第20話協力者

 なかば強引に那由多は圭介の腰を抱き、井戸の中に飛び込んだ。

 井戸の中は寒く暗かった。

 どこからともなく風が吹いているような気がする。

 落下しているはずが、ある時を境に落下ではなく押し上げられている感覚に変化した。

 五分ほどその感覚に襲われているうちについに外界に吐き出された。

 暗かった視界が急に青空が広がる。

 空中に吐き出されたのだ。

 屋根の鬼瓦が目に入った。

 建物の屋根の位置まで飛ばされている。

 声にならない悲鳴を圭介はあげた。

 そのままなら落下して地面に叩きつけられるだろう。

 だが、そうはならなかった。

 那由多はいたって冷静だ。

 空中で回転すると圭介を抱えたまま、那由多はすとんと着地した。

 どうにかして圭介は立ちあがった。

 肺に入ってくる空気は冷たかった。


 圭介の目の前には見知った人物が立っていた。

 いや、知っている人物の若き日の姿だ。

 圭介にとってもっとも馴染み深い人物であった。


 若く、とても美しい。


 インバネスコートを着て、ソフトハットを粋に斜めにかぶり、圭介と同じロイド眼鏡をかけていた。

 端正な顔立ちをしていて、そして懐かしい容貌である。

 背が高く、スタイルは驚くほど良い。

「き、絹江さん……」

 ごくりと唾を飲み込み、圭介は言った。


 そこに立っているのは若き絹江であった。


「疑似アカシックレコードの計算通りだな。君は未来のホーエンハイムだね。観察していたよ。私は現在のホーエンハイムだ」

 美しい顔に笑顔を浮かべ、絹江は言った。

「わ、若い……」

 思わず圭介は言った。

「そりゃあ、そうだよ。私はまだ二十代だからね」

 ふふっと妖艶な笑みを浮かべ、絹江は言った。我が祖母ながら、その美貌に圭介は見とれてしまった。


「無事にこちらにこられたようですね」

 そう言い、那由多たちをでむかえたのは黒いワンピースをきた清楚な雰囲気の女性だった。年の頃はこの時代の絹江と同じぐらいだろうか。

「千鶴子から話は聞いています。私は高橋貞子と申します」

 その女性は名乗り、軽く頭を下げた。

「貞子さん、早速で悪いのだが今は一九六八年でまちがいないですか?」

 那由多はきいた。

「はい。千鶴子の座標設定は間違いございません。現在は一九六八年の十二月九日です。私の千里眼によってあの者たちの位置は特定しています。そうですね、東京の府中市です」

 貞子は答えた。

「東京か。私の疑似アカシックレコードの計算でも同じ答えがでてるよ、貞子。奴らはあれを狙うつもりだ」

 豊かな胸の前で腕を組み、絹江は言った。

「東京となると車で半日以上はかかるな」

 にやりと絹江は圭介に微笑む。

「さあ、東京までドライブだ。こんなこともあろうかと車を用意してある」

 絹江は圭介の手を強く引き、駐車場まで案内した。どことなく、バラの香りがする。

 懐かしい絹江の香りであった。

 那由多も彼らに続いた。


 駐車場には赤い小さな車が停まっていた。

 丸い流線型が個性的だ。

 その車はスバル360であった。

「これはいいね。現役のスバル360に乗れるなんてタイムスリップしたかいがあるよ」

 少女のようにはしゃぎながら、那由多は言った。


「道中これをお食べください」

 そう言い貞子は大きなバスケットを圭介に手渡した。バスケットにはおにぎり、唐揚げ、卵焼き、たこさんウインナーなどがぎっしりと詰められていた。

「こいつは旨そうだ」

 口許のよだれを手の甲で拭いながら、那由多は言った。

「全部たべないでくれよ」

 と圭介は言った。


「歴史の変異点は明日です。明日が最大の機会です。絹江、よろしくお願いします。あのかわいそうな月の女王を助けてあげてください」

 運転席に乗り込む絹江に貞子は言った。

「まかせな。ホーエンハイムが二人もいるんだぜ。運命はきっと変えてみせる」

 親指をぐっと立て、絹江は言った。

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