第5話 第0話もしくは第2話(裏)



 ――――世界はいつだって不平等だ。


 

 幼い頃から、ずっとそう思っていた。

 自分は自分。他人は他人。

 そう考えるのが楽だった。

 だからと言ってはなんだが……別に自分のことを特別だとも思ってはいなかった。


 だが、この状況はなんなんだろうか?


「…………あ、どうも」

「……………」


 目の前には大きめの殺気だった熊みたいなの。

 いやいやいやいや、さっき突っ込んできたトラックに撥ねられて死にそうだったけどもな。

 …………うん、さすがにコレはない。

 不平等にも程がある。

 

 無造作にその爪が振るわれた。


「…………」


 ギリギリで避けれた。

 獰猛な獣の研ぎ澄まされた爪だ。

 背後にあった木がなぎ倒された。


 鋭い眼光で熊は睨みつけてくる。

 ………狙っているな。

 全く以てして状況が掴めない。

 だが、一つ分かった。


「ああ、そうかい……やろうってんなら、テメェを取るッ! 命懸けて来いやッ!」


 こっちもキレるわ。

 死んだかと思ったらこんなところにいるんだから。


 ま、理不尽すぎてもうどうでもいいけどな。


 駆ける。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 たまに蹴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴られる。 

 血が沢山出た。

 それでも殴り返す。

 力をおもいっきり込めてぶん殴る。

 左腕を両足でがっちり挟んで投げ飛ばす。

 そんでまた殴った。

 マウントポジションを取って殴った。

 身体が大きく吹っ飛ばされる。

 追撃を掛けてきたところをまた殴る。


「オゥラァッ!!」

「ギャアス!!」

「さっきからギャアスカギャアスカ……うるせぇんだよ!! ちぃっとは黙りやがれ!! この熊野郎!!!」


 右腕を両足で挟み、そのまま曲げてはいけない方向に全体重を掛けて捻る。


 確実に折った。

 筋肉や骨や神経その他等々を同時にねじ切った。

 熊の右腕がぶらりと垂れさがった……もうしばらく動けないだろう。


「右腕取ったぜ! この野郎!!!」


 それでも残った左腕の爪で来た。

 その爪をカウンターの要領でぶん殴って砕いた。

 それでもその牙で噛みつこうとしてきた。

 近くにあった木片を蹴り上げて防いだ。

 ナイス俺、俺も必死だよ。

 必ず死ぬって書いて必死だよ。


 こいつも生き残るために必死になってきている。

 目の前の熊が俺の言葉を理解して、挑発に乗ってきたからだろうか?

 ああ、なんでこんなことになったんだろうか?


 そんな時だったか……。


「横に避けて!」


 人の声がした。

 人……うん、人だと思う。

 若い女……いや少女の声だな。

 それと同時に何かが飛んできた。


 杖か…………杖!?

 そして、そのままものすごい勢いで熊の脳天をぶち抜いた。

 ヘッドショットにしては些かスマートではない。


「大丈夫ですか?」

「……身体中が痛いに決まってんだろ? 出血してんの見てわかんねぇのか?」

「えっと……なんか、すみません……いま治癒術を……」

「治癒術?」


 日常生活では聞き覚えがない単語。

 目の前の少女、よくみたらファンタジー世界のような恰好をしている。

 いや、ファンタジー世界なんて漫画とかゲームでしか知らんけど。

 身体に変な浮遊感を感じる。

 

「まったく相手が手負いだったから良かったものの……」

「アイツに手傷を負わせたの……俺だけど?」

「……はい? 冗談ですよね?」

「万全だった相手の体力を削ってこんだけの怪我で済んだから重畳だよ」


 頭の血が抜けたからだろうか、少し冷静になった。

 目の前の少女……俺から見ればまだ若い。

 10代半ばくらいか? 俺のストライクゾーンからは少し外れる。

  

「旅の人ではないようですが、一体どこから……?」

「知らん、俺が気が付いたらここにいた」

「ここに……?」


 不思議そうな顔してやがる。

 まるで珍しい動物を見ているような。

 珍獣扱いされてるのは……慣れているがな。

 

「…………えっと、この森は普段から旅の人が入れないように師匠が結界を張っています」

「ほうほう……それで?」

「私はこのような成りをしていますが、魔導士のようなことをしておりまして……」

「うむ、可愛らしい」

「ありがとうございます。で、まだ見習いの身ですが、召喚術も齧っておりまして……」

「…………」

「今日もやってみたのですが……。

 もしかしてなのですが、貴方は私に召喚されたのでは?」

「なるほどな」


 ああ。

 アレか。

 所謂、貴方は異世界に召喚されました、だ。


 超冷静になってきた。

 うわあ、マジかよ……。

 帰りてぇわ……。


「帰る方法、知らないか?」

「すみません、私も召喚術の成功は初めてで……」


 いや、失敗だろ。

 目の前にボワアって感じで召喚陣から出てくるのが普通は成功だよ。

 そのようにツッコミたかったが、俺はきっと疲れている。

 なので、俺は流す。


「お嬢ちゃん、名前は?」

「私『オルフェ』って師匠から呼ばれてます」

「俺は……そうだな……『ジョン・ドウ』とでも……」

「『名無しの権兵衛さん』ですか、で、本名は他にあるんですか?」

「あったらいいね。偽名とか形式番号とかコードネームとかでしか基本的に呼ばれたことねぇから。

 いい案があったら、お嬢ちゃんが適当に決めていいや」

「じゃあ『カナロ』さんで」

「ん、じゃあそれでいいや」


 それからのことは……ああ、なんだろうな。

 語るには少々時間が足りなくてな……。

 まあ色々あってな……。



 ――――それから約2年の月日が経過した。

 


