第86話 覚悟を決めて

 突然の来訪者にみんなが息を飲むなか、俺は周囲の魂力を探った。

 北東の方向50メートルの位置に、さほど強くない反応1つ。

 この反応――人間の可能性大だ!


「ベル、小屋の屋根に小さな穴を開けてくれ」

「パックルが通れれば良いのだな?」


 俺がベルの問いに首肯すると、エルネがひっそりとスキルを発動させた。


 ――『夏の夜の夢フェイズコミック』――


 光の尾を引き本から飛びだしたパックルが、できたばかりの天井の穴から、空に飛びたった。

 よし。仮に見られていたとしても、屋根から小鳥が飛びたったようにしか見えないはずだ。


「エルネ、確認できるか?」

「坊ちゃま、これを」


 俺の問いかけにエルネは『夏の夜の夢フェイズコミック』の本を差しだした。

 すぐさま皆で確認してみる。


「あれはシーバ族!」


 木陰から顔をひょこりと出してこちらを伺う、茶色い影を見てバルザーヤさんが言った。

 シーバ族だってぇ!

 なんとあの伝説の……。なんて冗談はさておき、うん、柴犬だよねこの子。すごい可愛いもん。

 もしかして亜人の村って、こんなのごゴロゴロしているのか?

 まるでパラダイスじゃないか……。


「坊ちゃまどうしますか?」


 そんな妄想をしていると、エルネが顔を覗きこみ問いかけてきた。


「こっちへ来るようなら歓迎。戻るようならこっそり跡をつけようか」

「はい、かしこまりまし……。どうやら戻るようですね」


 エルネの言う通り、偵察にきていたシーバ族は、不意に森の奥へ引き返していった。

 さて、亜人の村に案内してもらうか。


「バルザーヤ、シーバ族の特徴は? 尾行するときに気をつけるようなことはあるか?」


 俺は小屋の外に出ながら確認をする。


「私たちと同じく嗅覚に優れているので、距離を保つか風下を意識するよう心がけてください」

「わかった。よし、行くぞお前たち」


 俺たちはパックルの先導のもと、シーバ族の尾行を開始した。


 シーバ族はなかなか警戒心が強いらしく、辺りを確認しながら慎重に歩みを進めている。

 柴犬はあんな可愛い姿をしているのに、元々は優秀な狩猟犬だからな。

 しかしまさかこんなに早く獲物がかかるとは、偶然とは恐ろしいものだ。


「坊ちゃま少しまずいことが……」

「どうした?」


 しばらく尾行していたところで、突然エルネが『夏の夜の夢フェイズコミック』の本を差しだしてきた。

 俺は差しだされるままに本を覗きこんで見た。


「なんだこいつら……?」


 そこに映っていたのは、うっそうとした藪の中を、辺りをキョロキョロと見回し進む5人の人物。

 シーバ族とまだ150メートルは離れているが、このまま進むとかち合うのは確実だろう。

 しかし、こいつらなんでこんなところに?

 しかも見るからに挙動不審なんだけど。

 まさか――


「奴隷がりか?」

「ええ、この煙草を吸っている人物を見てください」


 エルネは本に映るひとりの人物を指さした。


「こ、こいつは!」


 そこに映っていたのは見覚えのある人物。

 ローゼンからの帰りに、ボルゾ族とシャルルを洞窟に監禁していた、見張りの野盗であった。


「ふにゃ! シャルルもこいつは覚えているにゃ!」

「こいつは!? 小さな子供を人質にとり、私たちを捕らえた男だ!」


 隣で見ていたシャルルとバルザーヤさんが、不快を露にする。


「どうするのだグラム?」


 そんなシャルルと俺の顔を見比べ、ベルが聞いてきた。


「……奴隷狩りは無視してシーバ族を追う。幸い奴隷狩りはシーバ族の風上にいる。奴らが近づくよりも先に、シーバ族がその存在に気づくはすだ」


 奴隷狩りたちをこのまま放っておきたくはないが、今は亜人の村人たちを保護するのが優先だ。

 今、奴隷狩りたちと交戦すると、シーバ族を逃がしてしまう。

 そう考えシーバ族の動向に注視していると――突然、奴隷狩りたちがシーバ族を取りかこむように、散開して移動を始めた。

 なんでだ!? 明らかに知っていた動きだぞ!


「な、どうなっているのだ? グラム、このままではシーバ族が捕まってしまうぞ!」


 慌てふためきベルが言う。


「……エルネ、ベル、シャルル。お前ら人は攻撃できるか?」


 いざそのときになって湧いてきた、前世界での倫理観。

 俺は自分に問いかけるように、みんなを見回した。


「問題ありません」

「必要とあればやるさ」


 エルネの言葉に続き、ベルがぎゅっと拳を握りしめる。


「殺したくはないにゃ。でも、みんなを守るためならできるにゃ!」


 シャルルが俺を真っ直ぐに見つめ答える。

 そう、俺も同じだ。

 この世界はいつでもすぐ隣で死が待っている。俺が迷えば誰かが死ぬかも知れない……。

 俺は、頭の中でそれを反芻はんすうし覚悟を決めると、みんなに作戦を伝えた。


「さて、シャルル。俺は俺の正義を持って奴隷狩りと戦う。だができる限り殺しはしない。それでいいな?」


 俺はシャルルを見つめ返事を待った。


「ダメにゃ、大事なことが抜けているにゃ」


 しかしシャルルは、俺を手のひらで制しそう答えた。

 大事なこと……?


