第100話 卑劣な罠

「もうすっかり腫れはひいたみたいだな。少しはマシになったか?」


 コボルトの小屋で一晩明かした俺たちは、軽めの朝食を終え出発の準備をしていた。


「もうぜんぜん痛くないにゃ。ベルとグラムのおかげだにゃ」


 シャルルは喉を鳴らし、隣に座るベルに額を擦りつけている。


「こら、じっとしてろ。包帯を巻きにくいだろ……。よし、ちょっと立ってみろよ」

「……見るにゃ! 普通に歩けるようになったにゃよ!」


 嬉しそうに部屋の中を歩まわるシャルルと、それを嬉しそうに眺めているベル。

 これで後は邪淫のダンジョン娘を捕まえるだけだな。


「まだ治ったばかりだから、あまり無茶はするなよ。それとベル、今日はどうするんだ?」

「どうするとは何がだ?」


 何のことかと首を傾げるベル。


「もうシャルルを背負う必要はなくなったから、元に戻っておくか? いつまでも裸にローブじゃ嫌だろ?」

「そうだな。せっかく姉に会うのならいい服を着ておきたいしな」


 なるほど。確かに久しぶりの再会が裸ローブじゃ、お姉ちゃんも心配するよな。


「ところで、少し手荒になると思うが大丈夫か?」


 邪淫のダンジョン娘はアイラやベルと違い、まだ破壊衝動に飲みこまれたままだろうからな。

 捕縛用に縄と枷鎖かさを持ってきはしたが、おとなしくさせるために、当て身の1つでも必要になるかも知れない。


「……ベル? 大丈夫か?」


 話を聞いていないのか、ベルはどこか上の空である。


「ああ、すまん。ちょっと姉のことで考え事をしていてな」

「考え事?」

「姉は我が来ていることを、とっくに知っているはずだ。なのになぜじっとしているのかと」

「使役している魔物に、捕らえさせようとしたんじゃないか?」

「そうかも知れん。しかしそうなら、もっとうまいやりかたがあったはずだ。それなのに、姉は何もしていないような気がする。しかし、あの衝動はとても抑えられるものではないはずだ……」


