第九章




 翌日の朝。負傷していない兵士達はオルロの死体処理を命じられた。死体を放置すれば、伝染病が流行るかもしれないためだろう。

 僕達が配属された場所はオルロ西部の広場だ。

 この広場は、昨日行った広場同様に凄まじい惨状だった。二千名ほどの死体が、路面を埋め尽くしている。また、建物や露店は崩壊しており、血痕が至る所に付着していた。

死体処理の方法は死体を広場の中心に集め、燃やすことだ。

 既に五十人ほどの兵士が死体を広場の中心に集めていた。

 僕達は死体を次々と中心に運んでいく。

広場にある全ての死体を中心に運び終わったのは身元確認も行っていたため、夜遅くだった。辺りは暗闇に包まれている。

 僕達の目の前には二千名の死体が高く山のように積まれていた。

 男性の兵士が松明を死体に灯す。

 火は次々と燃え広がり、二千名全ての死体を包み込んだ。

 人が燃えていた。

 二千名の人々が。

「私達がしたことは正しかったんですよね」

 レイラは燃え上がる死体の山に視線を向けたまま、そう呟いた。



 

 空は厚い雲で覆われている。そのため、太陽の光が乏しく、世界は薄暗い。

 十日後の午後、僕達は墓地に来ていた。

 墓地には僕達だけではなく、他にも大勢の兵士がいる。涙を流す者、慟哭する者などの姿が多く見られた。

目の前には巨大な墓石がある。

 この墓石は、オルロ防衛戦で死亡した兵士達のために作られたものだ。

 表面には兵士達の名前が刻まれている。

 名前の中にはヘンメリーの名も刻まれていた。

 オルロ防衛戦以降、ヘンメリーの姿を見たものはいない。つまり、行方不明だ。

 行方不明者は死亡者扱いとなる。

 行方不明者の多くが、魔法によって、バラバラにされたり、消し飛ばされたりして、死亡しているためだ。

 ヘンメリーは死んだ。

 亡骸も残らないほどの攻撃を受けて。

「ヘンメリー……」

 アリシアは地面に膝をつけ、慟哭する。

「お前が死ぬなんて嘘だよな。どこかで生きてんだよな……」

 スペンサーはこの世にいないヘンメリーに声をかける。

 僕はヘンメリーが死んだことを信じられなかった。

 だって、この間まで、ヘンメリーは生きていたんだから。

 一緒に話したんだ。

 指揮官訓練を一緒に受けたんだ。

 一緒にオルロの町を歩いた。

 ヘンメリーとの記憶が頭に思い浮かんでいく。 

 死んでるわけがない……。

死んでるはずがないんだ。

 嘘だ。

 嘘だ。

 嘘だ。

 嘘だ。

 嘘だ。

 

 僕は墓地で、一日中泣き続けた。

 


 

 ティエナはオルロより少し上にあり、エルトニアと面している都市だ。   

 オルロの多くの兵士達はティエナに配属されることになった。新兵は全員ティエナに移動することになっている。

 ティエナの兵士の人数はオルロの兵士が加わった結果、約千名。

 オルロを防衛するのは、魔力保有量が多いと判断された兵士達だ。

 この先、オルロは攻撃される確率が高いため、守りを強固にするのだろう。

 ティエナに配属されて、十日目の朝にティエナの全兵士は屋外訓練場に集められていた。

 屋外訓練場はオルロと同じぐらいの広さを持っていた。辺りに木々などは一切なく、平地となっている。

 兵士達はヴェルナルディー大佐を前に整列をしていた。

 ヴェルナルディー大佐が口を開く。

「我々は三日後にエルトニアのマドノーブルに出陣する。マドノーブルはフレシアの攻撃を受けているため、滅ぼすのはたやすい。現在、ボルド市の部隊がマドノーブルに向かっている。我々の部隊が着く頃には戦闘は終わっているだろう」

 戦闘が終わっているなら、僕達は何のために出陣をするのだ。

「今回の目的は魔法が使用できない新兵の魔力を増加させることだ。エルトニアとの戦争で分かったと思うが、他国の国民を殺さなければ、バルトの国民が殺される。そのことを考慮して行動せよ。以上だ」



