第96話 ダンジョン2階層に突入

 腹ごしらえを済ませた俺たちは、コツコツと音を響かせ光沢のある石の階段を降りていた。


「うわぁ、まるで植物の体内にでも飲みこまれた気分だね……」


 ダンジョン2階の異様な光景を見て、エレインが呟いた。


「言いえて妙だな」


 床から天井まで、様々な太さの蔦にびっしり被われている通路は、エレインの言うとおりまさに植物の体内である。


「うわっと!」


 何事かと振りかえると、床の蔦に足をとられたのか、ベルがシャルルに抱えられている。


「――ベル、気をつけるにゃ」

「ああ、すまないシャルル」


 どうやら怪我はないようだが、この床は確かに厄介だ。


 ――『灯火ライト』――


 俺は魔法の光源をもう1つ出し、上から下から通路を照らした。


「どうだ? これで少しは歩きやすくなったか?」

「おおお、これは随分と明るくなったのお!」


 どうやらだいぶマシになったみたいだ。


「戦闘中は、足を取られそうな蔦がある場所をちゃんと記憶しておけよ。ここからは敵も手強くなる。なんたってここからは、スケルトンが出るんだからな」


 俺の言葉の意味を理解したみんなは、コクりと頷き気を引きしめた。

 2階には4種類の魔物が徘徊している。そのなかでスケルトンは、下から1、2を争う雑魚である。

 ではなぜ俺がスケルトンの名前を出したかと言うと、スケルトンが存在することが問題だからだ。

 ここは、以前スケルトンと戦った墓地の地下とは違い、人間の死体など埋まってはいない。

 ではなぜスケルトンが出現するのか?

 ここの魔物によって、冒険者や討伐隊員たちが、殺されているからである。


 俺がいる限り、そんなことはさせないけどな。

 俺はみんなに『鼓舞ブレース』と『祝福ブレッシング』を掛けると、いつもよりさらに魂力の感知に意識を集中した。


「エレイン、ストップだ……」


 蔦に埋めつくされた通路をしばらく歩いたところで、俺は魔物の気配を感じエレインを止めた。

 少し先には十字路が見える――気配は正面と右側通路からか。


「え、魔物がいるの? ……だめだ、私にはわからないや」


 エレインはしばらく意識を集中させたと思うと、ふうと息を吐きだし呟いた。


「うーむ、我もまだわからんな……。敵はどっちから来るのだ? 数は多いのか?」

「まだだいぶ先だけど、正面と右側通路にかなりの数がいる。……しかも、どうやらこっちに向かってきているな」


 俺は前を向いたまま、ベルの質問に答える。


 ――さて、どうするかな?

