第2話愛する絹江さんとの再会

 ぼんやりと店の壁にはられた数枚のポスターを青年になった圭介は眺めながら、とある人物を待っていた。

 後、一週間で始まるというハロウィンの仮装イベント。街をあげてのイベントのようで当日は歩行者天国になって屋台なども並ぶようだ。

 二年前に行方不明になった女子高生の顔写真がはられている。そこには有力な情報を提供したかたには懸賞金を差し上げますと書かれていた。

 随分前の市会議員のポスターがそのままになっていた。

 それらをただ漠然と眺めていたところ、ややかすれた声が圭介の鼓膜を刺激した。

 

「よう、圭介」


 その口調は仲のよい友人のようであった。

 振り向くとそこには祖母である絹江が立っていた。


 黒いインバネスコートにソフトハットを浅めにかぶり、ロイド眼鏡をかけている。白シャツに黒のロングスカート。八十ちかいというのに背筋はピンとはり、整った西洋人のような顔にはいつも不敵な笑みを浮かべていた。

 

 個性が強いな。

 祖母を見るたびに思う感想であった。


 たしか、つい先日まで身体を悪くして、入院していたはずだが、そのきらきらした瞳の色はそんなことを微塵も感じさせなかった。


「久しぶり、絹江さん。もう身体の調子はいいの?」

 そうきくと、絹江はすらりとした長い腕を圭介の腕にからめた。

 祖母は自分のことをおばあちゃんと呼ぶことを極端にきらった。それは少年時代からかわらない。

 暖かい体温が感じられ、バラの香りがした。

 私は死ぬまで現役さ。

 だからおばあちゃんなんて呼ぶなもんじゃあないよ。

 それが絹江の口癖だった。

 圭介は絹江の三番目の夫の孫であり、家族関係も複雑であった。

 絹江は恋多き女であったのである。

「身体かい、そんなによくないよ。でもね、お前に会いたくてちょっと無理して病院を抜けだしてきたってわけさ」

 いたずらっ子の少女のように絹江を笑った。


 その店は圭介のいきつけであった。

 台湾出身の店主が腕をふるう隠れた名店であった。値段もリーズナブルで庶民の強い味方だ。

 ただ、久しぶりに会う病気の祖母にはあわないかと思ったが、お前の普段食べてるものを食べてみたいのだよという言葉でその店に決まった。

 店に入ると平日ということもあり、比較的空いていた。


 カウンター席に一人の小柄な女性が座っていた。


 竜柄の刺繍をほどこされた銀のスカジャンを着たなかなかに可愛らしい感じの女性だった。

 足が床につくことができずにぶらぶらと揺れていた。

 彼女は物思い気に潤んだ瞳で銀の懐中時計を見ていた。

「いったい何処にいるのやら……」

 と一人ごちる。

 その少し潤んだ瞳がどこかえも言われぬ色気があった。

 だが、彼女の前に出された料理の数々を見て、その感想は完全にうち砕かれた。

「なゆちゃん、お待たせ」

 ランニングシャツの店主が彼女の前に次々と料理を置いていく。

 拳ほどの大きさがあると思われるほどの唐揚げ、餡たっぷりの天津飯、麻婆豆腐、チンゲン菜の炒め物、ニラレバ炒め、海老のチリソースたちであった。とてもその小柄な女性が食べきる量には思えなかった。

 店主は当たり前のように料理を並べる。

「仕事の調子はどうだい?」

 独特のイントネーションで店主はきいた。

「さっぱりだよ、だから今日は少食なんだ」

 あの量で少食とは圭介は驚愕を覚え、絹江は苦笑した。

 そして、彼女は猛スピードでそれらをたいらげていく。

「さすが、カロリーの女王。いい食いっぷりだね」

 店主は感心して言った。

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