第15話心の闇

 そこは目を開けても見えない闇の空間であった。

 手を前にふっても自分の手の平さえも視認できない。

「もう少し、奥です。圭介さん、しっかり自我を保ってください。そのロイド眼鏡をは離さないことです。その眼鏡はあなたが意識を保つのにきっと役に立つでしょう」

 千鶴子の優しい声が空間に響く。

 感覚的には息苦しくない潜水といったところだろうか。

 潜ることをイメージしながら、瑠菜の存在を暗闇の中を手探りの状態で漂う。

 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。

 皆目見当がつかない。

 五分なのか一時間なのか、それとも一日だろうか。

 時間の感覚が消えていく。

 気を緩めれば意識を失いそうな、そんな息苦しさがあった。

 ふとした瞬間に気を失いそうになる。

 ここで気を失えば、恐らく二度と現実世界には戻ってこれないだろう。

 文字通り、生きた屍になるだろう。

 意識を失いそうになる度に何故だか、絹江の顔が脳裏を横切る。そうすると不思議と自我を保つことができた。


 しっかりしな。

 こっちで待ってるから、まずは秋月瑠菜さんを助け出すんだ。

 頭の中に絹江の声が響く。

 その声はどこか若々しいものだった。



 やがて、圭介の目の前に木の扉が現れた。

 鉄のドアノブは錆びていた。



「その中に瑠菜さんの自我がいます。取り込まれないように気をつけてください」

 千鶴子の声はかなり聞き取りにくかったが、どうにか理解できた

 それほどこの場所が心の奥まった所ということだろうか。

 ドアノブに手をかけ、左右にひねるが、ガチャガチャと音がするだけでいっこうに開く気配はない。

「機械仕掛けの王の力を貸そう」

 かなり小さな声であったが、それはあの探偵神宮寺那由多の声であった。

 その声の後、ドアノブをひねるとすんなりと扉が開いた。



 それが機械仕掛けの王の能力の一つである。

 すべての機械はこの王の支配下にある。

 それが心の中の存在であっても例外ではない。

 機械の形をしていればその能力を使用することができる。



 ドアの奥は六畳ほどの小さな部屋だった。

 シングルベッドだけが置かれている。

 他の家具はない。

 そのシングルベッドの上に裸の女性が膝を抱えて座っていた。

 どこか虚ろな目でその女性は何もない空間をただぼんやりと眺めていた。

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