第95話 邪淫のダンジョン

「グラムー、1階にいる魔物はなんだったかにゃ?」


 狭い組積造そせきぞうの通路に、シャルルの声が反響する。

 3日分の水と食料と薬と包帯などを商店で買った俺たちは、壁に細い蔦が這うダンジョンを、『灯火ライト』の灯りを頼りに歩いていた。

 隊列は俺とエレインが前衛で、ベルとシャルルが後衛である。


「1階はコボルトとスティンガーラビットとオークだな。たいして強いやつらでもないし、この通路じゃ囲まれることもないだろうけど、油断はするなよ――っとそろそろアンチポイズンの薬を飲んだけよ」


 俺の言葉に返事をすると、みんなは陶器の瓶を取りだし中の液体を飲みほした。


「ううう、にがああああい……」

「なんだこの味は、だからベリィ味がいいと言ったのだ!」

「口の中が青臭いにゃあ」


 皆、一様に苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。そんなに不味いんだな、アンチポイズンは。


「おい、何を笑っておる、お前も飲まんか!」


 みんなの反応にニヤニヤしていたら、ベルがアンチポイズンの瓶を差しだしてきた。


「いや、俺はほら、毒耐性LV3持っているからさ……」


 以前、亜人の村を探している時に倒した、スティンガーラビットから手に入れた魂の欠片ソウルスフィア

 あれが毒耐性LV1だったんだけど、それを13個使ってLV3になっているのである。


「LV3なら完全じゃないだろ。ちゃんとグラムも飲んでおかないとダメだぞ」

「そうにゃ、おとなしく言うこと聞くにゃ!」


 しかし許してくれそうにないエレインとシャルル。


「そもそもスティンガーラビットの攻撃なんて当たらないって――」

「いいから飲め!」


 なおも抵抗を続ける俺の口に、ベルは無理やり薬瓶を突っこんできた。


「まっず、何これ! むしろこれで体調崩すんじゃねーの!?」


 顔をしかめ苦しんでいる俺を、とても愉快そうに指差し笑う女子3人。

 人の不幸を笑うなんてとんでもない奴らだ。

 なんて自分を棚に上げていたら、通路の奥からひょこひょこと5匹のスティンガーラビットが現れた。


「おい、俺たちを苦しめた元凶がいるぞ」

「今日のご飯は兎肉の丸焼きにゃ!」


 哀れなスティンガーラビットたちは抵抗する暇もなく、シャルルの矢に射抜かれ、ベルの魔法に風穴を開けられ、エレインの剣に斬りさかれた。

 そう、完全な八つ当たりである。


「お前らまた強くなったな。ってかベル、両手から魔法を放てるようになったんだな」

「グラムのように同時に放つことはできんから、2発目は少しタイミングがずれるがな」

「シャルル知ってるにゃ。ベル頑張って訓練していたにゃ」


 言いながらベルの頬っぺたをぷにぷにとつつくシャルルと、それを払いのけるベル。

 ベルの奴ルイーズに訓練をつけられるように、魔法の特訓を頑張っているもんな。


「ねー、グラム。これどうする?」


 地面に転がるスティンガーラビットを指差し、エレインが問いかけてきた。


「持っていくにゃ! 今夜は焼き肉にゃ!」

「入ったばかりで荷物増やしても仕方ないだろ。こいつは、ここに置いていって帰りに回収していく」


 俺の言葉にうなだれるシャルル。

 俺はそんなシャルルを無視して、落ちている2つの魂の欠片ソウルスフィアを胸に押しこむと、スティンガーラビットの死体を通路の端に集め、『絶対零度』でまとめて氷漬けにした。


