第22話 Make debut #3


 はえーわ。

 めちゃくちゃはえーよ、こいつ。


 俺の前を走る男はひたむきなまでに速く駆ける。

 ここまで速く走られちゃ、距離を詰めるだけでも一苦労。

 こっちも最短距離を常に取り続けなければすぐに距離が離される。


 こいつの一番すげぇとこは身体の使い方が異様に上手い。

 無駄な動きがないというよりも余計な力を無駄なくいい方向に使っている。

 力のロスがほとんど見られない。

 俺が今まで見た中で段違いでレベル違い。


 30キロを過ぎた辺りでもスピードが落ちない。 

 どんな体力してんだよ。


 ここまで出来る奴がルーキーで入ってきたとなると俺もうかうかはしてられないな。


「待てぃ!! オラァッ!!」

「いや、これ、いつまで続けるんですか?」

「無論!! お前が止まるまで!!」

「でも、止まったら蹴るんですよね?」


 …………ああ、確かそんなことも言ったな。

 だが、今はそんなことはどうだっていい。

 目の前のこの男よりも早く馳せたいだけだ。


「んなこたぁもう関係ねぇよ!! 俺は前を走るお前をぶち抜きてぇんだよ!!」

「じゃあ蹴らないんですね?」

「おう!!! 俺に二言はねぇ!!!」

「では、止まるっすね」

「は?」


 こいつ、いきなり急停止しやがった。

 トップスピードから一気にゼロスピード。

 なんつう敏捷性してやがるんだ。


 俺もブレーキを掛けるが、身体が流れる、というかぶっ飛ぶ。

 この溢れるエネルギーをどこに受け流す?

 そんなことは決まっている。 


「でぃぃぃりゃァァッ!!!!」


 ぶっ飛びながらも身体を捻って反転させる。

 

 やることは一つ。

 空中を思いっきり蹴り飛ばすに決まっている。

 

 何もないところにある空気の柱? 壁?

 まあ、イメージとしてはそんな感じのものを、だ。

 ストッパーにするような感じで蹴り飛ばす。

 スズカの姐さんが空中を走るアレの応用だ。

 あれよか、かなり雑で強引なやり方だが、止まりゃなんの問題もない。


 止まりやがれ、俺の身体。


「―――――!!!!」


 俺が空気の壁を蹴った衝撃で爆発が起こる。

 傍から見れば何かを逆噴射させたようにも見えただろう。

 俺的にはこれが一番エネルギー放出には向いている。

 ぶち抜いたら止まらない。留まるギリギリの強さに抑える。

 

「ふぃ~っ! 流石、俺!!」

「ここの世界の人らの身体能力どうなってるんですか?」

「まあ、俺を基準にすんなよ。

 怪我した今の俺は下の下だ、前みたくは上手くはいってねぇさ」

「はぁ……」


 怪我する前だったら、もう少しだけ上手くやれたはず。

 ……………………多分。

 ま、そんなことはさておき、だ。


「それにしてもお前、なんで出ないんだ。新人競技会?」

「それは朝ちゃんと起きれないからっす、エントリーに間に合わんきゃダメっすよね?」

「確かに!!」

「納得しちゃった!?」

「ん、納得しては何かまずかったか?」


 ははーん。これは何かありそうだ。

 気になる。気になるが、首を突っ込んでいいのかわからない。

 俺としては同期がいないこのギルドで出来た初めての後輩だ。

 割とどう接していいのかわからない。

 俺が長い事リハビリで顔出してなかったのもあるがな……。


 それに今、俺の同期いねぇんだよな。

 皆いなくなった、うん、いなくなった。


 だから、ぼっちだよ。

 空元気でいつも声を張ってるのが本音だ。

 おっと、俺の話はどうだっていいか。

 不幸の自慢話なんざくっそつまらん話になるだけからな。

 

「まあ、あれだな! お前は応援がんばれ!!」

「あ、はい」


 これでいいのか。

 いや、きっといいはずだ、恐らくは。

 深入りはしない、一線はちゃんと引く。


「えっと本当の理由とか聞かないんですか?」

「いや、別に聞かなくていいかなって!!!」

「ええ……あの聞きたいとは思わないんですか?」

「思ってるよ、思ってる上で俺は聞かない!!!」

「それはご立派ですね」

「だろ!!!!」


 何か言いたそうなツラしてる。

 が、俺は聞いてやらない。

 何故だが、『コイツ』には悩むそぶりなんて見せれない気がした。

 何故かはわからんが、強いて言うなら俺の直感。


「さて、思えばずいぶん遠くまで走ったな!

 ところでここがどこだかわかるか!?」

「知りません」

「ははっ!! だろうに!!」


 帰り道どうすっかな。

 俺は店の場所は知っているが、ここがどこだかわからん。

 これは参ったな。

 足が折れた時以来のピンチだ。



「貴方達ね! 街中を爆速で走ってたのは!」

 


 うわ、警備団だ。

 制服の色を見た限り新人だな。

 初々しさが見て取れる。

 こういうことを言うのは少々ジジイ臭いかもしれないな。


「ルドアさん、私たちってそんなに爆速でしたか?」

「さあ? 俺はお前の速度に合わせてた走ってただけだが!!」

「いやぁ、私を抜かしたからルドアさんの方が速かったっすよ?」

「だな!!! 俺の勝ち!!!」

 

「無視しないでください!

