第92話 凛として堂々たる少女
ピスケスの町について7日目の昼過ぎ、町をとり囲む防壁と4つの見張り塔から成る砦が完成した。
本当はもっと早く作ることもできたんだけど、ベルの力が危険視されないようにわざと時間をかけておいた。
これでも十分早すぎるんだけど、あと4つの領地を回らないといけないので、そんなにのんびりもしていられないのである。
「噂はたいてい誇大されるものだが、グラム殿とベル殿の力は想像以上であったな……。貴殿たちがもし敵であったと思うと、恐ろしくなるよ」
コーヴァン卿はたじろいだ様子で、眼前の砦を見上げた。
「ご安心くださいコーヴァン卿。私たちは志を同じにする仲間です。共に手を取り争いのない世界を実現しましょう」
俺はコーヴァン卿と硬い握手を交わすと、頭を下げ馬車に乗りこんだ。
「自分で作っておいてなんだが、本当にアレで良かったのかのお?」
馬車に乗るなり、心配そうにベルが問いかけてきた。
「まあ気に入っていたみたいだし、いいんじゃないか?」
ベルの言うアレとは、砦のデザインについてである。
不機嫌なベルが怒りのままに作った、ドラゴンの頭が飛びでた形のドアノッカーや、ドクロの形をしたランプを見て、コーヴァン卿がこれは素晴らしいと絶賛し、全体的にそんなテイストのデザインになったのである。
「俺はかっこ良くて好きだぞ」
「なんだかとても強そうでしたよね」
拳を握り熱く主張するガラドと、それに同調するルイーズ。
人の好みはそれぞれだな……。
「それよりもグラム、この寒いのなんとかならないのかにゃ……?」
俺のローブを羽織ったシャルルが、ベルにくっつきながらガタガタと体を震わせている。
「その格好でも寒いんだったら、御者台でエルネにくっついていたらどうだ?」
「ふにゃあ、そうするにゃ……」
シャルルはそう言うと、もそもそと御者台に向かっていった。
今頃エルネがニッコリしているだろう。
「しかしコーヴァン卿は、よほどグラム殿のことが気に入ったようですね」
大量の魚が入った氷付けの木箱を見つめ、ルイーズが言った。
コーヴァン卿が俺に持たせてくれたお土産で、傷まないようにアイスプラントの葉の上に置いて、箱ごと氷付けにしているのだ。
お陰で馬車内はかなり涼しく、暑がりで寒がりなシャルルには居心地が悪いのである。
「そう言えば、我もなんだか冷えてきたのお。しかし御者台はもういっぱいだし……。そうだ!」
芝居がかった口調のベルが、ぴたりと俺にくっついてきた。
「うむ、なかなか悪くないぞ」
にこにこと嬉しそうなベル。
みんながいる前でこんなに甘えたになるなんて、少し珍しいな。
「そ、そう言えば、私もちょっと冷えてきたかなー」
そんな様子を見て、今度はエレインが白々しいことを言ってきた。
「……こっちにくるか?」
「うん!」
ベルだけって訳にもいかずそう言うと、エレインは満面の笑みで反対側にくっついてきた。
きっとまた後でエルネに何か言われるんだろうな……。
「まったくグラム殿は……。しかしこのお魚は楽しみですね。またお刺身作ってくださいね」
どうやらその前にルイーズに呆れられてしまったようだ。
しかし、刺身の誘惑が勝ったみたいでニコニコとしている。
そう言えば、刺身はみんなに大盛況だった。
サーモンと鯛によく似た魚を買って帰り宿で調理したのだが、最初は気持ち悪がっていたみんなもあまりに俺がおいしそうに食べるもんだから、勇気を出して一口食べたところ箸が止まらず、ばくばくとあっという間に食べきってしまったほどだ。
「俺はご飯に乗せて食べるのが好きだな。あれならいくらても食べられるぞ」
ガラドが言っているのは寿司のことである。
お酢代わりのレモネに砂糖と塩を足して作った酢飯に、切身を乗せただけのなんちゃって寿司だが、それなりに好評だったのだ。
「グラム、家に帰ったら魚料理を教えてくれ。アイラと母君にも食べさせてあげたいのだ」
俺にもたれ掛かったままベルが言う。
魚料理か。これだけあれば、煮付けに天ぷらにちらし寿司なんかもいいかもしれないな。
「ところで坊ちゃま、一旦戻られた後の次の目的地は、もう決めていらっしゃるのですか?」
そんな妄想をしていたら、ネッケの糸からエルネの声が聞こえてきた。
「ああ、次はアイレンベルクの最西端にある、ワーグナー領を目指す」
「西に行くのか!?」
俺の返答にベルが身を起こし反応をした。
「お前の姉妹がいるかも知れないからな」
そう言うとベルは顔を綻ばせ、またぴたりとくっつき甘えだした。
