第43話 あおいろラスト(10)
八
その日は寝られなかった。
落ち着かなくて、色々なことをした。あと一回着るだけでコスプレになってしまう制服にアイロンをかけた。片付けをしようと思って、机に乱れ入っていた教科書の一部を紐で縛った。それでも時間もなにも持て余して最後には、ばーゆに電話をかけた。夜中の三時、当然出てはくれなくて、次の日の朝、集合場所に着くなり叱られた。何時にかけてるの、と。
少し遅れてきたつばきに事情を話す。すると、つばきは昼寝のしすぎで起きていたらしい。レゴブロックの作成に勤しんでいたというから、人選間違えた~なんて冗談を飛ばしつつ進む。最後の登校日とはいえ、いつも通り。そう思っていたら、例の獣道の前に来て、三人、誰ともなく立ち止まった。
坂の上を見上げる。にわかに、いよいよ最後だ、と実感が湧いた。この坂を上って下ったら、高校生活が終わる。とてつもない分岐点に立たされている気分になって、身がすいた。
「なんで止まったの、行こうよ」
つばきがその大きい目を見開いて、不思議そうに首を傾げる。
「前はしんみりしてたの、つばきだったのに、今日は平気ってどういう感性なの~」
飄々としたつばきとは反対に、ばーゆは不服そうだ。そりゃあそう。
「あれ、そうだった?」
「そうだったじゃん! つばきは、ほんと気まぐれなんだから」
「なになに。ばーゆ、ここにきて寂しくなった? でも、大丈夫!」
「なにが?」
「この道を一緒に歩かなくなっても、また別の道を一緒に歩けばいいじゃん。毎日、ってわけにはいかないけど」
うわ出たよつばき節、とばーゆが苦そうに笑って、私に向ける。
私は、薄くなったローファーの靴先を見ていた。ここを上るだけで、きっと何センチも擦り切れた。ううん、ここだけじゃない。この三年間、制服で歩くたびだ。過ぎた三年に思いを遣る。
「……ずっと続かないかな、この坂」
考えもしない言葉が漏れた。
「あはは、結衣まで寂しくなった?」
「つばきはならないの」
「なるよ、なるけどね。とにかく、この坂がずっと続くのはしんどいかな」
つばき教授のおっしゃる通り、なんてばーゆがおどける。
それから会話が砕けていって、学校が終わったらたくさん遊ぼう、と二人は言い合っていた。私は、少しだけ待って、と断りを入れる。
「なにか用事あるの?」つばきが聞く。
「……うん、少しだけ」
「教えてくれたら待つよ~?」
「か、からかわないでよ」
今日こそは、川中くんにそのまま私の気持ちを伝えたい。
三年のうちの、ほんの数ヶ月。擦り切れたローファーの数ミリ。それでも、その間
たぶん誰よりも見てきた。見てくれた。そして、たぶんこれからもっと。
私は一歩を踏み出す。きっと大丈夫だ。そう言うように、軽い鞄が肩先で跳ねた。荷物はほとんどない。大きなキーホルダーだけが、左右に揺れた。これらは大学用のものに付け替えようかな、そういえば新しいかばんも買いにいかなければ。
金具の外れかけたかばん、繕ってもなおほつれた制服、薄いローファー。どうせぼろいなら、最後に力を貸してほしい。
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