第27話 釈然としない(2)

   二



そうやって日々を繰り返していたら、終業式の日はすぐだった。


学校へ行くと、クラスメイトが妙に色めき立っているから、二十四日、クリスマスイブであることを思い出す。また、忘れてしまっていた。


窓が開け放ちにされて、いっそ外より底冷えて感じる体育館で全校集会が行われる。クラスごと、出席番号順に前から並ぶから私の順番は最後尾だ。壁がわりになってくれる人もおらず、開いた後方の大扉から吹き込んでくる風が寒いったら。まだ立っている時は良かったけれど、校長の講話が始まり座らされると、それに床の冷たさまで加わった。

こうまでして聞くほどはありがたいと思えない話、しかしおちおち寝ていられないほどの寒さだった。冷え性気味なのだ、なになら手足の感覚が薄れている。


だから話を片耳で聞いて、なんとなく大石くんの姿を探すことにした。今日からしばらくは、眺めることもできなくなると思った。


そして、二列隣、五組の前方にすぐに見つけた。背が高いのもそうだけれど、姿勢も違うのだろう、頭一つ周りから抜けていた。そのすぐ後ろには、川中くんも見つける。ここからでは表情が見えないけれど、それでもつまらなさそうなのが手に取るように分かった。体育館の外に視線をやって、あぐらをさらに崩したような姿勢で背中を丸めている。大石くんと好対照だ、と一人笑いそうになっていると、その少し前にはさらに丸い背中があって、ふわりとカールした髪の毛で、江尻くんだと分かった。

三人は番号でまで仲がいいらしい。いや、むしろ逆なのかな。そんな風なことを考えていたら、全校集会が終わった。

教室に戻り、担任の教師が来るのを待つ。あとは成績表を貰って、今日の授業とそれから二学期は終わりだ。冬休みだ、クリスマスだとお気楽なクラスメイトたちは、いつもに増して騒がしかった。

こんな空間で勉強しようと足掻いても仕方がない。ばーゆとつばきと雑談をしながら待つ。けれど、三十分近く待っても来ない。さすがのクラスメイトたちも気になったみたく、日直が確かめに行こうという話になる。誰かと思って黒板を見たら、私だった。

最終日に日直だなんて、ついていない。


「一緒に行こうか?」


つばきが言ってくれる。けれど、別に大荷物を取りに行くわけじゃあるまいから断って、一人で教室を出た。


空気が籠らない分寒い廊下を渡って、一階にある職員室に向かう。入り口の扉に、「職員会議中につき立ち入り禁止」と貼り紙がしてあった。

そうならそうと言っておいてくれればいいのに、ぼそっと恨みごとを呟いたら


「そうだなぁ、全く」


不意に後ろから返事があって、驚いて振り返ると、


「びっくりした。なに、大石くんも職員室見にきたの?」

大石くんがいた。

「そう、この分じゃどこのクラスもみたいだな。戻ろうか」

「そうだね、戻ろう」


驚きやら喜びやら緊張がひと息に訪れ、不必要なほどに高鳴る胸を落ち着けつつ、言う。眺めるどころか、まさか直接会話を交わせるだなんて。いくらメッセージのやり取りをしても、目の前にいるとなるとまた違った。それに、実際話すのは久しぶりだった。

結局黙ってしまって(前みたく下手にたくさんしゃべるよりマシだと思った)、大石くんが笑いながらなにやら話すのを聞く。整ったその顔を見て、改めてかっこいいなと思った。

