輪廻転生

「あ、こんにちは!新しくバイトで入った向田です!

よろしくお願いします!」

 居酒屋のフロアで、大学生らしき青年はそのあどけなさの残る顔に緊張をにじませていた。


 その声に同じ黒のTシャツを着た、体格のいい男が振り返る。

「おう!新人さんか!俺は安本!新人教育担当してて、まあ厳しめにやるから覚悟しといて!」


「はい!」

 熱血な感じだがいい人そうでよかったと向田は胸を撫でおろした。


「じゃあ、ひとまずあの席のオーダーとってこい!」

安本はそういって向田に客の席を指さす。


 居酒屋の前に飲食店のバイトはしていたので、スムーズに注文を取れたつもりだった。

「梅酒ワンお願いします!」


 厨房にそう伝えた途端、慌てて安本が駆け寄った。

「ちょっと!梅酒とってきたの向田か?!うちは梅酒だけでも167種類あるんだ!ちゃんとどれか聞きなおしてこい!」


「…はい!」167種類?多すぎだろ。そんなことなら早く教えてくれればよかったのにと思いながらももう一度客の席に戻り注文を聞いた。


 なかなか独特なメニュー名の店なんだなと思いながら、再び厨房に注文を伝える。

「お願いします。梅酒の種類はえっと・・・『とりあえずビール、から揚げ、豚キムチ、君が頼んだ梅酒のロック』だそうです、が、これでいいんですかね・・・」


「オッケー!次から気をつけろよ!」

不安そうな向田に、安本は親指を突き立てて返事した。


 向田はさらに不安をにじませる。

「すごいメニュー長いですね。ちゃんと覚えられるかな。」


「大丈夫、大丈夫!慣れればなんとかなるから!」

やはり熱血だけど頼りになる人だ。羨望のまなざしで安本の顔を見つめていると、ふとある仮説が浮かんだ。

「あの、安本さん、以前どこかで会ったことないですか?」


「え、お前にか?」


「いや、僕というか・・・」


「え、あれ?もしかしてビリー先生ですか?!」

 安本は懐かしい笑顔を見せた。向田の予想は当たっていたようだ。


「そうだよ、ステファン!!」

 

 名前を読んだ瞬間、安本の顔にはさらにステファンの面影が色濃く映った。

「すごく久しぶりじゃないですか!わたしはステファンが、あ、わたしって言っちゃった。俺は今の前世がステファンで、こんな感じでまだ抜けきってないんですけどビリー先生はどうです?」


「私は、いや君の前では俺って言おうかな。俺は今の前々前世がビリーだよ。」

 安本はバイト先では先輩であるはずなのに、昔の癖でついため口になってしまう。だが、安本もステファンの頃のように敬語で話しかけてくる。


「先生は結構もう転生されたんですね。」


「そうそう。ビリーの次が、ハンナというアフリカの女の子に生まれたんだけど、感染病にかかって死んじゃってね。すぐまた転生してカモメになったんだ。で、次が向田なんだ。」


「お忙しかったんですね、150年ぶりくらいですか?うわ~なつかしい。

ほんとあのときはお世話になりました。」


「いやいや俺もなつかしいよ。ほんとおまえはさあ、」と思い出にふけろうとしたところでピンポーン、と店員呼び出し音が鳴る。


 すると、安本は眉を吊り上げ、こちらをにらんだ。

「おい、向田!何ボーっとしてんだよ!早くオーダーとり行けよ!」


「…はい!すみません。」その人が変わったような様子に驚きながら、注文を聞き、厨房に伝えると、さらに横から安本の怒声が飛ぶ。


「向田!梅酒!」2度目のミスのせいか、安本の声は厳しい。



「あ!すいません!」急いで再度注文を聞き、厨房に伝える。


「えっと、梅酒の種類が『僕だけに見せてくれたと信じたい流し台の下浸かった梅酒』です!」


「オッケー」安本は冷たく言い放つ。


と、すぐに満面の笑みで

「いやあ~~~、でもまさかここで再びお目にかかれるとは!

ほんと恐縮です!」と話しかけてきた。


 向田はなんだか目下のものに馬鹿にされているような気がして面白くない。

 

 しかし安本か構わず続ける。

「ここのバイトね、なんか日本で転生繰り返してる人多いんですよ。

しかも、みんな歌人。休憩時間とか、あの人たち句会してますからね。


 なるほど、だからあんなメニューなのか、と向田は心の中で納得した。


「わたし前世の話できる人が来てほんとうれしいです。」


 初めて仲間に出会ったように瞳を潤ませてくる安本を見ていると、向田は昔を思い出した。

「いやいやこちらもすごくうれしいよ。小学生の君に勉強を教えていたころが昨日のことのようだ。君の家は貧しいくらしで、なかなか学校に毎日通うことができなかったが、君は人一倍勉強してたよ。」


