第10話ルナの正体

 神宮寺那由多と名乗った女探偵は続けざまにカツ丼を勢い良くかきこんだ。一気にカツ丼を完食する。まるでカツ丼が飲み物のようだ。

「秋月瑠菜さん、探したよ。まさか月の女王になっているとはね。どうりで見つからないはずだ。月の女王の能力は認識阻害。すべてを見る男ウオッチメンをもってしても見つけることができないはずだ」

 那由多は言った。

 カレーを食べていたルナの手がとまった。

「そうか、思ったよりもはやく見つかってしまったな。圭介といて気がゆるんでしまったかな。今の圭介との生活はそれなりに気にいっていたのだが。そうだな、いつまでもというわけにはいかないか……」

 紙コップの水をごくりと飲んだ。

「そうだ、私は月の女王であり秋月瑠菜だ。機械仕掛けの王にして竜の王よ」

 そう言い、ルナはカレーを食す。

 二人のやりとりをじっと見ながら、圭介はカツカレーを食べた。

 ルナの口から別の九人の王の名が出た。

 隣に座る女探偵も九人の王の一人なのだろうか。


 もしかするとこれが最後の晩餐になるかもしれないと圭介は思った。

 そう思うと無性に寂しかった。


 ふうっとルナはため息を着いた。

「探偵よ、残念だが秋月瑠菜はここにいるが、ここにはいない状態だ」

 ルナは言った。

「それはどういうことだ?」

 いぶかしげな瞳で那由多はルナの端正な顔を見た。

 圭介もだまって二人のやりとりを見ている。

「秋月瑠菜が二年間もの間失踪していたのは彼女があるところに監禁されていたからだ。妾は秋月瑠菜がその場所から逃げ出すことを望んだため、王権の守護者とした」

 胸元の三日月のペンダントをいじりながら、ルナは言った。

「王権の守護者というのは九人の王の力を宿す者のことだ。お前も知っているだろう、九人の王の物語を。なあ、原圭介」

 と女探偵は言った。

「もしかして……」

 圭介はあらためて那由多の顔を見る。

「そうだよ、小学生の時以来だな」

 にこりと那由多は微笑んだ。

 彼女はあの圭介をいじめから救った少女だった。


「九人の王の力は絶大だ。監禁先からの脱出も容易だっただろう。なるほどな、私がその監禁先をみつけた時には秋月瑠菜がいなかったのはすでに脱出した後だったわけだ」

 那由多は頭をぼりぼりとかく。

「だが、力をえるには何かを対価として支払わなければならない。錬金術で言うところの等価交換だ。あんたは何を対価として王の力を付与したのだ」

 那由多は問う。

「秋月瑠菜の子供だよ。彼女は身ごもっていたのだ。犯人との子供をな。だが、その子は生まれても死ぬ運命だった。体に大事な臓器がいくつも欠けていたのだ。妾はそのかわいそうな子を対価に瑠菜に王の力を与えた」

 長い髪をかきあげ、ルナは言った。

 胸元のペンダントが揺れた。


「秋月瑠菜は精神にたいする損傷があまりにもはげしく、深層心理のさらに奥に沈み、眠っておる。今は妾が仮の人格としてこの肉体を管理しているが、そう長くはもたん。精神の拒否反応といってよいだろう。それがおきかけている。このままでは秋月瑠菜は廃人となってしまう。探偵よ、風の噂に聞いたことがある。ゴーゴンの三姉妹と呼ばれる者たちなら、心の奥底に沈んだ者を救いだすことができると……」


 白い頬をひらりと那由多はなでる。

「私もその名前をきいたことがある。彼女らの所在は獣の王が知っている。いいよ。獣の王にはちょっとした貸しがあるんだ。そのゴーゴンの三姉妹のもとに一緒にいっていいのなら、案内してやるよ。私もその伝説の三姉妹に会ってみたいんだ」

 女探偵は言う。

「恩にきる。このような状態で秋月瑠菜を家に帰すのはあまりにも不憫じゃ……」

 潤んだ瞳でルナは言った。

 その瞳を見て圭介は美しいと思った。

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