三年生の教室は二階だ、教室までの距離は短く、時間はすぐに過ぎていく。このままでいいのと思って、二階まで上ったところで、思い切って話しかけた。


「またどこか一緒に遊びに行けたらいいね」


二人で、みんなで、どちらとは言わない。


「ん、あぁそうだな。ひとまず受験が終わったら、になるけど、いいな。折角だしどこか遠くまで出ようか」

「うーん、初詣とかどう?」


ちょっと踏み込んだ。


「あぁ、その手があった。でも三が日はこっちにいなくて。四日でいいなら」

「ほんと? じゃあそうしよう」

「分かった。男は俺で誘っておくよ。女子は任せた」


やっぱりみんなで、と思っていたみたいだ。けれど、それでも会う約束には違いない。二人を望むのは行きすぎた贅沢だ。


「そうか、だったら次に会うのは年明けになるな」

「うん。よいお年を、絶対受かろうね」


そっちこそ、と大石くんが微笑む。もう五組の教室は目の前だ。とりあえず、あるだけの勇気は出せた。そう思っていたら、別れる際に、大石くんが思い出したように言う。


「あぁそうだ。あとそれから、メリークリスマス。本当は明日だけど」


うん、と応じて私は同じように繰り返した。

来年の挨拶どころか、クリスマスの言葉まで貰ってしまった。メリー、たしかにそれだけで十分祝うだけのクリスマスだ。自分の教室に戻る。出るときは運が悪いと思ったが、むしろ逆だった。こんなに運のいいことはない。

クラス全体に、職員会議中だったと説明してから席につく。私があんまり機嫌のいいものだから、ばーゆが不思議そうにする。


「なに、先に成績でも見せてもらったの? それが良かったとか」

「違うよ。今さら成績良くても仕方ない」

「じゃあなに?」

「なんにも」


私は、とりあえずもう少し、自分の内に温めておくことにした。

午前中には学校が終わって、家に帰る。けれど、上気した心はそのままだった、別にクリスマスを大石くんと一緒に過ごせるようになったわけでもないのに。


たぶん明日のクリスマスは、普段となにも変わらない。公民館に行って、朝から夜まで勉強して、少し話をして、それだけになる。ひと月前に川中くんと冗談で言っていたことが、本当にそうなりそうだ。

それでも、少しはらしいことをしようと思った。なにも特別じゃなくても、クリスマスはたしかにやってくるから。そしてそれは、祝うだけの価値があるクリスマスだ。


私は帰って早々、家のキッチンに立つ。

クッキーでも焼こうと思った。スマホでレシピを見つけてきて、ほとんど睨みつけながら慎重に作業を進めていく。そうしたら珍しいね、とお父さんが店の方から寄ってきた。


「悠里ちゃんとつばきちゃんにあげるの?」

「うん、そんなところ」


厳密には違うけれど、あえて訂正するまでもない。


「そうか、結衣が菓子作りしてくれるなんて嬉しいな。きっと二人も喜ぶよ」

「そうだといいね」


アイシングに苦戦して、途中でお父さんに手伝ってもらいながらも、クッキーは完成した。少し不揃いだけれど、赤や緑、鮮やかな色合いはクリスマスらしく可愛くなった。試しに一枚かじってみると、かなり甘い。けれど、こういうのは見た目が九割だ。


川中くんはどんな反応をするだろう、どうしたのと聞かれるだろうな。そうしたら答えてやるんだ、大石くんと今日話したことを、胸を張って。


クリスマス当日、昼ごはんを食べ終えた私は、制服に着替えて家を出る。たまたまお気に入りの服が洗濯中だった、他のはなんとなく気分じゃなくて制服にした。


背負ったリュックには、勉強道具とクッキーが入っている。割れないよう、足元に気をつけて商店街を過ぎた。そこから入り組んだ道をいくらか歩いて、公民館に着く。外からでも、川中くんがいるのが見えた。それから、その前にはばーゆも座っていた。


冬休みになっても来ているとは思わなかった。よほど提出期限に追い込まれているのだろうか、それとも────なんて考えながら扉を開けようとして、それを躊躇う自分に気がついた。


冷えた手足がロウのごとく固まっていた。

溶かすだけの火が、灯らない。ほんの少し先から、ばーゆと川中くんが楽しげに喋るのが聞こえてくる。なおさら私は固まる、身体の内側まで、血管の裏側まで固まる。


あぁこれか、と思った。私に靄をかけていたのは。どうも釈然としなかったのは。これが、嫌だったんだ。


窓一枚、あと五メートルも距離はない。たぶんきっと、行けば二人は笑顔で迎え入れてくれる。それには、勇気なんかいらない。それなのに、まるで行く気がしなかった。


そのまま扉の前で立ち尽くしていたら、通りがかりのご老人に「入らないの」と声をかけられる。咄嗟に、いえと答えて逃げるように私は身を返した。


ついぞ、その短い距離を詰めることは叶わなかった。ううん、心のどこかでは踏み込まずに済んだことに、ほっとしていた。



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