 確かに強欲のダンジョン娘は、ベルを追いつめようと、使役している魔物を統率している感じだったな。

 しかしここのダンジョンは、魔物こそうじゃうじゃといるものの、いずれの戦闘も作為的なものは感じなかった。

 それに、ベルに居場所がバレないように気配を隠していたことも、よく考えてみればおかしな行動だよな。


「もしかすると、少し理性を取りもどしているのかも知れないな」

「……そうであればよいのお。よし、我はそろそろ着替えるぞ。先に外で待っていてくれ」


 その言葉にまた良からぬ感情が溢れそうになるも、無理やり閉じこめ小屋を後にした。


 それからしばらくして――俺たちは、真ん中にそびえ立つピラミッドの前に来ていた。


「上に入り口があるなんて、変わった建物だね」


 外壁にかかる階段を見上げ、エレインが言った。このピラミッドは四方にそれぞれ階段があり、一番上にある入り口から内部に入り、下っていく構造になっている。

 と言っても5階建てマンションくらいの高さなので、邪婬のダンジョン娘に会うのにそう時間はかからないはずだ。


「シャルル、足は平気か?」

「大丈夫にゃよ。ベルは心配症にゃね」


 シャルルの言葉に、ベルは安心したような笑顔を見せた。

 階段を元気に上っているし、どうやら本当に平気みたいだな。たいした怪我じゃなくて良かった。


「なんだ? せっかく頂上についたと思ったら、今度は下に降りるのか……」


 頂上の入口に入ってすぐにある梯子を見て、ベルがぼやく。

 確かピラミッドって、王家のお墓であったり、死者の魂を星に打ち上げるための発射装置であったり、そういう目的で作られたって説があったよな。

 出入りを頻繁にする建物ではないから、こんな訳のわからない構造になっているのかも知れないな。

 まあ、何にせよ面倒くさいってことだ。


「俺が先に降りて安全を確認する。お前たちは合図があったら降りてきてくれ」

「グラム……。お前そう言って、下から覗くつもりだな」

「するか!」


 ベルめ、昨夜のことがあったとは言え失礼な奴だ。

 いや今なら、邪淫に支配をされてとか言ったら、言い訳できるのかな。……しないけど。


「でもさ、もう魔物の気配はないのに、なんでそんなに慎重なんだ?」

「わかってないなエレインは。大抵こういうところには、中ボスが待ちかまえているんだよ」


 俺の言葉に、キョトンとした顔をするエレイン。

 そりゃ通じるわけないよな、なんて思いつつ俺は長い梯子を降りていった。


「――よっと!」


 部屋の高さの真ん中辺りまでしかない梯子から飛びおり、俺は辺りを見まわした。

 天井が高く、10メートル程の壁に四方を囲まれた部屋は、奥にある扉以外に特に目立ったものは見当たらない。

 が、明らかに何かが待ちかまえている。

 そんな雰囲気を感じるのは、壁にかかった松明が、妖しく影を揺らめかせているからだろうか。

 それとも、さっきゲームのような思考をしていたから?


「おーいグラムー、降りていっても平気かー?」

「……いや、もう少しだけ待ってくれー」


 エレインの問いかけに、少し思案し答える。

 念のために、扉の向こう側を先に確認しておこう。そう考えたのだ。

 そして扉のほうに向かい歩みを進めた。

 そのとき――


「な、なんだ!?」


 突然、辺りを細かな地響きが包みこんだ。


「グラム大丈夫かあ!?」


 頭上からエレインの声が響きわたる。


「心配ない! すぐ片付けるから待っててくれ!」


 俺は、目の前の地面から、にょきにょきと盛り上がってくる土の塊を見据え叫んだ。

 土の塊は意思を持っているかのように蠢き、その形を変えていく。

 何でも持上げられそうな太い腕に、巨体を支えるための太い脚。体のバランスから考えて随分と小さく首のない頭は、どこか愛嬌を感じる。

 しかしこいつは、決して侵入者を許すことはないと俺は知っている。

 ゲームやファンタジー小説で定番の門番キャラ――主人の命令を忠実に守る魔法生命体、ゴーレムだ!


「先手必勝だ!」


 今もなお、体を生成中のゴーレムの懐に素早く踏みこみ、俺は手をかざした。


 ――『絶対零度!』――


 右手から描かれた魔方陣が光輝く。

 すると魔方陣から氷が走っていき、パキパキと音をたてゴーレムの体を覆いつくした。


「ゲームみたいに、相手が体の完成を待ってくれると思ったら大間違いだ」


 さて、念のためにもう一発『絶対零度』を使っておくか。

 そう思い、ふたたび右手から魔方陣を描こうとしたそのとき――ゴーレムを覆う氷に、ヒビが走っていった。

 ――まずい!

 慌てて地面を蹴り後方に飛びのく俺。

 しかし、それを待ってくれることなく氷は砕けちり、ゴーレムは巨大な右手を繰りだしてきた。

 土の塊が、バックステップ中の俺に真っ直ぐに迫る。


 ――『空中制御!』――


 このままでは避けきれないと判断した俺は、中空の見えない壁を蹴り横に飛びのいた。

 凄まじい風圧が俺のすぐ横を通りぬける。


「あぶねえ! あんなの食らったらシャレにならないぞ……」


 となれば、遠距離攻撃だ!


 ――『石の弾丸ストーンブレット×5!』――


 素早く描いた左手の魔方陣から、礫が散弾のごとく射出される。しかし――


「なっ!」


 いつも容易く魔物を撃ちぬく『石の弾丸ストーンブレット』は、ゴーレムの土の体にずぶぶと飲みこまれてしまった。


 グゥアアアオオオ!


