第87話 滝の裏の亜人村
「ここが亜人の村ですか」
「まさか滝の裏に、こんな広いスペースがあるとはのお……」
エルネとベルが、眼下に広がるのどかな風景を眺め、感心しながら呟いた。
どうやらここは、真ん中が筒のように抉れた岩山の、内部にある村のようで、周りを高い岩壁で囲まれている。
ベルか言った通り、滝の後ろにある隠れた通路を通って、初めてたどり着ける場所である。
「なるほど、これなら身を隠すには最適だな」
「上を見てみるにゃ。縄梯子を登った先に、見張り台があるにゃ。グラムの言うとおりだったにゃあ」
シャルルは嬉しそうに俺に抱きついてきた。
そんなことで、こんなに喜ばれたら少し照れるんだが……。
奴隷狩りを退治した俺たちは、馬宿に常駐している守衛を呼び奴隷狩りたちを引渡し、シーバ族のマメスケと名乗る獣人と一緒に、ベルの作った小屋で一夜を明かした。
そして昼前に小屋を出て、マメスケの案内のもと亜人の村に到着したのである。
「グラムさん長を紹介します。ついて来てください」
マメスケはそう言うと、尻尾を低い位置でゆっくり振りながら歩きだした。
俺はその後を、辺りを見回しながらついて行った。
村は岩壁に囲まれているものの、しっかり風も陽も入るようで、緑が多く畑や水田が広がっている。
その間にぽつりぽつりと大きめの藁葺き小屋が建っており、外には洗濯物が干されている。
滝から流れている川では子供たちが、きゃっきゃと楽しそうにはしゃいでいる。
「いい村だな……」
俺がぽつりと呟くと、マメスケが何か言いたそうに振りかえり、またそのまま歩きだした。
なんだろうなと思い歩いていたら、その意味はすぐに理解できた。
「なんだか、あまり歓迎されていないようですね」
キョロキョロと見回しながらエルネが言う。
先ほどから村人にすれ違えば、すぐ目をそらされるか舌打ちをされるのだから、そう思うのは当然だろう。
「どうやら人間を良く思っていないようだな」
「……申し訳ありません」
マメスケは謝罪すると、それ以上何も言わずふたたび歩きだした。
「マメスケどういうことだ? なぜ村に人間を招き入れたのだ」
神社のような建物内で、高座に座るシーバ族の長らしき人物が、マメスケを叱責した。
この村は人間を入れることを禁忌としているのだろうか?
さてどうしたものかと、考えていると――
「ケイニス、この人たちは違うのだ」
バルザーヤさんが前に出て、高座に座る人物に言葉を返した。
「お主はバルザーヤ! 久しいな、壮健そうで何よりだ」
ケイニスと呼ばれた芝犬似の獣人は、白いあごひげを触り顔をほころばせている。
「お前もなケイニス」
「してバルザーヤ、先ほどの発言はどういう意味だ? 何が違うと言うのだ?」
俺たちをいぶかしむケイニスさんの問いに、バルザーヤさんは俺との出会いと、今日ここへ来た理由を説明してくれた……。
「長、実は僕も奴隷狩りに襲われそうなところを、グラムさんに助けていただいたのです」
バルザーヤさんが話し終わったのを見て、補足説明をするマメスケ。
ケイニスさんはふたりの話を聞き終わると、少し考えた様子を見せおもむろに立ちあがった。
「グラム殿と申しましたか。この度はマメスケだけでなく、わが同胞のボルゾ族まで救っていただき、感謝の念に堪えません」
ケイニスさんは深く頭を下げると言葉を続けた。
「しかし、先ほどの話は少し待ってほしい。儂ひとりで判断をするにはことが重大すぎるのです」
そりゃ突然うちに来ないかと言われて、ふたつ返事なんてできないよな。
この村にはこの村のルールがあるんだろうし。
「グラム様。亜人の村は4つの種族からなっています。ですので、この村で何か決めるとなれば、かならず4人の長で話し合う必要があるのです」
俺の考えこむ様子を見て、バルザーヤさんが村のルールについて説明してくれた。
4つの種族か。確かにさっき村を歩いていたら、鳥とか兎とか色んな獣人を見かけたもんな。
「わかりました。私も別に急かすつもりはありませんので、ゆっくりとお考えください」
「かたじけない。マメスケ、グラム殿たちに部屋を案内してやってくれ」
「かしこまりました、長」
俺たちは頭を下げると、
マメスケを先頭に部屋を後にした。
「むー、あまりいい雲行きではなさそうだのお」
畳に足を投げだし、パタパタとさせながらベルが言う。
たまに、タイツに繋がれた白いガーターと、真っ白な太ももが、ちらりと顔を覗かせている。
「お前スカートでそういうことするなよ」
しっかりと見つつも注意する俺。
部屋にはバルザーヤさんもマメスケもいるんだから、少しは恥じらいを持って欲しい。
「本当はもっと見たいくせに。ほれほれ、どうだ?」
そんな気持ちも知らず、ベルは調子にのってスカートをたくし上げている。
「ベル、いつ私がそのような作法を教えましたか?」
