第4話 ここからやっと始まる?『アタシの異世界物語』

 

 前回のあらすじ

 結局、謎肉とは何だったのか?



「坊主、名前は?」

「アインっす、大切な人からもらった大事な名前っす!」


 右手同士ががっちりと組み合う。

 両者ともに互いを睨み合う。


「準備はいいか? オレが手を離して『ファイ!』って言ったらスタートだかんな!」


 マスターの問いかけに両者コクリと頷いた。

 アインもまさか本格的アームレスリングをするなんて思わなかっただろう。

 体格差は確かにあるし、この雰囲気は……うん、アインには関係なさそう。


「応援しないんですか?」

「別にいいかな」

「えー……」


 オルフェちゃんはまたまたあわあわしている。

 けど、アタシが応援などしなくてもいいだろう。


「強い」

「……………」

「あなたとあの人、つながり、簡単に切れない」


 ……この娘には何が見えてるんだ。

 アタシは戦闘経験でオーラがなんとなく読み取れる。

 が、このビスタちゃんはもっと深いところまで見ている。


「……………」


 カナロさんはそれを聞いてまた何やら動揺している、

 オーラを変えて反応するな、少しは表情を変えろ、なんか言えよ。


「ファイ!!!!!!!!!!!」


 そんなこと言ってたら急に始まった!?


「うおおおおおおおおお!!!!!!」

「ぬおおおおおおおおお!!!!!!」


 ビリビリと空気が振動している。

 両者の腕は動かない、完全に拮抗している。


「ふんぬふんぬぅぅぅぅ!!!!!」

「どおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」

「ぬぅああああああああ!!!!!」

「はぁああああああああ!!!!!」


 すごい叫んでるけど、最初の位置から全く動かない!

 完全に互角だ! おっさんの筋肉がなんかすごいことになってる!

 アインの細腕が! 細腕が!! なんか折れそう!!

 いや、折れない! さすが人間ボディ!! 馬鹿みたいにかてぇ!!!

 

「うおおおおおおりゃあああああああああ!!!!!」

「どおおおおおおせぇいいいいいいいいい!!!!!!」


 ……このテンションもなんだか疲れてきた。

 はよ、終われや。


 そんなアタシの願いが通じたのか、決着は唐突で突然だった。


 机の耐久が先に逝った。

 無茶苦茶デカイ音を立てて見るも無残な姿になる机。

 しかし、それでも二人の右手は組み合ったままだ。

 ……いや、もう、これはアームレスリングなのか……?



「終わり、結果引き分け。よろしい?」



 組み合った右手にビスタちゃんの刀を突きつけている。

 アタシの隣に座ってたのに一瞬で移動したんだろうね。

 抜刀の瞬間はアタシじゃなきゃ見逃しちゃうね。 


「……う、うむ」

「ははっ、流石にね、刀の斬撃は耐えれるかどうかは……」


 二人はパッと同時に手を離した。

 ビスタちゃん、この場を丸く収めようとして、いい娘……いや、違う!



「『それ以外』の決着、全賭け成功、これでビスタの一人勝ち」



 ビスタちゃんが賭け金を全部持っていった……。

 どっかで見たことあるが、床に相手の右手を叩きつけて勝ちをもぎ取るとか。

 それを知って知らずか、その決着をさせなかった。やるねぇ……。


 しかし、だ。場内ブーイングの嵐であるが、そりゃあね。

 それよりもここの奴ら、テストよりも賭けの方で盛り上がってるよね?

