第19話過去への扉

 ウオッチメンの言葉を聞き、圭介ははっきりと狼狽した。

 ウオッチメンがこんなところで嘘や冗談をいう理由はまったくない。

 彼の言葉は真実だろう。

 そんなところに逃げてしまった相手をどうやって追えばよいのだ。

「そのことについては心配いりません」

 少しみだれた髪を手の平でなおしながら千鶴子は言った。まるで心を読んだようだ。

 彼女は超能力者だ。

 それぐらいできて当然かもしれない。

 その思考を読み取ったのだろうか、千鶴子はにこりと微笑んだ。

「まずはあなた方に謝らなければいけません」

 そう言い、千鶴子は深々と頭を下げた。

「このような事態、実はある程度は予知できていたのですが……」

「それはどういうことですか?」

 那由多がきく。

「この事件についてはかなり不確定な要素が多かったのです。それは圭介さん、あなたです」

「ぼ、僕ですか」

 自分の名前を呼ばれ、圭介は少し驚く。

「そうです。私と郁子姉さんの予知では残念ながら瑠菜さんの救出に失敗し、那由多さんたちは天使に殺されるはずでした。しかし、貞子姉さんの予知は違いました。瑠菜さんの救出には成功するもののあの天使に連れ去られるというものでした……」

 ふっと千鶴子は一息つく。

「圭介さんの瑠菜さんを思う気持ちが不確定要素の一因だったため、予知は別れました。見誤ったのは私たちのほうですね。圭介さんの気持ちが深かったため、最悪の事態は避けることができました。しかも、あの天使を今一歩のところまで追い詰めることができました」

「でも、逃がしてしまった」

 右拳で左手の平を圭介は強く叩く。

「このような事態を予測した貞子姉さんはすでに過去に行き、時空の扉を用意しています。私もある程度予測できていたこととはいえ、我が屋敷の中でむざむざ連れ去られたというのは忸怩たる思いです。時空の扉までご案内いたします。どうか過去にもどり瑠菜さんを救出してください」

「ああ、もちろんだ」

 力強く那由多は言った。

「次は絶対に負けない」

 圭介も答えた。



 那由多たちが案内されたのは綺麗に整えられた日本庭園の片隅にある古びた井戸であった。

「この井戸はね、別の次元につなげることができるのです。もちろん過去にも。ですが、通過するにはかなりのエネルギーを必要とします」

 ちらりと千鶴子は那由多の愛らしい顔を見た。

 那由多はばりばりとオレオクッキーを食べていた。

「ああ、わかったよ。竜の王の力を使うよ」

 那由多は言った。

「ちょっと待て、女探偵」

 猫又の又三郎が那由多を止めた。

 又三郎は自らの爪を深く手の平に食い込ませる。血がポタポタと流れる。

「獣族の血は治癒の効果がある。人魚の肉ほどではないが、口にいれるといい……」

 苦痛に妖しいほど美しい顔を歪めながら、又三郎は言った。

「かたじけない」

 そう言うと那由多は指先から流れる獣の血を舐めた。ごくりと白い喉をならし、血を飲む。

 那由多の傷が完全ではないものの、体力と傷はかなり回復した。

 又三郎はもとの猫にもどり、千鶴子の胸元に飛び込んだ。千鶴子は又三郎を両手で抱く。

 又三郎はすやすやと眠ってしまった。


「ええ、貞子姉さん。今からそちらにお二人を送ります。姉さんの予知通りになりました。えっ、協力者を用意している。流石です、姉さん。はい、ではよろしくお願いします」

 白い額を指でおさえ、千鶴子は何者かと話をしていた。

「神宮寺、原、気をつけて行け。現場はおそらくあの歴史的な事件が起こった所だ」

 ウオッチメンは那由多と圭介に言った。

 二人は力強く頷いた。

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