第21話 Make debut #2


「今回は……まともなメンバーで来るんだよなぁ?」

「まぁな」

「前回みたいなふざけた奴らが来たら、今度こそテメェらをぶっ潰す」

「おっと、オレのことはどう思ってもいようが、どう言おうが構わんが……

 ……こうなんだ、うちの子らに手出すんなら、容赦しねぇが?」


 マスターとカウンター越しに話す男。

 恐らくは新人競技会に出てくる他のギルドの長なんだろう。

 

 黒い髪にぎらついた眼。

 纏っているオーラのようなものがある。

 上背はないものの、威圧感がある。


 割とバチバチだ。

 俺がお留守番だから、こういうことしか言えない。

 

「で、そっちの男前がテメェのとこの新入りか?

 見ねぇツラだから一発で分かったわ」

「……男前? そんな奴はどこにいる?」

「お、無自覚か、天然か、ま、どっちでもいいわ。名前は?」

「……カナロ」

「ほう……へぇ……なるほどな、

 俺は『ボス』と呼ばれている、そこのボンクラとはただの昔馴染みだ」

「誰がボンクラだ」

「牙が抜けて腑抜けになったお前はボンクラだ、それ以上に似合う言葉は……」

「おっとそれ以上は……」



「――――その人に牙ならここにまだありますが?」

「マスターの牙、2本以上、ある」

 


 とんでもない速度で首元に鋏と刀を突き付けられた。

 やっぱ、敵に回すと怖い人たちだ。


「クレーマーなら首おいてそこらへんの土にでも還りなさい」

「おっと悪かった悪かった、が、こっちはちゃんと客だ。

 飯代はちゃんと払っている」

「なら、よろし、マスターの飯、旨い、食ったら、払え」


 場を丸く収まったのか。

 いや、収まったか?

 収まったなら、まあいいか。


「で、お前さんのことだ、ただ飯食いに来ただけってわけじゃないだろうな」

「ま、敵情視察ってやつだよ、それじゃあフェアじゃないしうちの若い奴を連れてきた。

 …………っておい、いつまで食ってやがる」

「いんやぁ、ここは飯も旨い、可愛い娘ちゃんも美人さんも多い、特に一番はさっきすれ違った二人組の……」


 なんだ、このチャラそうな男は。

 このボスとやらのギルドの奴なんだろうな。


「あいつがお前んとこのルーキーか?」

「おう、うちのルーキーで一番賢い奴だよ」

「よしてくださいや、ボス……それじゃあアイツらがアホみたいじゃあないですか」

「お前に比べたら、だよ」


 頭の上にグラサン。

 チャラい、俺から見てチャラい。 


「どうも『インザーク』です、以後お見知りおきを」

「礼儀正しいんだな」

「挨拶は基本ですからね」


 見た目で人を判断しちゃいかんな。


「で、すれ違った二人組のどっちがタイプだ?」

「背が高くて、スタイルの良い美人さんのほう……

 って、なんでアンタ、そんなに睨んでるですかい?」

「…………別に」

「ストップだ。カナロ」

「…………わかっている」

「絶対わかってないだろ。妬くな妬くな」

「…………別に妬いてない」


 ああ、クリスさんなら仕方ない、美人だもの。

 うん、ただなんだろうか……モヤっとする。  

 だから、コイツを睨んでいるのかもしれない。


「どうやら、インザ。また地雷を踏みぬいたみたいだな」

「あらら何かそうみたいっすね……いやでも俺は事実言ったまでだし」


 並んで立つとボスと呼ばれている方は意外と背が低い。

 まあ、それはそれとして……………


「おう、カナロ」

「…………なんすか?」

「人が二人以上いれば嫌でも火種は起こるもんだぜ?」

「………………」

「うちは私闘は基本的に禁止だが、手合わせくらいなら許可するぜ」

「……………別にそういう気はない、っす」

「いやいや、新人戦で当たるかもしれない相手の手の内知っておくのはいいかもしんないぜ?」

「……………それなら一理ある」

「あれ。これ戦う流れっすか?」

「……………やるか?」

「いいっすよ、飯食っただけじゃ偵察の意味ねぇっすから。

 それよりもアンタ、強いっすね、しかも相当な手練れ。

 こっちとしては願ったり叶ったりっすね」

「決まりだな!! おう、てめぇらぁ、賭けの時間だぞ!!!!」


「「「「「っしゃあああああ!!!!!!」」」」」



 あんたらどこからでも湧くな……。

 いや、そういうノリの人らが集まっているところだからな。

 ほぼ全員が食っていた手を止めて、テーブル等を片付ける。

 非常に手際が良い。 


「ルールは?」

「シンプルに行こうぜ。先に相手に「参った」と言わせた方が勝ち。

 武器の使用はあり、魔法の使用もあり、ただ相手の命を奪うのは無し。

 オッズは……まあ勝った方に掛けた奴が負けた奴の総取りして分配。

 まあそれじゃあ賭けにならないし、俺が払い戻しに5%上乗せするぜ」


 賭けとして成立させようと必死だな。

 マスターがそういうことが好きなのはよく知ってる。 


 さて、それよりも、だ。

 目の前の男をどうするか。

 

 軽く身体をほぐすように動く。


「あ゛、あ゛あああ……うむ、声の調子は良し、さぁて……」


 発声練習し始めたぞ……。


「やぁやぁ! 俺は生まれは北の都! 育ちはチトセ!

 新人序列第2位、名は『インザーク』!!

 『闇に舞う閃光』、一つ舞わせていただくぜ!」


 あ、カッコイイ口上だ。

 しまった、俺そういうの考えてねぇわ。

 いや、それよりも新人序列ってなんだ? 


「……カナロだ」


 シンプルに名乗る。

 うーん、こうするしかない。

 俺も何かそういうのを……いやいや柄じゃないと思われてそうだ。

 ここはあえての我慢だ。


「カナロー、勝ったら、今日、ビスタが奢る」

「……負けたら?」

「お前の毛、全部、毟り取る」

「!?」


 俺の負けた時のリスクが超デカい!

 なんだ、それは? と突っ込みそうになったがやめた。


「スズカが」

「私はやりませんよ」

「なら、クリスにやらす、よろし?」

「それならいいですけども、ところでそんな脅迫文句を誰から?」

「ん、アインから」

「なるほど、意外にえげつないわね、あの子」


 どこの毛●り隊だ、アイツは。

 ともあれ俺が勝てば何の問題もない。


「さて、投票結果はインザーク君に1票。それ以外全員カナロだな」

「あちゃー、こりゃあ断然不利だ、負けてもしょうがないですね。

 けども、負ける気で勝負挑む気なんざハナからありませんからね」


 飄々としてるが、この手の輩は裏がある。

 力量を図り間違えずにやるしかないんだろうな。


 いや、そんなことよりもこいつに1票入れたのは誰だ?


「分の悪い賭けは嫌いじゃねぇんだ」

「ボス、分の悪い方って俺のことっすか?」

「そりゃあな、相手のホームで明らかな格上。

 しかも、手の内探ろうとしてるのが見え見え。

 身内の同情票だ、一票も入らないのは可哀そうだからな」


 鋭いのか優しいのか。

 この男も全く読めんな。


「お前んとこの新人は序列2位か……1位は?」

「あいつは待機中、いつか来る日のための爆発のために力を溜めている。

 本当はここに連れてきたかったが、本人が万全じゃないからな」

「まあ、それなら仕方ねぇな……じゃあ、始め!!!」



 いきなり始めんな!?