 

 マドノーブル出陣作戦概要


 全体指揮……ヴェルナルディー

 出陣兵士……二百二十名

 目的……魔法が使用できない兵士の魔力増加

 戦略……既に戦闘は終わっていると予測しているため、戦略はない

 戦術……既に戦闘は終わっていると予測しているため、戦術はない




 第十章




 ティエナから進行を始めて、七日目の夜。兵士達は休息を取っていた。明日には目的地であるマドノーブルにたどり着く。

 休息地は木々が生い茂っている草原だ。

 兵士達は各々、焚き火をして、体を温めている。

 僕達は焚き火を中心にして、座っていた。

誰も口を開こうとせず、場に沈黙が流れている。

「……俺は他国の国民を殺すぞ」

 沈黙を破り、スペンサーは自身の決意を発言する。

「他国の国民は何も悪いことをしていないです」

 レイラはスペンサーの意見に反論を述べた。

「それは分かっている。だが、他国の国民を殺さなければ、仲間やバルトの国民が殺される」 

「だとしても、国民を殺すのは間違っているよ」

 アリシアもレイラ同様に、スペンサーの考えに反対する。

「なら、どうするんだ。他国の国民を殺さなければ、次はティエナの住民が殺されるかもしれないんだぞ」

 スペンサーに反論することができなくなり、沈黙が流れる。

「……殺すしかないのか」

 ブラウンがそう呟いた。




 翌日の午後。ティオナの軍隊はマドノーブルにたどり着いた。

 目の前にはマドノーブルの都市が見える。

 ウォルンと同じように都市は、市壁で囲まれていた。

 距離は五百メートルほど離れている。

 都市に近づいても、敵の兵士が現れることはない。

 ボルトの兵士に、マドノーブルの兵士達は殺されたのだろう。

 マドノーブルに近づいていくごとに、僕の心臓は強く波打つ。

 僕は未だに、決められていなかった。

 他国の国民を殺すかどうかを。

 他国の国民を殺さなければ、バルトの国民が殺されることは分かっている。

 魔法が使用できない僕達新兵のせいで、オルロの兵士、住民は殺されたのだから。

僕達は魔法を使用するために必要な行為である、他国の国民を殺すことを否定した。しかし、オルロ防衛時には魔法を使用できる兵士達の増援を待ち望んでいた。結局、魔法が必要なんだ。

 殺さなければいけない。

 それは理解している。

 殺さなければいけないのだろう。

 僕達が殺さなければ、次はティエナの人々が殺されるかもしれない。

 だが、自国の国民を守るために、他国の国民を殺していいはずがないのだ。

 他国の国民はバルトを攻撃していない。罪も犯していない。そんな人達を殺せるはずがないんだ。

 だが、殺さなければ、オルロの悲劇がもう一度起こる。

 どちらも救う道など存在しない。

 どちらかを救うために、どちらかを犠牲にしなければいけないんだ。

 ウォルンのように、答えを出すことから、逃げ出せば、次はティオナの住民が殺される。

 堂々巡りが永遠に僕の中で起き続ける。

 気がつけば、マドノーブルの門は目の前にあった。

 門は木っ端微塵に砕かれていた。ボルトの兵士達が破壊したのだろう。

 ティオナの軍隊は門をくぐる。

 門の奥に広がる都市にはボルト、マドノーブル、両者の兵士の死体が無数にあった。

 都市の至る所に兵士達の血痕が付着している。 

 また、建物は崩れ落ちていた。戦闘の影響だろう。

 都市の惨状を見るに、戦闘が相当苛烈に起こっていたことが分かる。

 住民は中心に逃げたのか、姿は見えない。

 ティオナの軍隊が侵攻を進めて行くと、前方から一人のボルドの兵士がこちらに近づいて来た。

 その兵士はティオナの軍隊の前で、立ち止まり、口を開く。

「私はボルドに所属するミレナです。ボルドの指揮官から、戦況を伝えるようにと命令されて、参りました」

「私が、この軍隊の指揮官だ。戦況を教えてくれ」

 前方にいるヴェルナルディー大佐がボルドの兵士に声をかける。

「ボルドはマドノーブルに勝利しました。生きている敵兵士は現時点では、確認できません。そして、ボルドの兵士はマドノーブルの国民を殲滅しました。ティオナの皆様のために、奥の広場に千名ほどの国民を捕らえております」

