第21話昴

 満天の星空が視界を埋め尽くしていた。

 冬の空は澄んでいて、手をのばせばその星の一つは掴めるのではないかと思うほど近くに感じられた。


 圭介たちは東京に向かう途中に休憩のため、山道の脇にスバル360を停めて、星を見ていた。

 那由多は毛布にくるまって後部座席で寝息をたてていた。


 圭介と絹江は凝り固まった体をストレッチなどをしながら、体をほぐしていた。

 東京までの長い道のり、狭い車内でじっとしているのはかなりつらかった。

 那由多だけはラジオから流れるスパイダーズの歌を大声で歌い、一人楽しげであった。

 

 右手を精一杯のばし、絹江は星を掴もうとしていた。

「なあ、未来人。あの星の中のどれかに九人の王がいた星があるのかな」

 掴めるはずもないものを掴もうとしながら、絹江は言った。

「さあ……」

 白い息を吐きながら、圭介は言った。外は寒かったが、火照った体に心地よかった。

 あれだけ無数の星々があるのだ。きっとその内の一つは九人の王たちがいた星があってもおかしくない。


「星の数は可能性の数だよ」

 絹江は言った。


伸ばした手を圭介の手に重ねる。手はとても冷たかった。その手を重ねたまま、コートのポケットにつっこんだ。

 絹江に掴まれた手は温もりを帯びる。

「未来のホーエンハイム。お前の物語はハッピーエンドにしたいな。私はバッドエンドは嫌いだ」

 そう言い、絹江は耳元でささやいた。

 暖かい息が心地よい。

 絹江の体からはバラの良い香りがした。


「僕もバッドエンドは嫌いです。あの星の中から可能性を掴みとってみせます」

 拳をぐっと握り、圭介は言った。


「いいね、いいね」

 にこやかに絹江は笑う。そこら辺の女優など顔負けの美しい笑みであった。

「私たちは常に悪を望み、善を成す者だ。では悪とはなんだ?」

 絹江は顔を近づけ圭介にきいた。肉親でありながら、その美貌に圭介はどきりとし、心臓が高鳴るのを覚えた。

「私はそれは誰かを助けるためには誰かを傷つけることがあるということだと思う。お前にその覚悟はあるか」

 絹江が問う。

 その問いに圭介は思考を巡らした。

 瑠菜を救うためなら、手を汚すことも可能か。

 答えは可能である。

 でなければ、過去の世界まで来たりはしない。これ以上瑠菜にひどい目に会わせたくはない。

それは圭介自身はあまり好きな表現ではなかったが、男としての矜持のようなものであった。

 

 こくりと圭介は言った。


 その様子を見て、絹江は圭介の頭をくしゃくしゃとなでた。その感覚はどこか懐かしいものであった。


「よし、行こう。囚われのお姫様を助け出すんだ」

 少女のように高らかな声をあげ、絹江は言った。

 そのアーモンド型の瞳は夜の星々と同じようにきらきらと輝いていた。

 

 二人はスバル360に乗り込んだ。

 スバル360は一路、星空の下、東京に向けて走り出す。

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