 と、集中は切らすな。


 あいつの方は……ボクシングスタイルだ。

 距離を詰めての左ジャブの連射。

 

「シッ!!」

「…………」


 躱す必要はない。

 全て見切って、受け止めればいい。

 鍛えられたいい拳だ。だが、甘い。

 俺を倒すつもりなら『目にも止まらぬ速さ』程度じゃ甘い。

 目で映る程度ならスローモーションとさほど変わらない。


 ……師匠の地獄のような正拳と比べたら、そよ風と変わらない。


 と、雑念が入った。


「やっぱり、勝てるわけないっすよ、これ」

「…………なら、どうする諦めるか?」

「勝ちを譲ってくれるなら、こっちは諦めますよ?」

「…………生憎、こっちは俺の毛根の命が掛かっている。勝ちを譲るわけにはいかない」

「ありゃりゃ、ならこっちはギアを上げるだけっすね」


 速度が倍……いや、6倍か。

 確かに速い。その上に精度も高い。

 だが、それだけだ。


「…………ハッ!!」

「嘘ぉ!??」


 左足一本。

 それを居合抜きのように使う。

 

 上段の回し蹴り。

 

 手応えは十分にあった。

 直前にガードはされたが、吹っ飛ばすには十分。 


「…………あと30倍は速さが足りない」

「いやいや、そんな速度、人間が出せないでしょ??

 出せてもあと10倍が、ギリギリっすよ、こっちは!」


 いや、そんだけ出せれば十分だよ!????

 すまん、比較対象の基準が化け物すぎたわ。

 やっぱり、わからない。

 この世界の基準がさっぱりわからない。


 どこまで出していい。

 どの程度まで抑えればいい。


「…………まだ諦めないか?」

「なら、次がダメならすっぱり諦めるっすよ、こっちの切り札っすから」

「…………そんな大事なものをこんなところで見せていいのか?」

「切り札ってのは切るためにあるんですよ?」


 一理ある。

 だからこそ問いたい。

 こんなところで切っていいのか!???


「『凪』解放、速度上限突破……いくっすよ、『風塵の一撃』」


 風が舞う。

 これはヤバい。

 うん、やばい。


「当たるとちょっと痛いっすよ?」

「…………そうか、避けていいか?」

「ダメっすよ。必殺技は受けてなんぼでしょ?」

「……………そうか」


 ここはあっさり避けてしまいたい。  

 いやだって、30倍まで出せって言ってるのに10倍程度じゃ足りない。

 だが、周りの目がある。

 ここの人たち、どう考えても空気読めと視線を俺に送っている。

 ビスタさんに至っては目を輝かせて、相手の必殺技がどんなもんか知りたがってる。


 ……………ああ、これか。

 師匠が言う通り、確かに退屈はしない。

 試行錯誤を繰り返すのは確かに楽しい。

 けれども、これは圧倒的な力量差があって成り立つことだ。

 

 俺、強くなりすぎてるわ。

 お師匠さんに感謝はしてるが、いやはやこれは少しやりすぎだわ。

 育てる側が加減を知らないからこんなことになる。


「いくっすよ!!」


 あ、アイツが視界から一瞬で消えた。

 …………決して見失ったわけではない。

 確実にここにいる。


 …………右から左。

 左から上。

 上から背後。

 背後から左。

 左から真正面。

 真正面から…………また加速したな。


 まあいいさ、速さは関係ない。

 問題はいつ仕掛けてくるかの一点だけ。

 その一点だけをカウンターで狙うだけだ。



「…………シッ!」



 俺の右拳が顔面にクリーンヒットした。

 あいつを数メートルは軽く吹っ飛ばした。

 だが、不思議と手応えが全くない。

 ジャストミートで感触が残らないという奴か、これは。


「ああ、これはもう『参った』ですね」

「はい、勝負あり!」


 勝ったには勝ったが、釈然とはしないな。

 余裕ですっと立ち上がったところを見ると…………何かまだ隠し玉あるのだろう。

 まあとりあえず、俺の毛根の命は助かったから良しとしよう、それでいい。


  

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