第97話 夕べはお楽しみでしたね

「さあ、今日も元気にダンジョン攻略するにゃー」

「「おー!」」


 シャルルの檄に元気良く手を上げ返事をするエレインとベル。

 なんでこいつらは、朝からこんなに元気なんだ?

 心なしか3人の肌がつやつやしているし、ベルなんか少し大人びて見える……。

 まるで、俺の魂力が絞り取られたみたいである。


 しかし昨日の訓練の成果は、十分に実感できた。

 俺たちは、部屋を出てから何度も魔物の群れに遭遇するものの、危なげなく撃破し順調にダンジョンを進んでいたのだ。


「私、今日はすっごく調子がいいかも。魔物の動きがなんとなくわかるんだ」


 少し興奮した様子でエレインが言う。


「実は我もだ。魔物が1度に襲いかかってきても、落ちついて動けるのだ」


 いつもより大人びた表情でベルも言う。

 ――って、あれ? 大人びて見えるって言うか……


「おいベル。お前、なんか成長していないか?」

「はぁ? 何をいっておるのだ。……ん? グラムお前少し背が縮んだか?」


 呆けたような表情でベルが俺を見る。 

 いつもは俺より少し低いベルの目線が、なぜか今日は俺とほとんど変わらない。

 するとそんなベルの脇から、にゅるっと肉球つきの手が出てきた。


「どれどれ……。はにゃ! ベルの胸がいつもより少しだけ大きくなってるにゃ!」


 無遠慮に、ベルの慎ましい胸を揉みしだくシャルル。


「こら、勝手に揉むな!」


 ベルは頬を染めシャルルの手を払いのけた。


「やっぱり大きくなってるよな?」

「はあ? グラムお前、何を言って――」

「一応言っておくが、胸のこと言ってるんじゃないからな」

「…………」

「本当だっての!」


 ここまで言っているのにじとっとした目で睨むベル。

 なんて失礼な奴だ!

 確かにシャルルのこと、少し羨ましいと思ったけどさ……。


「しかし、言われてみるといつもより力がみなぎっている感じがするのお」


 手をぐっぱと握りながらベルが言う。


「そう言えばベルって、もっとお姉さんだったもんね。コアを奪われたから、ちいさくなったんだっけ?」


 エレインが首を傾げベルに聞く。


「そうと決まった訳ではないが、恐らくそれが要因だろうのお」


 と言うことは、少しずつコアが復元してきているのだろうか?

