第22話三億円事件
十二月のその日はとても寒かった。
ただ、だまっていても体の震えがとまらない。
秋月瑠菜はヘルメットをかぶり、バイクにまたがってとある車が通過するのを待っていた。
彼女は白バイ警官の制服を着ていた。
天使と同化した鈴木優史の命令でこの場所にいた。
天使となったあの男の前では認識阻害の力も通じず、命令に従うしかなかった。
せっかく圭介が現実世界に連れ戻してくれたというのに、またもやあの男の支配下に入ってしまった。
かつてよりもその屈辱は大きく、頼るものとていない過去の世界では、あきらめだけが彼女の心を覆っていた。
すでに涙は枯れ果てたと思われた。
一台の黒いセダンが目の前を横切る。
この車だ。
それは優史が指定した車であった。
白バイのギアを入れ、瑠菜はバイクを走らせる。
ゆっくりとセダンに近づき、並走する。
何事がおきたのだろうか?
セダンの運転手は疑問に思い、ブレーキを踏み、車を停車させる。
窓を開けると最初、ヘルメットをかぶった若い女性の顔が目に入った。
だが、瞬時にそれは若い男性ものへと変化した。
目蓋をこすっったが、やはり若い男性の顔だった。
なんだ、見間違いか。
と運転手は思った。
それは瑠菜が月の女王の力を使い、運転手の認識を変更したのだ。認識阻害の能力の変化系である。
月の女王にとって人の認識を変えることなど容易いことであった。
「本庁から連絡がありまして、巣鴨支店が過激派によって爆破されたとのことです。彼らの声明にはこの現金輸送車にも時限爆弾がしかけられたとありました。確認しますので、皆さん、一度車をおりてもらえますか」
慌ただしく警官が言うので疑うことなく運転手と銀行員は車を降りた。
白バイ警官に扮した瑠菜は車の下に潜り込んだ。
あらかじめ用意した発煙筒を発火させる。
白い煙が周囲に漂い、セダンを包みこむ。
「危ない、皆さん逃げてください‼️」
力一杯瑠菜が叫ぶ。
瑠菜のことを本物の警官と信じこんでいる銀行員たちは一目散に逃げだした。
その隙に瑠菜はセダンに乗り込み、発車させた。
銀行員たちは走り去っていくセダンをただだまって、見送っていた。
指定された空き地へと瑠菜はセダンを走らせた。
慣れない車であったが、かなり苦労して、なんとかたどり着くことができた。
そこで待っていたのは優史であった。
瑠菜は車のバックドアを開ける。
そこには山積みのジュラルミンケースが置かれていた。
その一つを優史は開ける。
ジュラルミンケースの中はびっしりと紙幣が敷き詰められたいた。
総額三億円。
府中工場の従業員に支払われるはずのボーナスであった。
「アハハッー」
狂ったように優史は笑っていた。
その瞳は人のものとは思えないほど濁っていた。
「見てみろ、瑠菜。これで僕たちはこの世界を簡単に生きていける。もう、誰にも邪魔はさせない。あの憎らしい探偵もこんな所までは追ってはこれまい。仮に追ってきてもまた返り討ちにしてやる」
優史は勝ち誇ったように、言った。
その光景を冷めた表情で見ていた。
生きながら、死んでいる。
その表情はそう物語っていた。
優史が有頂天になっている時、一台の小さな赤い車が滑りながら、侵入してきた。
赤いスバル360であった。
ハンドルを握るのはもちろん、絹江であった。
「追いついたぞ」
絹江は誇らしげに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます