佐々井先生はなんかおかしい

日本史の佐々井先生はなんかおかしい。

今日もさらさらなボブを揺らしながら教室に入ってきた。

「はい、じゃあ授業始めましょう。」


佐々井先生は優しい。挨拶をすると、教科書を開く前にまず教室中を見渡し僕らの顔を見ていく。今日も全体を見渡し、先週坊主にした僕に目を付けた。

「あら、青木くん髪切ったの?いいわねえ、とっても涼しそう。先生青木くんのいうことだったらなんでも許しちゃいそうだわ。」苦笑いでごまかす僕をよそに獲物は隣の高木さんに移る。


「あら高木さんは今日も素敵な笑顔ね。あら、もしかしてチーク?」

教室が一瞬にして凍る。もしメイクなら校則違反だ。しかし佐々井先生は笑顔を崩さない。

「お化粧だめなのよ、うち。まあ、でもかわいいから許しちゃう。」許すんだ。

「たまこさん、今日も元気?たまこさんってたまごみたいな名前だから、先生、元気かな~っていっつも心配しちゃう。元気に行きましょ!」


やっぱり変なのだ。


佐々井先生はやっと教科書を開いた。

「今日は1990年代半の動きを見ていきたいと思います。ほんとこうやってこの時期に現代史をできることの幸せをかみしめましょうね。普通現代史なんて授業間に合わなくて独学の域なんだから、ほんとギターと変わんないよ全く。」


まあ確かに。高校3年生の梅雨にこの年代を勉強しているのは世の中でもかなり早いのかもしれない。


「まあこうやって、間に合ってきちんと現代史ができるのも先生の努力とそれについてきてくれたあなたたち、それと古代史の犠牲のおかげです。もう君たち古代について縄文土器しかしらないもんね。弥生土器は先生見ないことにしといた。まあそれもいいでしょ。先生だって人間だからね。カットしちゃうこともあるの。」


佐々井先生は古代は縄文土器だけ覚えておけばセンターは楽勝だといい、そのまま飛鳥まで飛んだのだった。いやっカットしすぎだろ!


「まあそんなことはさておき、今日は1990年代後半についてみていくんですが、こないだどこまでやったけ?あ、1995年か。じゃあ1996年から見ていきましょう。


1996年、この年は社民党、新党さきがけ、新進党の一部議員によって民主党が誕生しました。また第2橋本内閣が誕生した年でもあります。また、1996年といえば、たまごっちが販売された年でもありますね。」


たまごっちか、聞いたことはあるが1996年発売なのか。僕がまだ父と母の細胞の一部にも過ぎないころだ。


「じゃあ次は1997年。この年には秋田新幹線が開業したりとか、大阪ドーム・ナゴヤドームがオープンしました。そして、この年は前年発売開始されたたまごっちが爆発的ブームになりました。たまごっちは簡単には手に入らないほどの貴重な存在になり、持ってることが価値のあることになりました。特に白がすごい人気で取引価格も高騰しました。またたまごっち託児所といったところもできたみたいですね。」


たまごっち託児所…すごい時代だな。かなり流行ったんだなあ。


「次に1998年は長野オリンピックが開催された年ですね。また、明石海峡大橋が開通しました。さあ、たまごっちですが、1998年に入るとたまごっちブームは少し沈静化します。前年のブームに乗って増産されたたまごっちたちは、たくさんの在庫としてバンダイに残ることになったんです…うっうっ・・・・」


いきなり泣き出した佐々井先生。

ずっと思っていたが、たまごっちについて詳しすぎる。そして思い入れが強すぎる。必死で笑いをこらえていると佐々井先生と目が合ってしまった。


「おい何笑ってんだ、青木、おい青木。

真面目に現代史勉強する気ないんかボケ!さぼって土手で草でもくわえとけくそ坊主が!」


人格が変わっている。僕は、すみません、といいどうにか持ちこたえたがやっぱり佐々井先生は変だ。


佐々井先生はハンカチを取り出し涙をぬぐうと、がんばって笑顔をつくりこう続けた。


「はい、じゃあ次は1999年ですね。1999年は小淵1時改造内閣が発足した年でもあります。はい、この年のたまごっちは・・・」


そのとき僕の隣の机からピロピロという電子音が聞こえた。

佐々井先生がぎろりとこちらを見る。


「おい、なんだこの音。ケータイか、うちケータイ禁止だよな。青木!」

必死で僕じゃないと首を振る。


「じゃあ高木か。おい高木、なんでケータイ持ち込みが禁止かわかるか。こうやって授業中になって、たまごっちの話…うn、授業を妨害されるのが迷惑だからだよ。わかるか、この紅顔ざる!」

紅顔ざる!ひどい、ひどすぎるさっきまでチーク褒めてたのに…

泣き出す高木さんい佐々井先生は近づいていく。


「お前は人の迷惑を考えろよ!ほんとに…」

高木さんが佐々井先生になにかぼそぼそと言ったのが聞こえた。それを聞いた佐々井先生は目を丸くして「え??たまごっち?」と言った後、最初のような満面の笑みに戻った。


「もう、高木さんー。今のたまごっちが鳴った音だったの?言ってよ~先生めっちゃ怒っちゃったじゃん!チークかわいいな~」

高木さんがさらにぼそぼそと話す。

「え、高木さんのたまごっち第2次ブーム以降の通信できるやつ?え、通信しよ、通信しよ!」


佐々井先生が飛び跳ねながら何かを取り出そうとしている。教室でたまごっちの通信を始めようとする佐々井先生に学級委員の前田が全員の気持ちを代弁して意を唱えた。しかし、佐々井先生には響かない。


「何、何!学級委員うるさい。何?情緒が不安定すぎる?うるさいわボケ!じゃあ見とるお前のテンションも一緒に上げ下げすればええやろがい!先生が『日本史に宿る仏』っちゅうあだ名で呼ばれる所以たる、穏やかな時はお前も仏で見て、先生が『ファンキーロックたまっごっちゃー』になるときはお前もテンション上げたらいいんだよ!わかるか?そしたら温度差ゼロだろ。しばくぞ!」


前田。お前は正しいよ。すっかり戦意喪失して椅子にすとんとすわる前田の横顔に同情する。


そんなことは気にせず佐々井先生は高木さんに話しかける。

「あ、高木さーん通信しよ、通信しよ!よし、先生のも今出すからね。いっつも首にかけてんの。さあさあわたしのたまごっちちゃん~」


だが、僕は知っている。高木さんはたまごっちなんてやっていない。さっき鳴った電子音は完璧に高木さんのスマホのものだった。


この嘘がばれたら高木さんはどうなってしまうのだろう。

教室中に緊張が張りつめる。


「高木さんもはやく出してよ~。さあわたしのたまごっちちゃん~。」

佐々井先生が首元から吊り下げていたたまごっちを出し、その画面をのぞき込んだ。…すると、先生の顔が一瞬にしてこわばった。


どうしたんだ?ばれたのか?でも高木さんは何も言っていない。


佐々井先生は無表情のまま黒板の前までツカツカと歩い、チョークを持つと黒板にこう書きなぐった。

『忌引きのため自習』


佐々井先生はなんかおかしい。

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