 魂力の器が大きくなってきたから、ベルも少し元に戻ったとか。

 それにしても急成長すぎるよな。見た目2歳くらいは、成長したように見えるぞ。


「でも、なんでいきなりなんだろうね?」


 俺の疑問を代弁するかのようにエレインが言う。


「きっといつもグラムの魂力を、もしゃもしゃ食べているからおっきくなったにゃ」

「我の成長を、食べすぎと一緒にするでない!」 


 頬を膨らませ、シャルルの尻尾を掴むベル。


「でも良かったな、ちゃんと成長できるみたいで」


 俺たちだけどんどん成長していくなか、ベルだけいつまでも少女のままじゃ可哀想だもんな。


「ふぅ、グラムの卑猥な視線に気をつけんといかんのお。まったく、困ったもんだ」


 そう言うとベルは、やれやれというふうに頭を振ってみせた。

 大人ベルの人外のごとき美しさは良く知っているので、全力で否定できないのが悔しい。

 しかしさすがに、まだまだ大丈夫だ。

 成長したといっても、小学生が中学生になったようなものだしな。

 なんて思いつつ余裕の笑みを見せていたら――


「あにゃ! グラムがまたエッチな顔しているにゃ!」


 バカ猫がまたおバカなことを言ってきた。


「やれやれ、早速とは我も罪作りよのお」

「むむむむ……」


 その様子を見て調子にのるベルと、ひとり難しい顔をして唸っているエレイン。

 俺は早々に言い訳することを諦めると、ベルの嬉しそうな笑い声を聞きながら、3階に続く階段を目指した。


 それから3時間ほど歩き、俺たちは3階に下りる階段の前に来ていた。


「うにゃあ、すっごく長そうにゃ……」


 階段を覗きこみながらシャルルが言う。


「ギルドの情報によると、3階は屋外と見まごうほどの空間が広がっているらしいからな。そうとう下らないといけないんじゃないか?」


 俺の言葉にうんざりした様子のシャルル。

 俺はそんなシャルルに、魚の塩漬けと野菜をサンドしたパンを手渡した。


「しかしそうなると、いつものように夜営地を作れないかも知れんのお」


 口元にパンくずを付けながらベルが言う。

 外身が成長しても中身は一緒だな……。


「そうだな、そこは交代で見張りを立てて休むしかないな」


 3階がもしワンフロアなら、ベルの『迷宮創造ダンジョンメーカー』を使うには3階中の魔物を倒さないといけない。

 さすがにそれは現実的ではないからな。


「でもさ、ちょっと楽しみだよね。なんだか普通の冒険者みたいでさ」


 まるで遠足前日の子供のように、うきうき顔でエレインが言う。

 見た目は大人びて見えるけど、この辺りは年相応だな。


「シャルルはゆっくり食べて、ゆっくり休みたいにゃあ」


 そしていつも通りのシャルル。


「ところで、拾った魂の欠片ソウルスフィアで欲しいものはあるか?」


 バックパックからスフィアケースを取りだし、みんなを見回す。

 入りきらない分はすでに使っているけど、中にはクリーピングゲッコーとバーゲストの魂の欠片ソウルスフィアが入っている。


「どんな効果なのにゃ?」

「麻痺耐性と恐怖耐性だな。両方LV1だからたいした効果はないかも知れないがな」


 数を使えばレベルは上がるけど、そんなことできる余裕はみんなにはないだろう。


「じゃあいらないにゃ。シャルルには怖いものなんてないにゃよ」

「あ、ちなみに3階には蠱惑蝶が出るらしいぞ」

「ふにゃっ!」


 俺の言葉に全身の毛を逆立てて震えるシャルル。よほどのトラウマらしいが、怖いものないんじゃなかったのかよ。


「とにかく、3階はさらに色んな種類の魔物が出るらしいから油断すんなよ」


 そう言うと、俺は魂の欠片ソウルスフィアをすべて胸に押しこんでいった。

 そして連携の確認をしながら食事を済ませ、武器の手入れを入念にし3階へ下りた。


「うわあ、本当に外にいるみたいだな」


 辺りをきょろきょろと見回しながら、エレインが呟く。

 蔦の巻きついた太く背の高い樹木に、群生しているシダ植物――まるでジャングルのような景色である。


「なあベル、ダンジョンに入る前は、5階層くらいありそうって言ってたが、どうだ?」


 俺の言葉にベルは、何かを確認するように地面に手をついた。


「……ふむ。どうやらここが最下層のようだな」


 思った通りか。3階はかなり高さがあるからな。ってことは、この階のどこかに邪淫のダンジョン娘がいるってことか。


「どこにいるかわかるか?」

「それが、このフロアに来てから急に何も感じなくなったのだ。恐らく気配を隠しているのだろう」


 となると――


「ベル、これを頼む」


 俺はシャネルさんに貰った方位磁石を、ベルに手渡した。

 3階はいまだ誰も踏破したことがないほど広いらしい。

 こんな方向感覚もわからなくなりそうなジャングル、ノーヒントでの探索となると、それも仕方のない話だ。

 しかし俺たちには、ヒントどころか答えがわかるアイテムがあるからな。


「なるほど、任せておけ」


 ベルが魂力を込めると、針が動きだし南西の方角を指した。よし、こっちは反応があったみたいだな。


「じゃあ、行くとするか」


 そう言って針の指したほうへ向かおうとしたそのとき、不意にシャルルが何かを発見したように指差した。


「グラム見るにゃ。あそこにギルド依頼の花が咲いているにゃ」

「ま、待てシャルル!」


 ポツンと咲く極彩色の花に駆けよるシャルルを、俺は慌てて追いかける――

 すると待ってましたとばかりに、シャルルの頭上から太い蔦が襲いかかってきた。


「はにゃあぁああ!」


 蔦に足を捕まれ中空に持ちあげられるシャルル。

 まったくこいつは!


