第3話遺言
二人は四人がけのテーブルに案内された。
料理をいくつか注文し、絹江は紹興酒を注文した。圭介はビールを頼む。
「しみるね」
琥珀色の液体をちびりちびりと口にいれた。
久方ぶりに呑む酒はじつにうまかった。
体を悪くして、入院するようになってから飲酒はとくに止めるように医者にいわれていた。
だが、もうそんなことは守る必要はないだろう。
なんとなくではあるが、最後というものは近づいているのがわかる。
最後ぐらいっていうわけではないが、好きにさせてもらうよ。
絹江は心中でそうつぶやいた。
焼き餃子にたっぷりとたれをからませ、圭介はそれを口にいれた。甘い肉汁が口いっぱいに広がった。
「おまえに話たいことがあるんだ……」
ぼそりと絹江は言った。
卵スープをごくりとのみ、圭介の瞳を見た。
「知っているか圭介。私たちの世界は実は私たちだけのものではないのだよ。はるか昔から別の世界の人間がこちら側に来訪してきているのだよ」
突拍子もない話の切り口にとまどっていると、なかば無視するように絹江は話を続けた。
その間も紹興酒をぐびりときめこんだ。
「別の世界の存在に気づいた私たちの祖先は彼らを観察することにした。彼らが私たちに危害をおよぼさないようにね。科学者でもあった私らの祖先は彼らに対抗するため技術や知識を深めていったのだよ」
ふふっと絹江は笑う。
「なんか漫画かアニメみたいな話だな」
それは妄想だろうというのは容易かった。しかし絹江の真剣な眼差しが嘘ではないと告げていた。他人なら分からないかもしれない。やはり、それが分かるのは血をわけた肉親だからに違いない。
「本当のことさ」
肉ピーマン炒めを箸で掴み、ぽりぽりと絹江は噛んだ。
「私らの祖先の名はパラケルスス・ホーエンハイム。科学者でもあり錬金術師でもあった男だ」
その名前は初めてきくものであったが、以前からしっているような名前であった。
「私は一族の遺産を引き継いだ。そいつを引き継いでからこっち、なかなかに面白い人生だったよ。波乱にみちてるっていっても過言じゃなかった。けどね、私もそう長くはない。自分の体のことは自分がよく知っている。だからさ、その遺産っていうのをおまえに引き継いでほしい。私ら一族の知識と経験がつまったものだ。そいつをうまく使えるのは私の孫の中じゃあおまえだけだと信じているよ」
絹江は言った。
遺産とはなんだろうか。
普通に考えれば金銭的なものであるが、どうやらそういったものではないようだ。
話の異様な展開に頭がついていくのがやっとであったが、圭介は懸命に考えた。
大好きな祖母の願いだ。
できるだけ、叶えてあげたい。
「わかったよ、絹江さん」
「もらってくれるかい」
こくりと圭介は頷いた。
「でも、どうして僕なんだい」
「うん……それは昔。いや、女の勘だよ」
と絹江は言った。
食事を終え、圭介たちは店をでた。
「じゃあ、またな圭介」
それがこの時代の絹江とかわした最後の言葉だった。
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