第85話 亜人の村を探せ
こんな辺境の山間部にある宿が、なんで人気なのか良くわかった。
ご飯がすごいうまい。
と言うかお米と味噌と醤油があった!
これらもローゼン経由で、東方にあると言う謎の国の技術が伝わってきているのだろうか。
お願いしたら
そんなことを考えながら、俺は迫りくる魔物を斬りきざんでいた。
「あいつは宿を出てからずっと上の空だな。スティンガーラビットが少し不憫になってくるぞ……」
俺から離れ、後方待機しているベルが言う。
スティンガーラビットとは、さっきから俺に片手間で斬りきざまれている、兎に似た魔物である。
兎と言っても相手は殺す気まんまんの魔物だけあって、さっきから長い尾の先に付いた毒針を、俺に突き刺さんとわらわらと迫ってくる。
「きっとシャルルの体が忘れられないにゃよ」
何を訳のわからないことを言っているんだ、あのバカ猫は。足を踏み外しかけたじゃないか……。
しかしそのわずかな隙をスティンガーラビットは見逃さず、俺の頭上から毒針の付いた尻尾を伸ばしてきた。
こいつらは枝や木の幹に尻尾を突き刺し、アクロバティックに飛びまわってくるのだ。
「坊ちゃま!」
俺が気づいていないと思い、注意を促すエルネ。
しかし俺は動じることなく、前を向いたままショートソードで頭上を薙いだ。
――肉を裂く感触と共に聞こえてくる、スティンガーラビットのうめき声。
しかし残りのスティンガーラビットはそれに怯むことなく、さらに右から1匹、それにタイミングを合わせ俺の足元を狙っている奴が、左に2匹構えている。
そう全部見えていた――
最近すごく調子がいい。自分の側の空間内の動きが、手に取るようにわかる。
前を向いたまま、後ろでベルがシャルルに組みついているのもわかる。
――まるで自由自在だ。
そんな俺は、敵に囲まれたこの状況に慌てることもなく、右のスティンガーラビットを逆袈裟に斬りあげた。
その隙に、俺の脚に毒針を突き刺さんと飛びかかってくる、残りの2匹――
俺は剣を斬りあげながら左手に作っていた2つの魔方陣を、2匹のスティンガーラビットに向けて発動させた。
――『
光輝く魔方陣から、卵サイズの石が弾丸のごとく射出される。
スティンガーラビットは声をあげる暇もなく、眉間に穴を開け地面に落ちた。
「坊ちゃま、戦闘中に考えごとをしていましたね!」
俺に待機するよう言われていたエルネが、綺麗な顔をむすっと膨らませ近寄ってきた。
「すまない、でもエヴァルトさんに訓練をつけてもらってから、すごく調子がいいんだよ」
戦闘中、魂力の流れを意識するようになってから、敵が何をしようとしているか、肌で感じることごできるようになった。
目だけで追うのではなく、魂力の流れや揺らぎを感じとるのがコツだ。
「坊ちゃまにまで何かあったら、私生きていけませんからね……」
目を伏せ悲しそうに呟くエルネ。
「ごめん、俺が悪かったよ。次から気をつける」
素直に反省し頭を下げていると、もうひとつ不機嫌そうな視線を感じた。
「なんだ? ベルも俺に言いたいことがあるのか?」
「グラム、お前本当にシャルルと何もなかったんだろうな?」
頬を膨らませ、訳のわからない質問をしてくるベル。
「あ、あるわけないだろ。あんなみんなが側にいるところで、手を出す奴がいるか」
「な! 我らがいなかったら、手を出していたと言うのか!?」
「しねーよ! お前ほんと俺のこと、どんな風に思っているんだよ!」
そんな俺たちのやり取りを見て、フォローをしようとシャルルがやって来た。
「ベル大丈夫にゃよ。グラムはベルの胸に顔を埋めて、泣いていただけにゃ」
「泣いてねーよ!」
相変わらずろくなフォローをしないシャルル。
「べそべそ泣いていたにゃよ」
「お前そう言うのは人前で言うんじゃねーよ!」
そんなシャルルを睨んでいると、ベルが俺の服を引っ張ってきた。
「なんだよ?」
「今夜は我の胸で泣くのだ」
「ベルは胸がないから無理にゃ」
そんなベルを非情な一言で切って落とすシャルル。
「な! これでも少しはあるわ!」
寄せて集めてその少しを作り出そうとするベル。
こいつ、もしかして結構気にしているのか?