「さて行くぞ」

「新鮮なお肉が食べたいにゃあ……」


 諦めの悪いシャルルの腕を引っぱり、俺たちはダンジョンの奥へと進んだ。

 そして魔物との遭遇もなく、そのまま30分ほど歩いたところで、狭い通路の奥に鉄扉が見えてきた。


「ギルドで聞いた通りだね」


 重厚な扉を観察しながらエレインが呟いた。

 ギルドの情報によると、この扉の先に本格的なダンジョンが広がっているらしい。

 つまりここからが本番ってことだ。

 その話を思いだし気を引きしめていたら、ベルが何かを見つけたように扉に手を伸ばした。


「この扉の縁に施された薔薇の意匠……、邪淫の姉が好んで使っていたものだ」


 ベルは大事なものに触れるように、模様を指でなぞっている。

 7年ぶりの姉との再会が現実味を帯びてきて、感極まっているんだろうな。

 その気持ちは良くわかる。


「そんなもので満足している場合じゃないぞベル。なんたって俺たちは、その本人に会いにきたんだからな」


 でもそんなことで、満足してもらっちゃ困る。


「ああ、もうすぐ会えるんだな……」

「まったくベルは泣き虫にゃね。シャルルとお手て繋いどくかにゃ?」

「泣いてなどおらんわ!」


 相変わらず仲の良いふたりだな。

 しかし――


「お前らじゃれ合うのはいいけど、ちゃんとわかっているよな?」


 俺は扉の持ち手に手を掛け聞いた。


「うん、どうやら私たちを待ち構えているようだね」

「大きいのが4つ小さいのが6つ、反応があるにゃ」


 当然とばかりにエレインとシャルルが返す。

 どうやらふたりとも、ちゃんと魂力を感知できているみたいだ。


「扉の先は広間になっていると言っておった。囲まれぬように気をつけんとな」


 そしてベルが、ギルドで聞いた情報を元に、ふたりに補足した。心配するまでもなかったか。


「まずは俺が数を減らす。ベルとシャルルはうち漏らしを攻撃。エレインはふたりを援護してくれ」


 俺はみんなの返事を確認すると、左手に魔方陣を作りながら鉄扉を開けた。

 低い音を立てながらゆっくりと扉が開かれる――俺は素早く中に入ると、武器を手に待ち構えるオークとコボルトに向け、左手をかざした。


 ――「石の弾丸ストーンブレット×6!」――


 光輝く魔方陣から、石の散弾が勢い良く射出される――

 その突然の攻撃に、3体のオークと2体のコボルトが、胸に穴を開けて地面に崩れた。

 ――ちっ、1発外したか……。

 しかし魔物たちは、突然のことにただ唖然としている。


「オークは任せるにゃ!」

「じゃあ我は左のコボルトだ!」


 その隙を見逃さず矢を放つシャルルと、魔法を放つベル。

 ふたりの攻撃は、何の抵抗も許さぬまま、1体のオークと2体のコボルトの額を貫いた。

 残りはコボルト2体!

 ――と思ったらもう終わっているし。

 2体のコボルトはエレインの『疾風迅雷』を受け、プスプスと煙を出しながら地面に倒れた。


「みんなお疲れ」

「楽勝だったね」


 エレインが満面の笑みで振りかえる。

 今しがた2体の魔物を仕留めたとは誰も想像がつかない、素敵な笑顔だ。


「グラム魂の欠片ソウルスフィアが落ちてるにゃ。これはなんの効果かにゃ?」


 見てみると、オークのが1つコボルトのが2つ、地面に転がっている。


「『体力増加(微小)』と『健脚LV1』だな」

「『ケンキャク』って何にゃ?」

「長く歩いても足が疲れにくくなるスキルだな」

「んー、イマイチな感じにゃね」


 ばっさりと切ってすてるシャルル。オークとコボルトが少し可哀想である。

 まあ俺みたいなチート体質じゃないと、そんなもんだよな。

 ってかすでに興味を失い、キョロキョロと部屋を見回しているし。


「ベル、この部屋の支配権はもう持ってるよな? 『迷宮創造ダンジョンメーカー』は使えるか?」


 俺は魂の欠片ソウルスフィアを胸に押しこみ、部屋を観察してみる。


「ああ、問題ないぞ。何か作るのか?」


 先ほどまでの組積造とはうって変わり、床や壁が大理石のように光沢のある、高級感漂うものになっている。

 光源は何か分からないがムーディーに灯された明かりも相まって、まるでホテルのエントランスみたいな空間だ。


「こいつらの死体を片付けてくれないか? 使えそうなものも特に持ってないし」


 こんな部屋に死体を放置するのもはばかられ、俺はベルに指を差しだした。

 微かな振動と共に床の一部が陥没し、魔物の骸が地面に飲み込まれていく。

 アンデッド化しても厄介だし、こいつらも放置されるより幾分かましだろ。


「ねえ、グラム。ギルドの情報だと右に行くんだっけ?」


 左右の壁にある扉を見比べ、エレインが問いかけてきた。


「ああ、右に進んで小一時間も歩けば階段があるらしいぞ。道は全部覚えてるから俺に任せろ」


 ギルドで見せてもらった3階までの地図は、すべて頭の中に入っている。


「さすがグラム、頼りになるにゃあ」


 腕にしがみつき、すりすりと額を擦りつけくるシャルル。


「ええい、マーキングをするな! さあ、とりあえず今日は2階の半ばまでは行くぞ」


 俺はそんなシャルルを引きはがすと、右側の扉を開け奥へと進んでいった。

 それから俺たちは何度か魔物に遭遇するも、誰も怪我をすることなく、順調に撃破しダンジョンを進んでいった。

 すると――


「見て! 下に降りる階段があるよ」


 エレインが弾むような声をあげ前方を指差した。


「ふにゃあ、ちょっと疲れたにゃあ」

「我はお腹が空いてきたぞ……」


 そう言えば朝に宿で食べたきり、何も口にしていなかったな。体感時間だがたぶん今は昼の2時3時頃……。


「じゃあここらで、ご飯にでもするか」


 その言葉に顔をほころばす3人。

 俺は、ベルにかんぬき付きの扉をつくってもらい安全を確保すると、みんなの顔を眺めながら遅めの昼食の準備を始めた。

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