 3階に行くには右に曲がらないといけないので、ここで迎え撃つ必要がある。

 無視して進んだら最悪、挟撃されてしまうかも知れないからな。

 かといって、このままだと合流してとんでもない数になりそうだし……。

 そうだ!――俺は十字路の床に手をつくと、正面通路に向けてスキルを発動した。


 ――『絶対零度』――


「なるほどにゃ! 氷柱で通路を塞いだのにゃね。さすがグラムにゃ!」

「だろ? でもこのままだと、クリーピングゲッコーが通り抜けてくるから、上も塞いでおかないとな」


 俺は言いながら、正面通路に伸びる氷柱に手を添えて、もう1度『絶対零度』を発動した。

 パキパキと音を立て、氷柱の先からさらに氷柱が伸びていく。

 やがて氷は天井まで届き、正面通路を塞ぐ氷壁となった。


「よし、今のうちに行くぞ」


 みんなに告げると、俺は足早に右側通路の先へ進んだ。

 ――そしてそのまま100メートルほど進んだところで、左への曲がり角が見えてきた。


「この先にいるぞ……」


 声を潜めみんなに伝える。

 曲がり角の先から、ジャラジャララと鎖を引きずる音が聞こえてくる。


「な、なんの音……?」


 エレインが怯えた様子で問いかけてきた。


「犬の魔物バーゲストの枷鎖かさを引きずる音だ。姿が見えた瞬間、俺が攻撃する。恐らくクリーピングゲッコーも、天井に張りついて一緒にいる。麻痺攻撃に気をつけろよ」


 ――『鼓舞ブレース』――


 念のためもう1度『鼓舞ブレース』をかけ剣を構えると、エレインも口許を引きしめ剣を構えた。


 ジャラ……ジャララ…………。


 枷鎖かさを引きずる音と、誰かのつばを飲みこむ音が聞こえたそのとき――長く黒い体毛に被われ、赤い目をした大型の犬の魔物、バーゲストが曲がり角から顔を覗かせた。


 ――『石の弾丸ストーンブレット!』――


 左手から放たれた魔法がバーゲストの則頭部を貫く。

 その瞬間――


「来るぞ!」


 奥に潜んでいた魔物――3体のバーゲストと、天井に張りつく2体のクリーピングゲッコーが、猛烈に迫ってきた。

 ――緑の体に赤い斑点を持ったヤモリ型の魔物、クリーピングゲッコーが俺とエレインに向けて舌を伸ばしてくる。


「上はシャルルたちに任せるにゃ!」


 俺とエレインはその言葉に身を任せ、牙を剥きだし飛びかかってくる2体のバーゲストに剣を薙いだ。

 ――2本の剣がバーゲストの口を裂き頭を分断する。

 それと同時、後ろから放たれたシャルルの矢がクリーピングゲッコーの舌を天井に縫いとめ、ベルの『石の弾丸ストーンブレット』がもう1匹の頭に直撃しその口を閉じさせる。

 が、どちらも致命にはいたっていない。

 それよりも何よりもまずいのは――


「エレイン!」


 後方で地を踏みしめ顎を開いているバーゲストを見て、俺は慌ててエレインに飛びかかった。

 その瞬間バーゲストの口から、ゴウと音を立て凄まじい勢いで火球が放たれる。


 ――『大地の尖槍アーススパイク!』――


 俺は、エレインを抱え伏せたまま地面に手を付き魔法を放ち、岩の尖槍でバーゲストの腹を突きやぶった。


「グラム、エレイン無事か?」


 ベルが心配そうに、俺たちを覗きこむ。


「ああ、大丈夫だ。エレインも怪我はないか?」

「うん、グラムありがと」


 俺はエレインを抱え起きあがり、辺りを見回す。

 魂力の流れで感じ取っていたからわかっていたが、シャルルとベルも無事にクリーピングゲッコーを倒したようだ。

 1匹はシャルルの鉤手甲に体をひき裂かれ、もう1匹はベルの『大地の尖槍アーススパイク』で頭を潰されている。


「ふにゃあ……。なかなか手強かったにゃね」


 やれやれと言った感じでシャルルが呟く。


「ぼやくのは後だ。とりあえずここを離れよう」


 氷壁で通路を封鎖したとは言え、バーゲストが火球で溶かしてくるかも知れない。

 俺はそう考え、魂の欠片ソウルスフィアだけ回収し足早にその場を去った。


「しかしさっきは、なかなかいい判断だったぞシャルル」


 ダンジョンの奥に進みながら、さっきの戦闘を振りかえる。


「グラムが前もって、幾つかの戦略を教えてくれていたからにゃよ」


 珍しく謙遜するシャルル。


「それでも実戦で即座に対応できるのは大したもんさ。ベルもナイスフォローだったぞ。」


 俺の言葉に笑顔を作るふたり。

 できたことはちゃんと褒める。これこそ成長の種である。


「今回私はダメだったな。もう少しでグラムに怪我をさせるとこだったよ……」


 ベルとシャルルとは対照的に、落ち込んだ様子のエレイン。反省もまた成長の種だよな。


「バーゲストの火球に気づかなかったことか?」