「エルネさん、皆さんはいつもこんなに賑やかなんですか?」
「え、ええ。お恥ずかしながら……」
俺はバルザーヤさんの言葉に気恥ずかしさを覚え、スティンガーラビットを回収した。
「程よい弾力に、さっぱりとして癖のない味わい。なかなかうまいではないか、スティンガーラビットの肉は」
スティンガーラビットの骨付きモモ肉にかじりつきながら、満足そうにベルが言う。
俺たちは、木々が生い茂る森の中に不自然に建てられた小屋で、昼ごはんを食べていた。
もちろん、ベルが作った小屋である。
「しまったな。少しだけでも醤油をもらってきたら良かった」
「昨日グラムがおかしなテンションで喜んでいた、黒いソースのことかにゃ?」
「ああ、あれがあるだけで、料理のバリエーションがかなり増えるからな」
照り焼きに焼き鳥だろ、卵と一緒に醤油煮にしてもおいしいし、この世界にはガリクとジンジャと言う名の、ニンニクと生姜にそっくりな野菜もあるから、から揚げやチャーシューなんかも作れる。
「よし、帰りに交渉するのだグラム!」
「それはいい考えですねベル」
暴食のふたりもこう言っているし、せめてどこから仕入れているかだけでも教えてもらうかな。
「ところでグラム様、このまま見つかるまで、闇雲に探されるのですか?」
俺たちがそんなお気楽な会話をしている中、バルザーヤさんが真剣な目付きで問いかけてきた。
バルザーヤさんの言った通り、俺たちは亜人の村の場所もわからぬまま、とりあえず山に入っている。
亜人たちは数年単位で場所を転々としているらしく、誰もその場所を明確に知る者がいなかったからだ。
かと言って、何も考えがない訳ではないんだけどね。
「亜人たちがいくら場所を転々としていると言っても、どこでもいい訳ではないと思うんだ」
「と言いますと?」
「バルザーヤも長なら、自分たちが住む場所を探す上での、必要最低限のものってわかるだろ
?」
「水場ですか? しかしこの広い山の中、水場を全て探して回るのはかなり大変なことかと……」
申し訳なさそうにそう言い返すバルザーヤさん。
しかしその通りで、水場と言っても川もあれば湖や湧き水など、山の中にはいたるところにあるだろう。
「そうひとつは水場だ」
「他となるとあとは食料ですか? でもそれも、山となればいたるところに……」
「馬宿の人たちが言っていたんだろ? そもそも、亜人を見ることはほとんどないって」
バルザーヤさんの聞き込みによると、亜人たちは馬宿にもほとんど顔を出さないらしい。
一番近い町のローゼンでも亜人を見たことがないし、そもそも奴隷狩りが目撃されているローゼンまで行くことは考えにくい。
つまり亜人たちは、この山ですべて完結させているってことだ。
「はい。ですので、残念ながら探すことはかなり困難なようです」
「そんなことないさ。俺の知る有名な学者がこう言っていたよ。『この世に追跡不可能な動物はいない』とね」
まあ今回は、俺たちだけが追跡する訳じゃないけど。
「お考えがあるのですか?」
「亜人の村は、50人を超える大所帯なんだろ?」
「はい。少なくとも私たちがいた頃は、私たちを除いて60人近くおりました」
ボルゾ族も昔は亜人の村の人たちと、この山と異なる場所で共に暮らしていたらしい。
しかし、奴隷狩りの脅威から逃れるために、住む場所を移ろうと考えた亜人の村の人たちと、見知らぬ土地に移ることを拒んだ保守派のボルゾ族とに別れたらしい。
「仮に今も60人いるとしたら、山の恵みだけでみんなの食料を賄うのは難しいと思うんだ。山には当然冬もやってくるしね」
「しかしそれは、馬宿や町にでも行けば……」
言いかけて言葉を止めるバルザーヤさん。目撃情報がほとんどないって話を思いだしたんだろう。
「となると考えられるのは、自分達で自給自足しているってことだ」
「なるほど。確かに私たちが住んでいた頃も、畑を耕していました」
「そう、その畑の跡をみつけて、根などから何を栽培しているか調べようかなってね。そして植生を元に広い山の中から、いくつかのポイントに絞りこむんだ」
「おお、そこまでお考えだったのですか」
途端に明るい表情を見せるバルザーヤさん。
しかし、これだけではまだまだ範囲を絞りきれないんだけどね。
「他にも色々条件はあるぞ。例えば、隠れやすい場所、または不審者をすぐに発見できる見晴らしのいい場所を選ぶはずだし、逃げやすいってのも条件に入れるはずだ。そしてある程度辺りをつけたらあとはベルの出番だ」
「ん? 我は何をするのだ?」
口の周りにうさぎ肉を付けたベルが、首を傾げる。なんだこの愛らしい生き物は。
「ひっそりと隠れすんでいる近くで、突然地響きに包まれ、訳のわからない建造物ができたらどうする?」
俺はベルの口の周りを綺麗に拭きながら、質問する。
「そりゃあ、何事かとこっそりと様子を見に……。なるほど、そう言うことか!」
「そう、あとは跡をつければいいって訳だ」
どうやら他のみんなも納得がいったようである。
「み、皆さんは、わかっていたから、のんびりとしていた訳ではないのですか?」
と思っていたら、バルザーヤさんが少し驚いた顔でみんなに問いかけた。
「そもそも考えてもいないにゃ」
「うむ、どうせグラムがなんとかしよるしの」
自信満々に人任せ宣言をするシャルルとベル。それだけ信用されているってことだがら、良しとしておくか。
なんて思っていたら、エルネが突然立ち上がり俺に視線を向けた。
「坊ちゃま、ネッケの糸に反応が!」
念のために周囲にはりめぐらせておいたセンサーに、誰かが触れたらしい。
さて魔物か人か……。俺は息を潜め、ひとり幸運を願った。
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