘を刺す。失礼な。
それにフェチ云々以前に、胸元の発育が乏しいユウでは鑑賞に値する部位は選択肢が限られている・・・なんてツッコミは思っても口にしない。
そして考えていたのもそんな事ではない。
「今の状況って他の人からはどんな風に見えるんだろうなって思って」
「えーと、」
ユウが立てた指を顎にあてて首を少し傾ける。
あざとい動作だが美少女だとそれも様になってしまうのがズルいと思った。
「美少女拉致監禁」
顎に当てていた指をどこかの名探偵みたいにこっちに突き付けてきた。うるせぇ指へし折るぞ。
「罪状じゃねぇよ」
勝手について来ただけどろうが。あと自分で美少女言うな。
「そうじゃなくて」
鼻先に突き付けられた指を払いのけ、今度は僕が指さす。その指先が指し示すのはユウのお尻、ではなくその下に敷かれた座布団。
「今、ユウの姿が見えない他の人から見たら何もないのに座布団が窪んで見えるのかな、って」
「んー、多分そうなんじゃない」
自分の事だというのに至極どうでも良さ気な返事だ。
「写真なんかはどうなるんだろ?」
ポケットからスマホを取り出し、カメラを起動する。そのままユウをフレームに収めてパシャリ。
「いやポーズとか要らないから」
「遠慮しないで待ち受けにしてもいいのよ」
咄嗟のことだったというのに、しなをつくって横ピースにウインクまでバッチリ決めてしまう辺り恐れ入る。
検証に対する興味か女子としての矜持で写真写りが気になったのか、隣に移動して一緒にスマホを覗き込む。ちょっといい匂いがしてドキドキした。
「・・・これじゃあ待ち受けにはできないわね」
これもまぁ予想通りではあったけど、ユウの姿は全くと言っていい程写っておらず、背後に飾ってあった壺のみが綺麗に被写体として収まっていた。
「なぁんだ、偽造心霊写真のひとつふたつも撮れるかと思ったのに」
「いやそれ偽造じゃなくないか」
一応本物だし。どこまで本気で言っているのか分からないけど少し残念な顔をしながら座布団に座り直す。
「おっ、と」
そこで大分気持ちが緩んできたのか、体をほぐそうと背中を軽く反らしていたら、バランスを崩したのかゆっくりとユウの体が更に後ろまで傾いていく。
そして僕の方からは、ユウの背後に置いてあった文机が視界に写っていた。このまま倒れたら確実に頭を強打する。
「危なっ」
「うぎゃ」
反射的に支えようとして手を伸ばす。しかし間に合うハズもなくそのままユウは背後に倒れた。
「・・・・・・え」
しかし予想していた後頭部と文机のぶつかる鈍い音と衝撃はなく、普通に畳に背中から落ちただけのバタリという音だけだった。
―――今、確かに当たったよな?
「うわ、あっぶな。机あったんじゃん」
すぐにむくりと体を起こしたユウは近距離に机があったことに今更気付いて驚いている。どう見てもぶつかる距離にあるというのに、ユウの反応からして本人はギリギリ躱したと思っているようにしか見えない。
まさか、すり抜けた? でも何であの文机だけ?