 ――『風斬りカザキリ!』――


 見えない斬撃が蔦を斬りさくと、シャルルが重力を取りもどし落ちてきた。


「はにゃっ!」


 俺の腕の中で、カエルが潰れたような声をあげるシャルル。


 ――『石の弾丸ストーンブレット!』――


 それと同時ベルの魔法が、魔物の本体を貫いた。


「このバカ猫が! こいつは貴重な花を餌に人間を釣る、イビルプラントだ。まんまと釣られおって……、どうだ怪我はないか!?」


 ベルは必死な形相で駆けよってくると、俺に抱えられたシャルルの体をペタペタと確認しだした。


「にゃっ! 痛いにゃ」

「す、すまん」


 足を触れられびくりと反応をするシャルル。ベルは慌てて手を引っこめる。


「まったく、油断するなと言っただろ。エレイン周りの警戒を頼む」

「うん、わかった!」


 俺はエレインに見張りを頼むと、シャルルを近くの木の根に降ろし、ブーツを脱がした。


「足を捻ってしまったみたいだな。少し腫れている……」


 応急処置しようとバックパックから薬と包帯を取りだしていると、シャルルがポロポロと涙を流しだした。


「どうした? 痛むのか?」


 眉尻を下げ、シャルルの顔を覗きこむベル。


「違うにゃ……。シャルルのせいで、みんなが危険な目にあってたかもって思ったら……」

「そんなこと心配せんでも良い。シャルルもいつも我のことを助けてくれるではないか」


 ベルに頭を撫でられシャルルはさらにぐずり出した。

 怪我の痛みで心が弱くなってしまっているんだな。


「シャルル、少し痛むぞ」

「はにゃっ!」


 セレニアの葉を磨りつぶした薬を足首に塗ると、シャルルが体を跳ねさせた。


「この薬は良く効くぞ。なんたって俺も、この薬に助けられたことがあるからな」


 俺は7年前のことを思いだし顔を綻ばせた。


「そうなのにゃ?」

「ああ。ただこれは捻挫には効くが、もっと酷い怪我になるとどうしようもない。だからあまり無茶はするなよ」

「ごめんなさいにゃ……」


 俺は包帯でシャルルの足首を固定すると、ぽんと頭を撫でシャルルの前に背を向けて屈んだ。


「ほら、おぶってやるよ」

「まてまてまて、お前のような色欲魔にシャルルのことを任せられるか」


 するとどういった訳か、ベルが俺を押しのけてきた。


「でもこの怪我じゃ、しばらく歩かないほうがいいだろ?」

「シャルルは我が背負う。前衛は自由に動けたほうが都合がよかろ?」


 なるほど、気をつかってくれているのか。

 確かにベルの言うとおりだが……。


「足場も悪いしけっこう大変だぞ。大丈夫か?」

「ふっ、成長した我にとっては造作もないことよ。ほれシャルル、我の背中に乗るのだ」


 ベルはお得意のポーズで威張ってみせると、シャルルの前に背を向け屈んだ。


「ベル、いつもおっぱいがないとか言ってごめんにゃ……」

「ええい、振り落とされたいのか!?」


 どうやらシャルルもいつもの元気を取りもどしたようだな。


「それじゃあ改めて、今度こそ慎重に先に進むぞ」


 俺たちは気合いを入れなおし、方位磁石の針が指し示した先へ向かった。

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