 まったく、通報があったから来てみたらなんて非常識な人達!」


 ご立腹のようだ。

 若い子がそんなイライラしてたら、仕事中のスズカさんみたくなるぞ。

 あの人ほどイライラが顔に出てる人はいないからな、怒らせる奴の気がしれんな。


「とりあえず、両手をあげなさい!」

「はい」

「調書を取るんで名前と所属を答えてください!

 まずはそこの青髪の人から!」

「俺は『ルドア・リュール』!! 所属はSS会だ!!」

「『アイン』っす、所属は右に同じでSS会っす」

「ルドアさんにアインさんね……所属はSS会……え?」


 キョトンとしている。

 そりゃうちのギルドの名前を出したら『触らぬ神に祟りなし』って言葉が当てはまるわ。

 俺がもし彼女と同じ立場だったら見なかったことにしてさっさろこの場を離れたい。


「えっと、ルドアさん、うちのギルドってなんかヤバいとこなんすか?」

「なんだなんだ知らずにうちに入ったのか?」

「クリスさんが今日を生きるのに必死だったからっすね」

「へぇ、あんな顔だけでも食っていけそうなツラしてんのにか?」

「いやいや、あの人は脊髄反射で生きてるような理性派気取ってるただの野生児でオタクっすよ」

「そういうもんなのか?」

「まあ、人は見た目が9割っすからね、あとの1割はそこそこに付き合ってみないと分からないっすからね」


 なるほどな。

 これは俺の勘だが、あの嬢ちゃんはあの若さで相当な死線を潜ってきたと見える。

 ありゃ相当だ。

 深く踏み込まない方が身のためだ。


「やあ、見回りかい、トゥーレちゃん」

「あ、先輩、実はかくかくしかじかで……」

「なるほどね……その説明じゃ俺じゃなかったらわからんからそれは他の人にはやらんでね」


 うわ、何か来た。

 格好からしてこの男も警備団であるのは間違いない。

 そして、やけに爽やかな雰囲気で……何か苦手だ。

 

「はいはい、あのSS会ってことはあの超上手い飯を作る人のとこだろ?」

「お、マスターさんのことをご存じで……」

「まあ、いろいろと有名なとこだからな……こっちでもマークしてる奴は何人もいるって噂だ。

 で、通報の内容的には『わけのわからない男二人組が街中を爆走してて危険だ』ってことだったが、確かにそうだな」


 俺もわけのわからない扱いされてるが、そうなんだろうな。

 いやあ、実際にそうなんだけどもな。


「で、なんで走ってたんだ?」

「忘れた!!!!」

「は?」

「いや、私がルドアさんから逃げ切らないと剛脚で蹴られそうだったから走ってただけっすよ」

「ほうほう。それは大事件だ、で?」

「で? とは?」

「その逃げ切ったのか、どうかだよ?」

「追い抜いたから、俺の勝ち!!!」

「だ、そうっす」

「すまんが、お前らのルールはどうなってんだ?」

「知りません」

「知らん!!!!」

「ね、わけのわからない人達でしょ、先輩」

「……確かにな」

 

 先輩と呼ばれている男。

 歳は大体俺と同じくらいに見える。

 と、なれば今度の新人競技会に出るかもしれんな、俺の勘だが。


「お前らがここに来た目的は?」

「無い!!!!」

「無いっすね、強いて言うなら私が己の本能に従い、自由気ままに走ってたらここに着いたってとこっすかね」

「そうかい、『嘘』は言っていないようだな……申し遅れたが、俺は『ヴィクトル』、以後よろしく」


 一瞬だけだが雰囲気が変わった。

 ガチ目な時のビスタさんのみたいだ。

 まあ、あの人ほどスイッチが入った瞬間がわかりやすい人もいない。

 

「で、さっきのド派手な火柱は?」

「俺!!!!」

「ものすごい勢いでルドアさんが何もないところを蹴っ飛ばしたら出た火柱っすね」

「なるほど……で、お前らは新人競技会の出場者か?」 

「私は出ねぇっすよ」

「俺は出るぜ!!! 無論出るからにはどんな奴にでも勝つつもりでいる!!!」

「ほう……となると「先輩ってことは……競技会で私たちと戦うかもしれないってこと!?」

「……まあ、そうだ」


 ほら、当たった。

 俺の勘も捨てたもんじゃないな。


「ところで先輩、SS会と何か関わったことあるんですか?」

「何回か飯を食いに行ったことがある、普段は酒場だからな。

 料理長は普通に気のいい人で何よりも飯の質が良かった。

 ……ただギルドのマスターには会えなかったし、その前回の新人競技会に出てたって5人には出払っていていなかった」

「へぇ……」


 ……確かにあの料理の腕前なら料理長と間違えられてもおかしくない。

 言わなきゃわからんだろうけども普通に名乗らんしな、マスター。

 

 あの人は深くを語らない。

 聞けば大体教えてくれるが、自分からはあまり語らない。

 昔は『救世主メシア』だ、なんざ言われてたらしいが、今はただの気前のいい飯屋だ。


 ま、そのうちマスターの過去話は酒の肴に聞いてみるとするとして……


「ヴィクトルさんよ! ここがどこなんだが教えてくれ!!!」


 まずは帰ることを第一優先にしようか。

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