 

「あー……どうしますか? まだやるっすか?」

「いんや、スズカ! この坊主は気に入った! 俺は太鼓判を押すぜ!」

「カイトさんがそう言うなら……それよりも机の修理費はカイトさんの給料から引いときますね。

 それとビスタさんはその……少しは場の空気と言うものをですね……」

「ビスタ、手を出しちゃいけない、誰も言わなかった、言ってなかった、だからセーフ」


 素なのか計算なのか、ようわからんね。

 とにかく何にも縛らていない自由人だ。

 マスターは後ろでゲラゲラ笑ってるが、場内からは「ふざけんなー!」だの「俺の金返せー!」だの罵声が飛び交う。

 だが、誰も実力行使に走らない以上、実力差は弁えてるようだモブども。


「お前ら! 賭けたのは自己責任だぞ!!」


 マスターのごもっともな一言で場が静まり返った。

 お前が始めたことだろとか八百長を疑うものは誰もいなかった。

 カリスマ性というものであろうか。


 さて、これで問題はアタシの方のテストだが。

 こうグダグダになった以上、もう採用でいいんじゃないかな?

 最初にマスターも雇うって言ってたし。


「あなたのテストやる、相手、ビスタ」


 またお前か。

 ああ、こりゃまた面倒なのが。

 今アタシが相手にしたくないのがいるとしたら……。

 いや、何人かいるわ、そのうちの一人であることは間違いない。

 何かアタシをずっと観察するように見てるカナロさん。

 可愛いことは間違いないんだけども、裏に絶対何かあるであろうオルフェちゃん。

 いい人、いい人ではあるが、絶対強いであろうマスター。

 あとクソ眼鏡。


「ビスタのリボン、取ったら、あなたの勝ち」

「オーケイ……食後の運動には丁度いい。

 それにさっきのアイツでテンションがちょっと上がったから」

「お、クリスさんにしては嬉しいこと言ってくれるっすね」

「ごめん前言撤回、今ので滅茶苦茶下がったわ」

「相変わらず辛辣」


 軽く肩を回す。

 軽く屈伸をして膝を動かす。

 謎肉……随分と消化が早い。

 マジで何の肉なんだろうか?

 異世界っぽいんだから、牛や豚や鳥ではないことは確かだ。

 ……というか、謎の肉を食って異世界に来たって認識ってどうなんだろうか?

 

「スタートの合図は?」

「オレが出すぜ! いいか『始め!』って言ったらスタートだからな!

 今度は誰も手を出すなよ! いいな! タイマンだからな!」


 あ、今度はちゃんと明言した。

 さっきのことを結構気にしてんだろうな。

 

「始め!」


 ……合図と同時にビスタちゃんの体勢が低くなった。

 所謂、居合抜きという奴であろう。

 相手の制空権に入った瞬間に斬られる。


 一発勝負になる。

 ま、いつもと変わらんだろう。

 出たとこ勝負で取ったら勝ち、取れなきゃ負け。

 実にシンプルで分かりやすい。



 ――――意識を研ぎ澄ます。


 ――――目標まで約18m


 ――――刀身 0.95m




「………相手は相当得体が知れない奴だが、大丈夫なのか?」

「何の心配もないっすよ。

 あの人がいたのは一つのミスで命を落とす最前線だったんすよ。

 エース級の機体だろうが、新兵器だろうが、初見で避けないといけないんですから。

 相手の速度と得物の射程が分かってる以上、他の不確定要素がない限りは……」



 周りの声が聞こえなくなってきた。 


 思いきり地面を蹴る。


 その反動を全て前への推進力に変換する。


 最高速度に到達するまで3歩。

 

 制空権に入るまで約0.04秒。

 

 ビスタちゃんの視線はずっとアタシを捉えたまま。


 ここで視線だけでフェイントを入れる。

 

 ……簡単に釣られてはくれない。


 抜刀前に取るのは不可能になった。


 あと1歩で制空権に入る。



 鞘から刀が抜かれる瞬間を見た。



 アタシの身体をほんの僅かだけ止める。



 全運動エネルギーが0になる。



 横に振られた刀を見切った。



 えらいぞ、アタシの身体。




 だが、直感した。





 もう一撃目が確実に来る。






 それを避けきれなければ死ぬ。





 


 避ける方向は………………。

 

 




 右斜め上!






 身体を捻りながら前に飛ぶ!






