第5話ハロウィンの夜

 ハロウィンなるイベントが日本に定着したのは一体いつからのことだろうか。

 もっとも本来の先祖への鎮魂の意味合いは完全になくなり、ただの仮装イベントへとかわってしまったのはこの国の国民性といってしまえば、それだけかもしれない。

 圭介は色々なコスプレを楽しむ人たちの間を縫うように歩いていた。


 アスファルトの道路には多種多用な屋台が並び、大勢の人々で賑わっていた。

 陽気なイラン人が笑いながらケバブを売り、腰の低いインド人がカレーを売っていた。

 

 絹江から送られた衣装を着て、圭介は道を歩いていた。

 屋台を冷やかしながら、彼なりにこの祭りを楽しんでいた。

 

 様々な衣装に身を包んだ人々の中では、あの個性的な装いでも決して恥ずかしいものではなかった。

 むしろ地味なほどだ。

 ぼんやりと圭介は歩きながら、街の賑わいを彼の視界に真っ裸の女性が横切った。


「えっ」

 

 短く叫び、圭介はもう一度裸足で歩いている女性を見た。

 思わずロイド眼鏡を外し、その女性の方を見るとそこには彼女はいなかった。

 まぶたをこすり、ロイド眼鏡をかけなおすと再び彼女は現れた。

 きょろきょろと周囲を見渡すが、誰もその女性に気づいていないようだ。

 あまりのことに圭介はごくりと生唾を飲み込んだ。

 じんわりと頬をつたう汗を手の甲で乱暴にぬぐった。

 

 一糸まとわぬ姿で歩いている女性を視認しているのは、どうやら自分だけのようだ。

 周囲の人間たちはまったく気づく様子もなくそれぞれにハロウィンという騒がしい祭りを楽しんでいた。


 僕は幻覚を見ているのだろうか。


 そのような疑問が頭をよぎったが、その裸の女性のあまりに肉感的な様子がその人物が現実に存在するということを証明していた。

 

 どうやら、確実にそこにいるのに自分しか気づいていないようだ。


 裸の女性はふらふらと目的もなく歩いているように見えた。


 顔立ちをよくみるとかなり端正なつくりをしていた。秀麗といってもいいだろう。

 長い間、日の光を浴びていないのではないかと思わせるほど肌の色は白く、ふっくらと膨らんだ胸は魅力的であった。

 その胸元には三日月のペンダントだけだった。


 思わず見とれてしまった。

実際我を忘れて見とれてしまうほど彼女は美しかったのだが、どうしたものだろうか、そうしていると彼女はちらりと圭介を見た。

 その時、髪の毛をかきあげる仕草は、はっとするほどの可憐さであった。

 

 視線と視線が交差する。


「貴様、妾が見えるのか」 

 透き通るほどの可憐な声で彼女はきいた。


 どうにかして首だけを動かし、圭介は頷くだけで精一杯だった。

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