 戦争は既に終わっていて、国民も僕達が殺す以外の人々は根絶やしにしたのか……。

「ご苦労。下がっていいぞ」

 ボルドの兵士は前方に走り去っていった。

 ティオナの軍隊は、ボルドの兵士が言っていた広場に歩みを進める。

 中心に近づくにつれて、住民の死体が多くなっていく。

 ボルドの兵士の姿なども時折見られた。

 そして、ティオナの軍隊は広場にたどり着いた。

 広場の中心にはボルドの兵士が言っていたとおり、千名の住民達の姿があった。ボルドの兵士達は住民達を囲い、銃を突きつけている。逃げ出させないためだろう。

「ボルドの兵士諸君。後は我々がやる。下がれ」

 ヴェルナルディー大佐の命令を聞いたボルドの兵士達は広場から去って行く。

 その後、ヴェルナルディー大佐の命令で、魔法を使用できない二十七名の新兵達が、マドノーブルの住民達の前に立つ。それ以外の兵士は後方で待機する者と、住民達に左右から銃を突きつけ、逃げ出させないようにする兵士に別れた。

「銃を構えろ」

 魔法を使用できない新兵達は住民に銃を向ける。

 僕の銃口の先には怯えた男性の姿があった。

 ここで、逃げたら、バルトの国民が殺される。

 オルロ防衛戦で死亡した仲間、国民の姿が頭をよぎっていく。 

 殺さなければいけないんだ。

 この人達は何も悪いことはしていない。

 しかし、バルトの国民を守るために殺すしかない。

(殺すしかないんだ!)

 僕は覚悟を決める。

 照準を男性の胸部に狙いを定め、引き金に力を入れる。

「撃て!」

 ヴェルナルディー大佐が新兵に射撃の命令を下す。

「……」

 広場に発砲音は鳴らなかった。

 新兵の誰もが、引き金を引くことができなかったのだ

 僕も覚悟を決めたつもりだったが、引き金を引くことができなかった。

 殺さなければ、バルトの国民が殺されると分かっていても、殺すことはできなかった。

 無関係の人々を殺せるわけが、なかったのだ。

 その時、一発の発砲音が広場に鳴り響く。

 前方のマドノーブルの男性が崩れ落ちる。

 音がなった方向に僕は視線を送った。

 射撃したのはスペンサーだった。

(なんで……)