すると、最近みんなにマナー講座をしているエルネが、目をつり上げベルを睨みつけた。
「じょ、冗談だエルネ。そんなに怒らないでも良いではないか」
「ベル!」
「す、すまぬ……」
母親に怒られた子供のように縮こまるベル。
少し面白い光景である。
「ベル、ダメにゃよ!」
なんて思っていたら、いきなりシャルルが入ってきた。
何を言うつもりだ? こういうときのこいつは、ろくなことを言わないからな……。
「男は独占欲の固まりにゃ! グラムはベルのあられもない姿を他の男に……ふごふが」
慌ててシャルルの口をふさぐ俺。
しかしベルはすでに聞こえていたらしく、こっちを見てニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
シャルルの奴め。いつもいらんことを言いやがって……。
「グラムさん。もし長たちが、あなたについて行くことを拒んだら、どうされるのですか?」
そんなバカなやり取りをしていたら、マメスケが真っ直ぐ俺を見つめ問いかけてきた。
「どうするも何も嫌なら仕方ないだろ。ここなら奴隷狩りたちも、そう簡単には見つけられないだろうし」
承諾してもらえるにこしたことはないけど、ここまで大きな村となれば愛着もあるだろうしな。
「グラムさんこれを見てください」
そう言ってマメスケは、懐から何やら取りだし俺の前に掲げてみせた。
見てみると、細長い円錐形の石が長い紐にぶらさがっている。
「それは?」
「気になっていたのです。なぜ僕が風下にいたにも関わらず、奴隷狩りに先に見つけられたのかを」
確かに俺も少し気になっていた。
奴隷狩りたちは、藪に埋もれるマメスケを、目視で見つけられるような距離にはいなかった。
しかし、急に何かを確信したように動きだしていた。
「それがその石に、何か関係があるって言うのか?」
「実はこれは、シーバ族の奴隷狩りが持っていたものです。よく見ていてくださいね」
そう言うとマメスケは、石のついた紐を持ったまま、部屋の中を歩きだした。
「ふにゃ、くるっと回ったのにゃ」
シャルルの言ったとおり、マメスケが移動するに伴い石がくるりと回っている。
しかも、方位磁石のように一定の方向を指すように。
「僕も最初はなんだろうって思っていたんです。しかし今朝、小屋を出る際に手に持ってみたら、亜人の村の方向を差したんです」
「なんだって! いや、でも偶然じゃないのか?」
亜人の村を探す石なんて、そんな都合がいいものあるのか?
それに石は村に入った今も、どこかを指しているし。
「実は村に入ってから、石の示す先がくるくると変わっていくのです。どこを指しているのかと見てみると、その先には必ずシーバ族が……」
「マメスケ、それは本当か?」
声と共に部屋の襖が勢いよく開いた。
マメスケの持つ石は、そこに立つ人物、シーバ族の長であるケイニスさんを、ピタリと指していた。
ケイニスさんは部屋に入ると、マメスケから石を受取った。
すると石はくるくると回り、今度はマメスケのほうを指した。
「おいバルザーヤ、少しこの石を持ってもらえるか?」
「ああ、わかった」
石はくるくると回り、ふとりまったく異なる場所を指しピタリと止まった。
なるほど、そういうことか。
「ふむ、仕組みはわからんがどうやらこの石は、一番近くにいる同族を指し示すようにできているみたいだな」
だから奴隷狩りたちは、仲間にシーバ族を入れていたのか。
「マメスケ、なぜこのことを黙っておった?」
「シ、シーバ族の名誉のために……」
「他の種族に知られるのを危惧したと言う訳か。馬鹿者! 嘘をついておいて何が名誉か!?」
「も、申し訳ありません!」
ケイニスさんに向かい、畳に額をつけるマメスケ。
恐らくマメスケは、村での同族の立場を思って隠していたんだろう。
しかしそれは村全体を危険に晒す行為。看過していいものではない。
「ところでケイニスさん。こちらに来られたということは、話し合いは終わったのですか?」
「実はそのことですが……」
ケイニスさんは長たちの会合について、話してくれた……。
「つまり私の人間性と力を示せと言うことですね?」
結果から言うと、長たちはまだ結論を出していない。
厚待遇の誘いは魅力に感じているものの、やはり獣人たちの中に、人間に対する不信感が根付いているらしい。
そしてある種族の長は、自分より弱いものに保護されるいわれはないとのことだ。
「助けていただいたというのに申し訳ない」
「いえ、他の長さんが言うのももっともなことです。誰も力のないものについて行きたいなんて、思いませんからね。でも大丈夫です、そういうことなら自信がありますから」
ふふふ、この村を囲う岩壁に風穴でも開けたら、認めてくれるだろうか。
俺は何をしようかとワクワクしながら、不敵に笑った。
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