第93話 ふたりの成長

 丘陵の真ん中に不自然に建った小屋の中で、俺たちはアイラお手製のシュークリームを食べていた。

 アイラが家で焼いておいた生地に、同じく家で作り『絶対零度』の氷で、いい感じに冷やしておいたカスタードクリームを、たった今絞ってくれたできたてシュークリームである。


「ど、どうかな……?」


 みんながシュークリームを頬張るのを、息を飲んだ様子でアイラが見守る。


「うまい! さすが我の妹。おいしすぎて、頬っぺたが落ちてしまいそうだぞ」

「ええ、本当においしいですよこれは! しっとりふわっとした生地に、とろーりと舌触りのいい甘いクリームが心地良くて……。もう絶品です」


 口の回りにクリームを付けて絶賛するベルと、頬を染め恍惚の表情を浮かべるエルネ。

 ガラドはすぐに2つ目を頬張っているし、他のみんなも幸せそうな顔でもぐもぐと味わっている。


 その様子を見てアイラがぱあっと顔を綻ばせた。

 しかし、俺がシュークリームを手にしたのを見て、アイラはふたたび緊張した面持ちになり、ごくりとつばを飲みこんだ。

 どれどれ――


「うん、これはおいしいな。生地もしっかり膨らんでいるし、クリームの舌触りも問題ない」

「ほ、ほんとか!? クリームを作るとき最初はうまくいかなかったんだけど、あんたに教えてもらったとおり、牛乳を熱くしてから入れるようにしたのと、空気を含ませて混ぜるようにしたら、ダマにならずうまくできるようになったんだ」


