第6話月の女王

「我が力がおよばぬとは……」

 その女性は思案する。

「これはいかなることか。うむ。確かめねばならぬ。もう二度とあのような目にあわせるわけにはいかぬ」

 ぶつぶつと一人でしゃべり、彼女は突如、圭介に抱きついた。

 唇をよせ、強引に重ねた。

 無理矢理に舌をねじ込ませ、口のなかをねっとりと舐め回した。 

 柔らかい舌が口の中を這いずるごとにいいようのない快楽が脳内を駆け抜け、思考力が低下していく。

 されるがままの状態でいると彼女は唇を離した。

 二人の間をつたう唾液を手のひらでぬぐうと、ふっと微笑んだ。

「遺伝子情報を解析した。なるほど、これは僥倖というべきか。やはり妾はついているな。貴様はホーエンハイムであろう。かの錬金術師の末裔か……」

 ホーエンハイムという名は確か絹江が、私たちの祖先だといった名だ。

まさか、この素っ裸の女の口からでるとは。

「よかろう、貴様。妾の家臣にしてやろう」

 勝手なことを一人で彼女は言う。

「いや、ちょっと待ってよ。あんた、なに勝手にきめてるんだ。その前にあんた誰なんだ」

 初対面の奇行の女性に家臣になれと言われて、圭介ははっきりと狼狽した。


「そうか、まずは名乗らねばなるまい。それはすまぬことをした。妾は月の女王ルナという。しかと覚えておくとよい」


 月の女王という言葉をきき、圭介は幼い時に祖母から教えられたあの童話を思い出した。

 まさかこんなところで九人の王の一人と出会うとは。

 彼女がそう名乗ったのは偶然だろうか。

 目の前の布きれ一つまとっていない女性があの別世界に逃げたという九人の王の一人ならば、偶然ではなく必然なのかもしれない。

これは運命だと圭介は思った。


「もしかして、あんたは九人の王の一人か」

 と圭介はきいた。


「ほう、話が早いではないか。その通り。妾はかつて下界を統治した九人の王が一人である」

 豊かな胸の前で腕を組み、ルナは言った。


「ホーエンハイムよ。頼みがある。妾をかくまってくれないか。妾はあるものに追われているのだ。その者にみつかれば命はないかもしれない。見ての通り、何も持ってはおらぬ。家臣になっても何も与えられぬが、この頼みきいてはくれぬか」

少しだけ頭を下げてルナは言った。


 奇妙な出会いであり、突然の申し出であったが、圭介はその頼みをきくことにした。

 それはそうだろう。

 素っ裸の女性をこのまま街中に見捨てていくほど彼は薄情ではなかった。

男がすたるというものだ。

 それにもしかするとこれが鏡の中の自分が言った奇怪な世界の入り口かもしれない。

 だとしたら面白い。

 痛快ではないいか。

 そう思うと圭介は、これからどんなことがおこるのだろうかと軽い興奮のような物を覚えた。


「いいよ」

 圭介は言った。

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