「うん。みんなはちゃんと気づいて備えていたのに、私だけ気づかず迷惑をかけちゃった」


 しょんぼりと肩を落としエレインが言う。

 ベルとシャルルは後衛だから状況を把握しやすいってのもあるんだけど、それで納得させたらエレインにとって良いことないよな。


「そろそろ、もう1段階先の魂力コントロールの訓練をしてみるか?」

「してみたい! 教えてグラム!」


 意気盛んに答えるエレイン。

 どうやらさっきのできごとは、かなりエレインをへこませていたようである。


「じゃあまた夜営のときにな」

「うん、約束だぞ」


 そんなこんなで反省会をしながら、俺たちはダンジョンの奥を目指し歩いた。

 ――それから数時間して。


「うむ、ここなら使えそうだな」


 ダンジョン2階の半ばほどにある、小さな部屋でベルが言った。

 ギルドで地図を見せてもらったときに、夜営地点にしようと予定していた場所である。


「じゃあいつものよろしくな」


 ベルは俺が差しだした指を咥え『迷宮創造ダンジョンメーカー』を発動した。


「こんな具合でどうだ?」


 部屋の入り口にかんぬき付きの丈夫な扉、真ん中にテーブルと椅子を作り、奥には蔦製のハンモックが4つ。

 ダンジョンとは思えない快適空間のできあがりである。


「さすがベル。完璧な仕事だな」


 素直に褒めると、ベルは両手を腰にあて胸を張り、むふうと鼻息荒く威張ってみせた。

 その後、シャルルに張っても胸がないとからかわれているベルを眺めながら、俺は干し肉と野菜のスープを作った。



「ふう、おいしかったにゃあ」


 お腹をさすりシャルルは満足そうにしている。


「ねえ、グラム。さっき言ってた魂力のコントロール教えてよ」


 先に食べ終わっていたエレインが、俺に体を向けて座り直す。

 どうやら準備万端のようである。


「エレイン、お前魔物と戦うとき魂力はどんな感じに流している?」


 俺もエレインに体を向けて聞いてみる。


「んー、満遍なく全体に? で、踏みこむときは足に流したり、剣を振るときは力の流れに沿わす感じかな?」


 常にハテナを付けながら答えるエレイン。

 なるほど、自分でもはっきりと認識はできていないみたいだな。


「じゃあ、そこに立って魂力を全開にしてみてくれ」

「うん、わかった」


 エレインは立ち上がり肩幅ほどに足を開くと、目を閉じゆっくりと息を吐きだした。


「ほう、前よりだいぶ増えているではないか」


 それを眺めていたベルが、感心したように呟く。

 確かに以前の倍くらいになっているな。

 俺と一緒にいる影響なんだろうけど、あり得ない成長である。


「次はその力を半分くらいに押さえてみるんだ」


 俺の言葉にエレインは難しい顔をしながら、魂力の出力を絞っていく。


「よし。じゃあ、そこから10パーセント出力をあげて、それを頭の方に持っていってみろ」


 さらに高難度の要求をする俺。

 エレインはそれに応えようと唸ってみるものの、不意に目を開き大きく息を吐きだした。


「だめえ、難しいよグラム。どうすればいいのかわかんないよ」


 眉尻を下げるエレイン。

 やっぱりまだ難しいかな? 俺基準に考えるのは間違いだろうか。

 なんて思っていたら、エレインが上目使いで俺を見てきた。


「ねえ、もう1回アレをしてよ」


 そのまま俺の手をとりおねだりをするエレイン。

 なんだアレとは……? も、もしかしてキスのことか?

 え、ここでするの? みんなの前で?


「ほら、グラムの魂力を私に流すやつ。もう1回やってくれたら、感覚が掴めると思うんだ」


 それかい! 勘違いしてキスしないで良かった……。って、するつもりはなかったけど。

 でも俺の魂力を流すのって、俺に抱きしめられて、全身をまさぐられるような感覚なんだよな?


「でもいいのか?」

「……うん。恥ずかしけど、グラムならいいよ」


 頬を染めて俯くエレイン。

 そしてじと目で俺を睨むベル。どうしろと言うのだ……。


「エレインずるいにゃ! シャルルもグラムにして欲しいにゃ!」


 なんて思っていたら、突然シャルルが割りこんできた。


「じゃあシャルルは私の後でってことでいいか?」

「では、我はその後だな」


 なんで当然のように、やる前提で話が決まっていくのだ……?


「それを2回ずつでいくにゃ」

「うん、それはいい考えだな」

「なかなかいいことを言うではないかシャルル」


 そんなこんなで俺は、他のふたりが見ている前で女の子を身悶えさせるという、公開セクハラを2回ずつ強要されるのであった。

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