 安本は褒められて少し照れながら

「そんなに勉強に励めたのもビリー先生のおかげです。

私、先生に出会うまで、こどもをいいように使うような大人に少ない給料で働かされてたんです。けど、先生はいつもそんな私たちにご飯をおごってくれたり、服やアクセサリーをくれた。そして何より、私に知る喜びや強さを教えてくれた。そして、いつも学校が終わってからも私の勉強に付き合ってくれて、わたし、おかげで私は字が読めるようになったし、計算もできるようになったんです。

すべては先生のおかげです!」


「いやいや、当然のことをしたまでさ・・・」と向田が得意そうに相槌を打った瞬間またあの音が鳴った。


ピンポーン


 すると安本は少女の微笑みから体育会系の男の顔に変わった。

「向田!動きが遅いわ!早く行け!」


「・・・はい!」この変化には全然慣れず、動揺しながら注文を取ったので結局同じミスをする。


「む・か・い・だ!う・め・しゅ!」安本は3度目のミスに嫌味な言い方をする。


「・・あ!すいません!」

 客のもとへ戻る向田の背中に安本の声が届く。


「ったく、学習能力がねえのか、今どきの若い奴は・・・。」


 向田は客の席に行くが、注文を聞きながら別のことを考えていた。

-これ絶対全部同じ梅酒だよな。注文の多さで句会のチャンピョンでも決めてんじゃないのか?・・・やってみるか。


 向田は厨房に声を張り上げる。

「『窓からの音に劣らぬ鮮やかな浴衣許せよこぼれた梅酒』、お願いします!」


「はい!梅酒いっちょー!」


 やっぱり今作った句でもいけるんじゃないか。メニューの真相を知った向田はいらだつと同時にメニューを覚えなくてもよいことに安堵する。


 しかし、そこに安本が声を浴びせる。

「何を突っ立ってんだよ!仕事しろ仕事!ほんとグズだな」


 さすがに言い方がどんどんきつくなっている。前世に散々世話してやったのに、それを棚に上げてそんな態度を取ってくる安本が許せなかった。


 向田の怒りをにじませた表情を見て、安本は口を開く。

「え?先生怒りました??怒ってます?いややっぱり、自分の中で前世と現世は区別したいっていうか。」彼はいまどちらの気持ちで話しているのだろうか。


「まあそうですけど、ちょっと切り替えすごすぎない・・・?」

 自分でもどちらの自分で話しているのかわからない。


「すいません!人生の恩師に失礼しました。なるべく気をつけますー。」と安本が軽く言うと、ピンポーンと音がする。


「おい向田!早くしろよ!のろのろのろのろお前は反射神経ってもんを抜かれてんのか」


 向田は安本をにらんだまま動かない。なぜ前世であんなに世話してやったのにこんな扱いを受けねばならんのだ。


 しかし、安本はさらに声を上げる。

 「早く行け!」


 しょうがなく客席へ向かった向田を、安本はニヤつきながら眺めていた。


向田は帰るなり、厨房ではなく安本に向かって声を張り上げる。

「オーダーお願いします!『きらきらととこちらを見つめるかわいらし少女の姿はどこへ行ったか』」


「は?」

安本は戸惑ったが、すぐに向田が何を言っているか理解した。

『久々の再会に胸は躍ってるだけど前世とこれは別です』


 あどけなかった向田の顔にはいつの間にか教師のような権威が宿っている。

『わかるけどわかるんだけど悲しいよ、いつまでも君はわたしの生徒』


 沈黙が居酒屋のフロアを襲う。客も何事かと見入っている。彼らの前世はなんだろうか。沈黙を破ったのは安本だった。

『先生はやっぱりいつもそうだった、生徒をみんな下に見ている』

 安本は息もつかずに続ける。


『コーヒーを飲み私待つ先生の腕には村に唯一の時計!』

『一度来た服は二度とは着ないから、月に一度の無料市だと?』

『本当はあなたをずっと嫌ってた顔すら見抜けぬサングラスかけ!!!』


 安本は肩で息をしながら向田をにらみつけるが、両手を固く握りしめるしぐさはまるで少女のようだった。

「もちろん現世で先生にしていただいたことはすごく感謝しています。先生にもらった服を着て、時にはその服を売って飢えをしのいだこともあります。でも、もう、この世ではもう私に先生の恩を押しつけていい気分にひたるのはやめてください!」


 数秒のあと、向田は膝から崩れ落ちた。

「すまなかった・・・。ずっとなんでだろうって思ってた。俺なにか前世でひどいことしたかなって。でも思い浮かばなかった。けど、しっかり罪があったんだよな…。」


『神なのか、お天道様か知らないが、我に与えん人生の使命』


 夢もない、やりたいこともない大学生の向田は相変わらず空っぽな眼を宙を泳がせていた。

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