お姉さんにも、こんなふうに甘えていたのかも知れないな。
仲間を探す方法が見つかったことを、早くアイラにも教えてあげないとな。
俺は馬車に揺られ、アイラの喜ぶ顔を想像しながら、ベルと一緒にニヤニヤとするのであった。
それから4日後、一旦クロムウェル領に帰った俺たちは、前回のメンバーにアイラを加え、ふたたび馬車に揺られていた。
「坊ちゃま、そろそろ陽も暮れてきましたが、いかがなさいますか?」
茜色に染まった丘陵地帯を幌から眺めていたら、ネッケの糸からエルネの声が聞こえてきた。
「そうだな、もう少ししたら山に差しかかるし、今日はこの辺りで夜営するか」
「かしこまりました」
エルネの返事からしばらくして、馬車は止まった。
「うわあ……。お姉ちゃん、すっごいきれーだよ」
目の前に広がる景色を見て、アイラが顔を綻ばせた。
起伏にとんだ地形が夕陽に照らされたその様は、茜色と黒色のインクを使った2色刷りの版画絵のようで、心に染みる美しさだ。
「アイラの奴め、久しぶりに遠出をしたからテンションがあがっておるな」
そんなアイラの様子を見て、嬉しそうにベルが呟く。
「それもあるけど、お前と一緒だからだろ。さて、ほのぼのしているところ悪いが、先にいつもの奴を頼めるか?」
「ああ、任せておけ」
ベルは俺が差しだした指を咥えると、
「しかし、何度見てもデタラメですね……」
じゃっかん呆れた様子のルイーズ。
そんなルイーズの腰に差された木剣が、ふと俺の目に入った。
そう言えば、剣の鍛練を初めてずいぶん立つよな。
「ルイーズ、ちょっと俺と打ち合うか?」
「ほ、本当ですか!? ぜひお願いします」
俺はエルネに夕飯の支度をお願いすると、木剣を構えルイーズと対峙した。
「だいぶ陽も落ちてきたけど、見えるかルイーズ?」
「はい、大丈夫です」
――『
「いつでもいいぞ」
念のためルイーズに『
「はい! 行きます!」
一足一刀の間合いから、左足で地面を蹴り飛びこんでくるルイーズ。
「やあ!」
ルイーズはそのまま両手で打突を放ってきた。
俺は焦ることなく、1歩下がりそれをかわす。
「たああ!」
かわされた木剣をそのまま振りあげ、袈裟懸けに斬りおろすルイーズ。
俺はそれを木剣で受けとめると、ルイーズを後方に押しとばした。
しかしルイーズは体勢を崩すことなく、うまく着地し俺の攻撃に備えている。
どうやらしっかりと走りこんでいるようだな。
「次は俺から行くぞ!」
「はい! お願いします!」
俺はニヤリと笑むと、木剣を構えルイーズに飛びこんでいった。
俺はルイーズがへたり込むまで、打ち続ける気でいた。
疲れたときに動きに精彩を欠かないために、追いこもうとしたのだ。
しかしルイーズは、エルネが夕飯の支度を終え声を掛けてくるまで、耐えきってみせた。
もちろんかなり手加減したが、相当に体力がついてきたのは間違いない。
「はぁはぁはぁ……。あ、ありがとうございました……」
地面に四つん這いになり、肩を激しく上下させるルイーズ。
気力でなんとか持ちこたえていたみたいだな。
「良く頑張ったなルイーズ」
俺はそんなルイーズに近寄ると、預かっていた刀を差しだした。
「あ、ありがとうございます!」
ルイーズは膝立ちでそれを受けとると、大事そうに胸に抱え涙を流した。
綺麗な涙だな。そして本当に芯の強い子だ。
剣を握ったことすらなかったのに、短期間でここまで成長するとは、相当の努力をしたはずだ。
「あー、グラムが泣かしたにゃ! 厳しくしすぎにゃグラム!」
そんなルイーズを見て感動をしていたら、シャルルが肉球のついた手でぺちぺちと叩いてきた。
「お前ルイーズは女の子だぞ、ちょっとは加減してやれよ!」
「ほんとドン引きだよ」
シャルルに続いて俺を避難してくるガラドと、冷たい視線を飛ばすアイラ。
「いや、これは俺なりの愛情であってだな……」
「なぬ! またお前は発情しておるのか!」
何を勘違いしたのかベルは俺のお尻を殴ってくるし、エレインはじと目で俺を睨んでくるし、誰か俺の味方はいねーのかよ!
「坊ちゃま」
「エ、エルネ!」
そんな俺を見かねたのかエルネが声を掛けてきた。
そうだ、エルネは味方なはずだ。なんたって俺の側近だからな!
「女の子を泣かしたらダメですよ。あと、手を出すならちゃんと責任を取りましょうね」
「だから手だしてねーよ!」
喜びの涙を流すルイーズの横で、俺は心の中で風評被害に涙するのであった。
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