 左方向からも発砲音が鳴り響く。

 前方のマドノーブルの女性が崩れ落ちた。

 音がなった方向に僕は視線を送ると、そこには、ブラウンの姿があった。

 二人の射撃に続いて、一斉に新兵が射撃を始めた。

 広場は無数の発砲音に包まれた。




 僕は結局、マドノーブルの人々を殺せなかった。

 住民達を虐殺したティオナの兵士達は広場で待機をしている。

 一時間ほど、ここにいるだろうか。

 皆とは話していない。

 スペンサーやブラウンと話せるはずがなかった。

 前方に十名ほどの住民が広場に入ってくるのが見える。

 住民の後方には銃を突きつける兵士達の姿があった。

 その内の一人の兵士がヴェルナルディー大佐に近づく。

「私はボルドに所属するスミスです。生き残った住民が発見されました。指揮官から引き渡してこいとの命令が下されましたので、参りました」

「そこのお前達、ボルドの兵士から住民達を引き受けろ」

 ヴェルナルディー大佐に命令を下されたティオナの兵士達は、ボルドの兵士達から住民達を引き継ぐ。

「ご苦労。下がっていいぞ」

 ボルドの兵士達は去って行く。

「住民達を動けないようにして、一定の間隔に配置しろ」

 ヴェルナルディー大佐が、住民達を監視している兵士達に命令する。

 兵士達は住民達を広場の中心に一定の間隔を開けて、配置させた。

 住民達の手と足には錠がされており、身動きがとれないようになっている。

「先ほどの射撃で殺せなかった者、前に出ろ」

 ヴェルナルディー大佐の命令を聞き、僕は前に歩み出る。

 殺せなかった者は八名だった。

 その中にはアリシアとアーセナルとレイラの姿もあった。

「お前らが、オルロの九割の人口が自分たちのせいで殺されたというのに、未だに覚悟を決められない者達か。ティオナの住民達は、お前達のせいで殺されることになるだろう。私は、それを、見過ごすことは出来ない。他国の国民を殺さなければならないことは、もう分かっているだろ。逃げるな。現実から目を背けるな。他国の国民を殺せ!」

 ヴェルナルディー大佐はその後、殺せなかった新兵に住民の前に立てと命令を下す。

 少女の前に僕は立つ。

「銃を構えろ。覚悟が出来た者から撃て」

 僕は銃を構える。

 目の前にいるのは、十歳ぐらいの少女だった。

 少女は涙を流し、恐怖から、体を震わせている。

「……殺さないで」

 少女の声が聞こえてくる。

 殺せない。

 殺していいはずがない。

 この少女は何の罪も犯していないんだ。

 そんな少女を殺せるわけがない

(僕は殺さない)

 五発の発砲音が広場に鳴り響く。

 五人の新兵が射撃していた。

 その中にはアリシアの姿もあった。

 そして、レイラも体を震わせながら弾丸を射出した。

 射撃していないのは僕とアーセナルだけだった。

(もう、やめてくれよ……)

 この人達が何をしたって言うんだ。

 僕はアーセナルを見る。

 アーセナルは引き金を引いた。

 銃口から射出された弾丸が男性の胸部を貫く。

 膝を地面につき、僕は項垂れる。

「残るは、お前だけだな。どうする。逃げるのか。それとも殺すのか。決めよ」

 近づいてきたヴェルナルディー大佐が僕に声をかける。

「……」

 僕は立ち上がり、銃を構える。

 恐怖から僕は目を瞑った。

「目を背けるな。よく見ろ。落ち着け。そしてよく狙え。お前はこれから一人の人間を殺すのだ」

 僕は目をゆっくりと開けた。

 涙を流し、怯えた少女が見える。

 銃口を少女の胸部に狙いを定め、引き金に力を入れる。

「やめて。……殺さないで!」

 少女が声を荒らげる。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 僕は涙を流しながら、少女に謝る。

 そして、引き金を引いた。

 銃口から射出された弾丸が少女の胸部を貫く。

 少女は前方に崩れ落ちる。

 地面には血の海が作られていた。

 僕は銃を地面に落とし、蹲る。逃げ出すように。見たくないものから目を背けるように。外界を遮断するように。

 


 

 数秒後、体中の穴、毛穴から何かが内側に入り込んでくるのを感じた。




 魔法の補足


 一 魔力を複合することは不可能

   自身の魔力は自分以外の魔力とつなぎ合わせることは不可能である。故に、自身の魔力に他者の魔力を複合させて、剣などの物質を作ることや、密度を高めることも不可能である。


 二 魔力を他人に譲渡するのは不可能

   そのため、魔力を一度消費すれば、時間の経過でしか、魔力は回復されない。  


三 国が求める魔力保有量は量ではなく、質の量

 つまり、国は百人を殺害した兵士千人より、一万人を殺害した兵士一人を望んでいる。一万人を殺害した兵士一人のほうが、百人を殺害した兵士千人より強いためだ。国は質を望んでいるから、優秀な兵士になる人間だけを選抜している。それ故に兵士が少ない。


 魔法名


 伝達魔法……微少な魔力を放出し、読ませたい人の前で魔力を伝えたい文字の形にする魔法。

 

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BARBARIAN コルト @hiraiinori

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