「あいつらをやっつけてみんな無事に帰る。それなら問題ないにゃ」


 なるほど、確かにそれは大事なことだな。

 俺は突きだされたシャルルの手を握り、力強く頷いた。


「よし、じゃあ行くぞ」



 俺は、今まで勘違いをしていたことが、ひとつある。

 俺の側にいる大人が、父さんやヒュースさんだったんだから仕方なくもあるが、とても大きな勘違いだ。

 しかしエヴァルトさんに言われ、エヴァルトさんから訓練を受け、確信した。

 どうやら俺は……、俺たちは相当に強い。

 ずっととそう思っていたが、よく考えてみたらわかる話だ。

 なんたって俺たちは、町を崩壊させる強さを持つ、C級の魔物にも打ち勝ったのだからな。


 そんなことを考えながら、俺は上空を舞っていた。

 魂力を込めた2段ジャンプで、5階建てマンションくらいの高さにまで達している。

 俺は見下ろし、奴隷狩りたちとシーバ族の位置を確認した。

 すると、シーバ族を取り囲もうとしている奴隷狩りのひとりが、地を照らす影に気づき空を見上げた。

 俺と目が合い驚愕の表情を浮かべる奴隷狩り。

 しかしもう遅い。

 打ち合わせ通りにシャルルが『銀灰猫の円舞曲ぎんかいねこのワルツ』で身を隠したまま、シーバ族を連れ去ったからだ。

 俺はすぐさま、一面に魔方陣を展開した。


 ――『石の弾丸ストーンブレット×10!』――


 空から放たれた大量の礫が、流星のごとく奴隷狩りたちに降りそそぐ。


「ぐぁああ! な、なんだああ!?」

「ひ、ひぃ、脚、脚があ……」


 まるで天罰を受けた罪人のように、奴隷狩りたちは悶え怯えている。

 俺に気づいたひとり以外、皆『石の弾丸ストーンブレット』に脚を貫かれたからだ。


「な、なんだお前は!?」


 ひとり残された奴隷狩りが、怯えた目で俺を見上げ叫んだ。

 その手には弓と矢が握られている。

 そしてそいつが弓に矢をつがえようとしたそのとき――ベルの放った『石の弾丸ストーンブレット』が脚を貫いた。

 上空ばかりに気を取られているからそうなるのだ。


「お前らまだ油断するなよ。エルネ、ネッケはもう出せるか?」


 俺は地に降りたち警戒をしたまま、皆に叫ぶ。


「はい、いけます」

「よし糸を出しておいてくれ」

「はい!」


 俺はエルネの返事を受けると、おもむろに『風斬りカザキリ』を放った。

 見えない斬撃が草木を薙ぎ倒し、奴隷狩りたちの頭上を抜けていく。

 そして大きく息を吸いこみ――


「警告する! 今からお前たちを拘束する。抵抗しなければそれで良し、抵抗するなら容赦なく殺す!」


 剣を掲げ叫んだ。


「ひ、ひぃいいい!」

「か、勘弁してくれえ!」


 懇願の声をあげる奴隷狩りたち。どうやら完全に心を砕いたようだな。

 今にも漏らしてしまいそうなほど、怯えていやがる。

 俺は奴隷狩りたちの武器を回収すると、ネッケの糸で拘束し止血をして回った。

 それは4人目の奴隷狩りに近づいた時だった。

 俺はそいつの姿を見て目を見開いた。


「お前シーバ族じゃないか……。同族を売るっていうのかお前!」


 俺は左足が千切れそうになっている、シーバ族の奴隷狩りを睨みつけた。

 同族なら自分たちの不遇の辛さを良く知っているだろうに……。


「あひぃ、違うんだ! 俺は雇われただけなんだ、た、助けてくれえ!」


 よほどの形相をしていたのだろう、シーバ族の奴隷狩りは這うように俺から逃げようとしている。


「グラム……」


 そんな様子を見て、シャルルが心配そうに声を掛けてきた。

 俺より辛い癖にこいつは……。


「心配するな、大丈夫だ」


 俺は肩に置かれたシャルルの手を掴み、優しい声音でそう言った。


「ベル、みんなが入れる小屋を作ってくれるか? こいつらを入れる牢も付けてくれ」

「任せておけ」


 俺たちは助けたシーバ族に経緯を話すべく、ベルが作ってくれた小屋に入った。

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