 両手を握りしめ、満面の笑みで喜びをアピールしているアイラ。

 良くわかるぞアイラ。自分が作ったものを、おいしいって喜んでもらえたら嬉しいもんな。


「シュークリームはかなり作るのが難しいお菓子なんだ。それをここまでうまく作れるなんて、良く頑張ったなアイラ」


 素直に喜ぶアイラがあまりに可愛くて、俺はわしゃわしゃと頭を撫でた。


「こ、子供扱いすんなよな!」


 とか言いつつまんざらでもない様子のアイラ。


「するわけないだろ、こんなプロ並のお菓子を作れる奴を。俺は純粋にすごいって思って、撫でているんだよ」


 そう言ってもう一度頭を撫でてやると……


「そ、そうか、ならいいや。……ありがとな、こんな楽しいこと教えてくれて。あんたにはその、感謝してるよ」


 今度は素直に受けいれてくれた。


「はっはっは、どうだ、我の妹はすごいだろお」


 そんなアイラを見て、ベルは自分のことのように喜んでいる。口の周りにクリームが付きっぱなしだけど。


「ああ、姉よりもしっかりしている、良くできた妹だよ」

「なぬ! それは聞きずてなら――ふがっふぐ……」


 ハンカチで口を拭いてやりながらそう答えると、お尻をつねられてしまった……。

 こんな小さな妹と張りあうとは、なんて大人げない奴だ。

 それから俺たちは、くだらないことを話しながらシュークリームを堪能し、夜を過ごした。



 翌朝、薄暗い雲に覆われる中、俺たちはワーグナー領を目指し山道を馬車に揺られていた。

 魔物が潜んでいないかパックルを先導させているため、エルネではなくエレインが御者をしてくれている。

 しかし今日は以前と違い、接敵前に魔物を追いはらうのが目的ではない。


「坊ちゃま、100メートルほど先の道から入った森の中に、シフティエイプの群れを発見しました」

「わかった。馬車を止める位置をエレインに指示してくれ。……さて、ルイーズ覚悟はできているか?」

「はい、大丈夫です!」


 俺の問いに、ルイーズは堂々たる態度で返事をした。

 緊張した様子はないし、かと言って油断もしていない。

 うん、これなら大丈夫だな。

 しばらくして馬車が止まると、俺たちは降車しシフティエイプの待つ森へと入っていった。


「結構数がいるみたいだぞグラム」

「んー、12匹いるみたいだね」


 しばらく歩いた頃、鬱蒼とした森を見つめガラドとエレインが言った。


「どうしてわかるのですか?」


 そうか、ルイーズはまだ魂力を扱うことができないんだったな。


「魂力を込めて目を凝らすと、にゃにゃーって見えてくるにゃ」


 シャルルの返事に驚いた様子のルイーズ。


「みなさんその年齢で、魂力のコントロールができるのですか……?」

「ルイーズもグラムに教えてもらったら、きっとできるようになるにゃ」

「ほ、本当ですか!?」

「努力次第でな。でもその前にますばシフティエイプを片付けてからだ」


 興味津々といった様子でこちらを見てくるルイーズにそう言うと、俺は生いしげる木々の先に向けて魔法を放った。


 ――『石の弾丸ストーンブレット×5』――


「坊ちゃま、全弾命中。残り7体向かってきます」


 パックルで状況確認しているエルネが、冷静に告げる。


 ――『鼓舞ブレース』――


「よし、油断するなよみんな」


 俺の言葉に各々が武器を構え、迫りくるシフティエイプを見上げる。


「もう少し数を減らしておくにゃ」

「ああ、そうだな」


 シャルルから放たれた矢と、ベルの『石の弾丸ストーンブレット』が、シフティエイプの眉間を貫いた。

 しかし、残り5体のシフティエイプはそれに怯むことなく、木々を飛びかいながら投石攻撃をしてきた。

 放たれた石が、シフティエイプのスキル『投擲』によって、看過できない勢いで四方八方から迫ってくる。


「俺に任せろ!」


 ――『ラウンドシールド!』――


 ガラドがスキルを発動させると、俺たちの周りに半透明の盾が現れた。

 するとシフティエイプの放った礫は、小気味の良い音を立てガラドの出した盾によって弾かれた。


「おおお、すごじゃんガラド! よし、私もいいとこ見せないとな……」


 ――『疾風迅雷!』――


「エ、エレインさんが消えた!」


 ルイーズが驚愕したかと思うと、黒くこげたシフティエイプの死体が、ぽとぽとと3体落ちてきた。

 こいつ、以前よりスキルの威力が上がってるんじゃないか?

 まったくどいつもこいつも、どんどん成長しやがる。


「ルイーズ、来るぞ。残り2体、俺たちは手を出さないからやってみろ」

「はい!」


 残りのシフティエイプは、次々とやられていく仲間を見ても怯むことなく、ルイーズに飛びかかってきた。

 一番弱いのは誰か瞬時に判断したんだろう。

 しかし、お前たちはひとつ見誤っている――


「やあ!」


 うちのルイーズは、お前たちより遥かに強い。

 2体のシフティエイプは自分が斬られたことも気づかぬまま、胴を裂かれ地面に落ちた。



「――さあグラム殿、約束ですよ!」


 馬車に帰るなりルイーズがグイグイと迫ってきた。

 約束と言うのは魂力を扱う訓練についてだけど、少し気が引ける……。


「ほ、本当にいいんだな?」

「もちろんです。私も皆さんみたいにもっと強くなりたいんです」


 真っ直ぐ俺を見つめてくるルイーズ。

 さすがに何も説明しない訳にはいかないと、俺は今からすることと、それがどんな感じなのかを簡単にルイーズに説明した。


「グラム殿に、だ、抱きしめられるのですか……?」


 顔を真っ赤にして戸惑いを見せるルイーズ。


「さらに全身をさわさわとまさぐられるにゃ」


 シャルルの追いうちに耳まで赤くなってしまった。


「と言っても実際されるわけではなく、そう感じるだけですけどね」


 そんなルイーズにエルネが優しくフォローを入れた。


「どうするルイーズ? 嫌なら無理しなくてもいいんだぞ。この方法でなくても、いずれは身につくだろうし」

「……やります! 私も早く皆さんみたいになりたいんです。やらせてください!」


 どうやら覚悟を決めた様子のルイーズ。

 相変わらず顔は真っ赤だが、固い決意が表情に現れている。


「エレインとベルもいいな?」


 聞いておかないとあとでうるさそうだしな……。


「べ、別に我に確認する必要はなかろう?」

「そうだよ、気にしないでグラム」


 と言いつつ、不満と不安が顔に現れているふたり。


「お前たちには確認しておきたいんだよ。いいか?」


 あとでうるさそうだからな……。


「そこまで言うのなら、まあ許してやらんこともない……」

「グラムありがと。本当に気にしないで」


 少しでれた様子のふたり。

 どうだエルネ、俺も女心がわかるように……って、じと目で睨んでやがる。


「じゃあルイーズ、行くぞ」

「は、はい!」


 俺は気を取りなおしてルイーズの手を取ると、ゆっくりと魂力を流していった。


「ひゃん! グ、グラム殿、もう少しその、優しくお願いします……」


 艶っぽい声で懇願するルイーズ。

 何これなんのプレイ?

 そしてやはりベルとエレインの視線がつき刺さる……、と思いきやガラドまで!

 あいつもしかして結構惚れっぽいのか?

 俺はそんな3つの視線と、目の前で見悶えるルイーズの誘惑に堪えつつ、しばらくの間ルイーズに魂力を流し続けた。


 終わったあと、ベルとエレインに自分たちにもしろと迫られたのは言うまでもない。

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