「撃ちかえしてくるのかよ!」


 ゴーレムの体から、お返しとばかりに礫が飛来する。

 俺は魂力の流れを感じとり、最小限の動きでそれをかわしながら、前方に踏みこむ。

 そんな俺を迎えうたんと、右手を振りかぶるゴーレム。


「食らうかよ!」


 俺はそれをダッキング――敵を見据えたま上体を前方に屈める――でかわし、カウンターを放つように右手を伸ばした。


 ――『大地の尖槍アーススパイク!』――


 俺の右手から生成された幾つもの石の尖槍が、ゴーレムの胸を貫く。


「よし、とったか?」

「前を見ろグラム!」


 頭上から聞こえるベルの声に顔を上げる。

 丸く開けられたゴーレムの口に、何かエネルギーが貯められている……。


「何をしとる! 疾くよけんか!」


 俺は魂力を足に集中し、サイドステップでその場を離れた。

 直後ゴーレムの口から熱線が発せられ、俺のいた場所に穴をうがつ。

 おいおい、ビーム攻撃かよ。

 それよりも――


「ベルなんできた! 危ないから上に戻っておけ」


 俺は梯子の中程にいるベルを見上げ叫んだ。


「バ、バカ者、上を見るでない!」

「見えてねーよ!」


 白か……。

 なんてのんびりしている場合じゃないな。


「そ奴に普通の攻撃はきかんぞ!」


 頭上からベルが言う。

 確かにその通りだな。さっきあけた胸の風穴がすっかり塞がっていやがる。


「どうすればいい?」


 ゴーレムが放つ熱線をかわしながら、ベルに問いかける。


「そ奴のどこかに羊皮紙が隠されているはすだ。それを探すのだ!」


 なるほど、そう言えば小説で読んだことがあるな。

 確か羊皮紙に書かれた『emeth(真理)』の頭文字eを削って、『meth(死)』にすることでゴーレムは土くれに戻る、だったな。


「わかった! 後は任せて上に戻っとけ!」


 さて、倒す方法はわかったが、どこだ……?

 ゴーレムの攻撃を避けながら観察する。

 前側にはない。右は……ない。


「くっそ、ちょっとは大人しくしてろっての!」


 ――『絶対零度!』――


 ゴーレムのパンチをしゃがんでかわすと同時に、地面に手をつき足を凍りつかせる。

 そのまま、股下をくぐり抜け後ろに回るが――ない! どこだ? どこに隠してやがる!?


「……もしかして体内か?」


 そう思い、こめかみの内側に魂力を集中させる――


「あった!」


 よく考えたら当たり前だよな。

 魔法生命体なんだから、媒体を元に体に力を循環しているはず。

 それが羊皮紙だとしたら、力の発生源を探せばいいだけだ。

 そして、体の中に隠そうが俺には丸見えである。

 俺に弱点がバレたとも知らず、離れた場所から熱線を放つゴーレム。

 俺はそれをかわすときにわざとバランスを崩す。

 それを好機と、大振りのパンチを放つゴーレム。

 ふっ――さっきから見ていたが、お前連続で熱線を放てないもんな!


 俺は誘い通りの攻撃をかい潜り、ショートソードをゴーレムの下腹部に突きあてる。


 ――『衝撃インパクトLV3!』――


 剣先から生じる衝撃で、ゴーレムの下腹部が吹きとぶ。


「そこだああああ!」


 俺はそこからひらりと舞った羊皮紙を、『e』の文字ごと剣で斬りさいた。


「やったか!?」


 って自分から、やってないフラグを立ててどうする!

 後ろに飛びのきながらくだらないことを考えていたら、ゴーレムは音をたてて崩れ、抜け殻となった。


「ふぅ、もう降りてきていいぞー」

「だ、だから上を見るでない!」

「見えてないっての! ってかなんでまだ梯子にしがみついているんだよ」


 ――白の紐!


「梯子が途中までしかないから、降りられないのだ」


なら上にあがっておけっての。まあ、俺が心配だったんだろうけど。


「受けとめてやるから手を離せ」

「そんなことしたら見えるではないか!」

「片手で抑えていたらいいだろ」


 その言葉に逡巡するも、ベルは意を決したように梯子から手を離した。


「よっと!」


 両手でベルを抱きとめる。


「おい、さっき見たことは疾く忘れるのだ」


 じとっとした目で俺を睨むベル。


「忘れようにも、記憶力が良すぎて忘れられないんだよ」

「やはり見たのだな!」

「はっ! ひっかけたな!」


 ベルの卑劣な罠にかかった俺は、後々ベルにたかられるのであった。

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