 その間にオルフェの師匠さんに滅茶苦茶しごかれ……。

 元の世界に帰る気はとっくのとうになくなった。


 一人でも生き抜いていくための術を教えてもらおうとした結果だ。


 というか、なんだよ、あの化け物は……。

 格闘とか剣術とか魔法(?)とか全レベルカンストしてた。


 最初はまあ、死にかけたよね。

 あの師匠さん、最初の熊よりも10倍から100倍ほど強かった。


 オルフェも当然のように毎日一緒にしごかれた。

 弟子なんだから当然だ。 


 それでもオルフェとはなんやかんやで一緒にいる。

 召喚された側の使命……責務? いや、保護者をしている。

 世間知らずかつ天真爛漫でどこかほっておいてはおけない奴だ。

 

 恋愛対象? さあな。

 最初はストライクゾーンからは外れてたが、2年も経てばね。

 そこそこに成長して……悪くはない。

 

 でも、やっぱ恋愛の対象として見れないわ。

 で、師匠の方もずっと俺をガキ扱いするので当然パスだ。


 ……だが、こいつらと一緒にいないとなんだが人間性を失いそうな気がしていた。

 

「じゃあ、師匠行ってきます!

 今まで本当にお世話になりました!!」

「……色々と世話になったな、この恩は多分死ぬまで忘れないと思う。

 いや、死んだ後も前世の記憶とかあっても忘れないと思う。

 無茶苦茶な訓練やらその合間合間のアンタの楽しそうな顔も、きっと」

「カッカッカッ!! 暴れといでバカ弟子ども! ……それとカナロはその子のこと頼んだよ」

「ああ、頼まれた」

「?」


 色々と知ってしまった以上は仕方ない。

 乗り掛かった舟だ、最後まで……いや、キリのいいところまで付き合う。


 それが今日の旅立ちの時にまでに起こったことだ。




 ……


 …………

 

 ……………………



 一目惚れだったな。

 電流が走るとはよく言ったものだ。

 自分のストライクゾーンにドンピシャってマジであるんだな。


 突然駆け出したオルフェを追いかけて出会ったゴロツキ共に絡まれてる女性。

 黒髪……いや、黒味がかった赤褐色、黒鹿毛というのが丁度いい。

 スタイルも引き締まるとこ引き締まっててバランスがいい。

 顔は……まごうことなく美人の部類だ。

 と、その近くにボコボコにされてるんだがされてないんだが分からん奴。


 もう一度言おう。

 女性の方は俺のストライクゾーンにドンピシャだった。

 

「駆け出したと思ったらこんなところで人助けか?」


 落ち着いて、ここはクールに行こう。

 カッコイイ男に少しでも見られたい、見栄を張りたい。


「それでどういう状況で、どっちが『お前の敵』だ?」

「さぁてね、アンタはこの状況見て、どっちが弱いか分かる?」


 や、やべー……声を掛けられてしまった。

 しかも、声質もものすごく好みだ。

 女神か? 女神がここにいるのか?


「……雑魚が5人……いや、あと4人と訳が分からんのが1人と得体の知れんのが1体と言ったところだが?」


 ああああああああ、俺、今超失礼なこと言ってないか……。

 クッソ……こういう時、どう返したらいい。分からない。

 二年くらい、戦いと生存術の修行しかしてこなかったツケか!?

 オルフェの師匠さんをそういう目で見ることできなかった。

 だって、ほら見た目若いけども……よくあるアレだよ、あの化け物は。

 

 と、とりあえず、チンピラを華麗に倒してかっこいいとこみせてやるぜ。


「逃がすかよ」

「やめといたほうがいいっすよ」


 追撃を止めたのは近くにいた男だった。


 うわ、なんだこいつ、物理的に超硬ぇ!

 そして、速い。そんでもって、脚がちょっと痛い。

 というか今、俺の蹴りを見てから防ぎやがった……。


「……殺気が無いな、人間か、お前?」

「かつて起動兵器だった元人間っすよ」

「ちょっと何言ってるかわからんな……やはり意味がわからんな、ここは」


 いや、マジで何者だよ、こいつは。 

 まさかとは思うが……この女性の彼氏か。ありうるな。

 ライバル……いや、俺の方が強いことを証明すれば……。


「アイン、ストップだ。そこのお兄さんも少し落ち着いてほしい」


 や、優しい!

 それに俺のことをお兄さん呼び!

 どう考えても女神だ!!


「……そっちの美人さんは少しは話が通じるようだな」

「世辞か?」

「…………」


 お世辞じゃないんです……。

 本心なんです……。

 そう答えようとした。


「お世辞っすよ、クリスさんは贔屓目で見て中の上っすよ、客観的に見たら中の……」


 こ。こいつ……見る目ねぇな。

 そんなこと言ってたら……ほら、蹴られた。

 お見事です。



 と、まあこんなところであろう。

 俺の異世界物語の本当の始まりは。


                       第2章につづく。

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