 空中でこれ以上の姿勢の変更は不可。




 必死に右手を伸ばす。










 …………取った。

 それと同時にアタシの身体が壁と衝突した。痛い。

 もしビスタちゃんに殺気があったら、マジでやばかったんだろう。

 だって、取れなかったら三撃目を放つ気満々だったのだから。

 避けれてなかったら転生一日も立たずに死んでたかな。

 冗談じゃない。

 

「ビスタの負け、あなたの勝ち、終わり」


 あっさり負けを認めた。

 だが、負けたのが相当悔しいんだろうか、転がってるアタシのことをジッと見てる。

 アタシはすっと立ち上がる。

 

「マスター、これで決まりでいい?」

「いや、オレは最初からいいって言ってたが、問題はスズカちゃんの方だよ」

「…………契約書を用意してきます」

「だ、そうだ、歓迎するぜ! お二人さんとあのババアの紹介で来たお二人さん!

 今日は更にオレの『奢り』だ!!! 好きなだけ呑んでいいぞ!!

 あ、明日クエスト入ってる奴はほどほどに、な!」


 ここアンタの店だろ。

 それはともかくどんちゃん騒ぎをおっぱじめた。

 あー……そういうノリか、ここは。

 だが、平和だ。


 …………何かを成し遂げたあとの宴とはこういう感じなんだろうね。


 そういうのしたことないからな。

 と、こういう空気が少し苦手なので、こっそりと一人外に出た。



「ちょっとお花を摘みに行ってくる……」



 ……


 …………


 ……………………



 月が出ている。

 最後に月を見たのはいつ以来だ?

 小さい頃、月が崩壊したのを見てぽかんとしたのは覚えている。

 ちゃんとした月を見るのは……あの日以来ってことになるのか。

 

「………月が綺麗ですね」

「そうね」

 

 ……あれ、これ月が綺麗な時に言う台詞だっけ?

 どっかで聞いたことがあるが、別の意味があった気がする。

 ま、いいか。


 静かながらも、ふらっと現れた。

 いや、下手なホラー作品よりも怖いぞ、カナロさん。


「何か用?」

「……………何故泣いている?」

「……………」


 ああ、アタシ、月を見てただけで泣いていたのか。

 …………それはちょっと恥ずかしいな。

 いい年して、月見て感動して泣いてた、とか。


「さっきので目にゴミが入ったから、取ろうとしてただけ」

「大丈夫か?」

「もう取れた」

  

 とっさに言い訳したが通じたのかわからない。

 頼むからもっと表情に出してくれ、アタシの言えた義理ではないがな。


「先ほど、住む場所も探してると言っていたな?」

「ええ、このままじゃ野宿だからね」

「俺らが住もうとしているところに空き部屋があるらしい」


 ……なるほどね。

 この人なりに心配してくれているのか。

 悪い奴ではないんだろうね。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……ありがとね」

「………………そうか」


 

 笑ったような気がした。

 気のせいであろう。


 ……


 …………


 ……………………




「いや、何でいるの?」

「あなた、気になる、だから、知りたい」


 そこそこの広さの部屋に女が三人。

 アタシとオルフェちゃん……そして、ビスタちゃん。


「ビスタも一緒に住む、お部屋のお金、オルフェに渡した!」


 またまたあわあわしているオルフェちゃんをよそにぐいぐい来る。

 

「あのう……いいんですか、クリスさん?」

「居候の身であるアタシは別に構わないし、拒否権はない」

「ビスタ、先輩、だから、皆に色々と教えれる!」


 最低限の食と住はこうして確保した。

 あと必要なのは……なんだろうね。


 まあ、それは明日にでも考えるとしよう。

 今日も必死に生きてきた、生きていることに感謝。


 ……いや、一回死んでたか。


 だが、あの神様には絶対感謝しない!

 ファッションセンスがクソダサいんだもの。


 じゃあ、おやすみ。



 ~~~一方、隣の部屋~~~


 「……………」

 「……………」

 「……………」

 「……………」

 「…………寝るか」 

 「はい」



 男二人が滅茶苦茶気まずい一晩を過ごすことになっていた。

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