第16話瑠菜の心
ただ黙って虚ろな目で空間を見る秋月瑠菜の横に立ち、圭介は語りかける。
「秋月瑠菜さんだね。こんな言い方は変だけど、初めましてだね」
ちらりと瑠菜は圭介の目を見る。
また視線をもとに戻し、瑠菜は空間を黙って見る。
圭介は待った。
ただただ待った。
「こんな所まできて、また私にひどいことをするの」
か細い声で瑠菜は言った。
その言葉が出るのに何時間過ぎたか圭介は分からなかった。
すでに時間の感覚は失くなっていた。
「そんなことはしないよ。僕は君を迎えにきたんだ」
圭介は言った。
「戻ってもいいことはなんてないわ……」
吐き出すように瑠菜は言った。
そして、また黙り込んでしまう。
「それはどうだろうか。いや、きっと楽しいこともあるはずだよ」
その言葉を聞き、瑠菜は圭介の目をみる。
「楽しいことなんてないわ。辛いことばっかり。私の赤ちゃんはどこなの。見えるのは小さな窓から月だけ。あんな所に閉じ込められるのなら、ここにいるわ。ここにいれば少なくとも何もおきないから、私はずっとここにいるわ……」
そう言うとまた瑠菜は黙ってしまった。
圭介は考えた。
何かいいことはないだろうか。
彼女の希望通りにすれば、肉体の方は主である精神がいなくなり植物状態になってしまうだろう。
月の女王の精神がどこまで瑠菜の体を制御できるかわからないが、それほど長くはもたないだろう。
そうだ。
「ものすごく大食いの女がいるんだ。カツ丼とチャーシュー麺を一瞬で食べるんだ。ほとんど一息で食べてしまうんだ。凄くないか」
圭介は笑いながら、神宮寺那由多の食いっぷりを語った。
「なにそれ……」
しばらくして、両手で口を押さえ、くすりと笑った。
きょろきょろと瑠菜は周囲を見る。
「そうね。あなたは私と一緒にいても何もしなかった……」
そう言い、瑠菜は手を差し出す。
「わかったわ。あなたの口車に乗ってあげる」
瑠菜は言った。
圭介は強くその手を握った。
「千鶴子さん、もとに戻してください」
大声で圭介は叫んだ。
「ちょうどよかったわ。今、大変なことになってるの。すぐに引き上げるわ」
千鶴子のその声は悲痛だった。
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