・・・もしかして。
今の現象に対して、一つだけ仮説が立った。
「ユウ」
「なに」
「ちょっと手を貸してくれない?」
「何するつもり?」
ユウが座布団の位置をちょっと調整してから正座して座り直す。
「ちょっと、確かめたいことが出来て」
「だから何を」
「大したことじゃないから、少しだけ頼むよ」
仮説が正しければ、説明してしまうと多分失敗するはずだ。だから強引に押し切るしかない。それと説得しながらもバレないようにこっそりとポケットから必要なものを取り出す。
「すぐ済むからさ。手を出して、目を瞑ってて。あぁ、片手だけでいいよ」
一瞬嫌そうな顔はされたものの、言った通りに応じてくれた。
おいスカートの裾を抑えるな何もしないっての。
軽くイラっとしつつもとりあえず検証を優先する。といっても本当にすぐ終わるのだけど。さっきこっそりポケットから出しておいた硬貨をユウの手の上に落とす。それだけだ。
突き出されているユウの手の平の上、15センチほどの高さから、摘まんでいた硬貨から指を離す。すると当然硬貨は重力に従い真下へ落下し、
トン、とユウの手をすり抜けて畳の上に落ちた。
音に反応してそっと片目を開く。
「終わった?」
「うん。あ、今度は目開けてていいから手はそのままで」
そうして畳の上に落ちた硬貨を摘まみ上げ、また同じように手の上まで運ばれていく硬貨を視線が追いかける。そして再び同じように指を離す。
すると今度は、ぽとりと硬貨はユウの手の平に収まった。
「うん。なるほど」
「一人で納得してないで、説明ぷりーず」
前半を見ていないユウは理解が追いつかず、自分だけ解っていないことに不満げな様子だ。別に焦らすつもりはないけど、説明するために頭の中で文章として纏める時間が少し欲しかっただけなのに。
「多分、認識の有無によるんだと思う」
「認識」
「かなりざっくり言って、あると思えば触れて、無いと思えば触れない」
「え、何? 禅問答的な?」
それから僕はさっきの机をすり抜けた件と、ユウが見ていない状態で硬貨を落とした検証の結果を説明する。
「君が認識した段階で干渉が可能になるんじゃないかな」
「なるほど」
「例えばの話、背後からボールが飛んで来たりしても、君が気付かなければそのまま素通りするんじゃないかと思う」
「つまり私に不意打ちは効かないということね」
合ってはいるんだろうけど、発想がバトル漫画みたいだ。
「体を通過する途中で認識した場合にどうなるかはわからないけどね」
念の為気付いた事も忠告しておく。面白がって深く考えず何か危ないことでもしでかすかもしれない。そうなる前に一応釘を刺しておくことにした。
「認識・・・意識、私が、そう思えば。だからか」
「ユウ?」
さっきまでの新しい遊びを見つけた子供のような雰囲気とは一転して、まるで人が変わったかのような真剣な表情で何かを考えていた。余程深く思考に集中しているのか、僕の声にも気付いている様子は無く、ぶつぶつと独り言も漏れている。顔の前で手を振ったりしてみたけどまるで気付いていないようだった。
「よし」
仕方がないのでしばらく放置していると、何かの結論に達したのか握りこぶしをつくって立ち上がる。
「つまり世界は私の思うがままということね!」
「ごめん何言ってるのか分かんない」
さっきまでの大人びた真剣な表情は幻だったのではと思う程綺麗さっぱり消え失せ、また意味不明な事を言い出した。
「あると思えばある、無いと思えば無い。だったらやろうと思えば壁抜けとかもできるんじゃないの私⁉」
あー、そういうことか。と、ユウが何を考えていたのかは理解した。
確かに認識を意識が上回ることが出来れば、もしかしたらそれも可能なのかもしれない。認識を上書き出来る程強く、何かを思う。
やっぱり思考が少年漫画みたいなやつだなぁと思った。
「信じればそこに壁は・・・、無い!」
なんだか格好いい台詞とともにユウが壁に突っ込んでいくのを、冷めた目で見守る。
「ぎゃうっ‼」
ガン、と鈍い音がして、案の定壁に衝突したユウが跳ね返って部屋の真ん中を転がった。
「ふぬぅおおおおぉぉぅ・・・」
額を抑えてのたうち回るバカに、呆れてかける言葉も見つからない。
しばらく無言で観察していると徐々に動きも少なくなってきて、痛みも落ち着いたのかまだ赤みの残る額から手を離して大の字に寝転んだ。
「あー、やっぱり無理だったかぁ」
「むしろ本気だったのかよ」
「いけると思ったんだけどねぇ」
口元は笑っている。けれど目尻に雫を残したままの瞳は、ふざけているようでどこか真剣にも見えた。
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