第84話 亜人と奴隷狩り
ルドルフさんから武器を買った俺たちは、途中でガラドを拾い家に帰っていた。
これからの予定をみんなに話しておこうと思ってのことだ。
「そう言えばエレイン、今日はいつもと服が違うんだな?」
最近はローゼンで買ったシャツワンピースや、エルネにもらったスカートを履いていることが多かったエレインだけど、今日は黒のレザーショートパンツが印象的なモデルのような格好をしている。
トップスには、モコシープという魔物の毛を編んで作った、白いハイネックノースリーブのニットを着ていて、肩と太ももを大胆に出している。
もちろんそれだけでは防御性が悪いので、黒のロングブーツとアームガードをつけているが、俺があげた紅尖晶石のチョーカー型のアミュレットも相まって、かなりオシャレな印象である。
まあモデルはアームガードなんかつけないだろうけど、エレインは超がつく程の美少女なので、それすらおしゃれアイテムに見えてくる。
「動きやすくて可愛い服が欲しくってさ、王都でエルネさんと一緒にショッピングしているときに買っておいたんだ。どう、似合うかな?」
そう言うと、エレインはその場でクルリと回って見せた。
「ああ、大人っぽくなって正直ビックリしてるよ」
俺の言葉にエレインはやったと喜んで、小さくガッツポーズをして見せた。
「ところでグラム殿、私の刀はいつ持たせてくれるのですか?」
眉を八の字にしたルイーズ嬢が、俺に問いかけてきた。
ルドルフさんから買った刀は、今は俺が預かっているのだ。
「そうだなあ。木剣を使って素振り1日500回、その後に地稽古、毎日走りこみ10キロメートル。それを1週間こなせたらってとこかな?」
「そ、そんなにですか!?」
ルイーズ嬢は目を見開き驚いている。
「仕方ないよルイーズ。剣は誤った使い方をすると、他人だけでなく自分も傷つけちゃうんだから」
「そうだぜ。まずは素振りで基礎の型を覚えて、走りこみで体力をつけないとな」
自分たちのことを思いだしながら話すエレインとガラド。
正直ルイーズは丸っきりの素人だから、1週間でもかなり早いほうなんだろうけど、この世界には魂力があるし、俺といることで多分成長も早いと思うんだよな。
後は本人のやる気次第な訳で――
「むむむ、わかりました。今日から早速始めたいと思います」
凛とした態度で決意を表するルイーズ嬢。どうやらやる気は十分なようだ。
「私も付きあうから一緒にがんばろ」
「俺も地稽古付きあうぜ」
「シャルルも一緒に走るにゃ」
エレインとガラドとシャルルの言葉に喜色を浮かべるルイーズ嬢。
そんな中ベルだけなぜか、もじもじとしていた。
「どうしたベル?」
「いや、我も何か手伝いたいのだが……」
「ああ、お前体動かすの得意じゃないからな」
俺の言葉にしょぼんと肩を落とすベル。
「ルイーズがそれなりに剣を使えるようになったとき、対魔法の相手をしてやればいいじゃないか」
「うむ、そうだな。そうとなれば我も魔法の修行をせんとな」
俺はみんなの優しさにほっこりとしながら、家路につくのであった。
それから2日後、俺はエルネとベルとシャルルと、ボルゾ族族長のバルザーヤさんを連れて、ローゼンの南東にある山間部の馬宿を目指していた。
「亜人の村とはどんなところか楽しみだのお」
馬車の中でシャルルにもたれ掛かりながら、ベルが言う。
「そうですね。でもその前に、馬宿でいい情報を聞けたらいいんですけどね」
それをネッケの糸ごしに聞いていたエルネが、御者台から返した。
何のために亜人の村を探しているかと言うと、クロムウェル領に是非ともお越しくださいと誘うためである。
と言うのも、ローゼンでの宣伝で何人かの移民がやってきはしたのだが、理想とする人数にまだまだ足りないからだ。
エルネが聞いてきた情報によると、ローゼン近辺ではいまだに、奴隷狩りの目撃情報が報告されている。
その本拠地を突きとめ奴隷解放を! なんてできたらいいのだけど、相手はギルドでもいまだ尻尾を掴めぬ存在だ。
それに仮に場所を突きとめたとしても、そもそも奴隷狩りたちは、捕らえた奴隷たちを長く手元に置いておくような真似はしないだろう。
長く置けばそれだけ奴隷たちを生かすための食費がかさむし、逃げられるリスクも高くなるからだ。
ではなぜ、わざわざそんな情報を探らせたかと言うと、拐われる前に保護しようと考えたのだ。
つまり、この辺りは奴隷狩りが出没し危険ですよ。うちの領地なら安全だし、今なら厚待遇で受け入れますよと、取引きを持ちかけようとしているのである。
「私が場所を知っていたら良かったのですが」
申し訳なさそうに頭を下げるバルザーヤさん。
「大まかな場所を知っていただけで十分さ。それに、バルザーヤが村の存在を教えてくれたからこそ、こうやって行動に移せるんだ」
「そうにゃ。バルザーヤは余計なこと気にしないで、相手の長をグラムに紹介したらいいにゃ」
その言葉にバルザーヤさんが笑顔でシャルルを見つめると、シャルルは少し照れながら顔を反らした。
少し口は悪いけど、こいつが犬獣人のフォローをするなんて珍しいな。
なんやかんや言いつつ、良く犬獣人たちの居住区に顔を出しているみたいだから、仲は悪くないんだろうけど何か因縁でもあるのだろうか。
「坊ちゃま、馬宿に着きました」
馬車が止まるのを待ち外に出てみると、茅葺き屋根に土壁の建物が数軒並んで建っていた。
まるで日本の田舎集落のような景色である。
「あの上で昼寝したら気持ち良さそうにゃ」
「登るんじゃないぞ」
びくりと体を反応させるシャルル。こいつぜったい登る気でいたな。
「坊ちゃま、とりあえず馬車を預けてきますね」
「ああ、頼んだよ」
俺たちは入り口近くにある預かり所の前で、エルネが戻るのを待った。
「グラム、今日はこのあとどうするのだ?」
俺の服を引っ張りベルが聞く。
「もう日も落ちるだろうから、今日は宿をとって情報収集ってとこかな。何かしたいことでもあったか?」
「うむ、少し魔法の修行につき合ってほしくての」
ルイーズ嬢と一緒に訓練するときのことを、考えているわけか。こいつは面倒見がいいからな。
「ではグラム様、私が情報収集をしておきますよ」
尻尾を振りながら提案するバルザーヤさん。
こう言ったら失礼だけど、主人に誉めてもらうのを待っているワンコみたいで、何だかほっこりする。
「じゃあ、頼んだよバルザーヤ」
俺がそう言うと尻尾の動きがさらに激しくなった。
「シャルルも一緒に訓練したいけどお邪魔虫かにゃ?」
ベルの頬っぺたをつつきながら、問いかけるシャルル。
「ええい、余計なことを気にするな!」
「じゃあいいのにゃ?」
「我がお前のことを邪魔と思うわけがなかろう!」
その言葉にシャルルは尻尾をピンとたて、ベルのあちこちにおでこを擦りだした。
「こら、やめんか!」
「ベル大好きにゃあ」
仲良しだなあ。
俺は喉のごろごろ音を聞きながら、エルネが戻るのを待った。
その日の晩、訓練を終えた俺は、宿の部屋でひとり考えごとをしていた。
「坊ちゃま、どうしたのですか?」
その様子を見てエルネが声をかけてくる。
こんな町から離れた山間部の宿なのに、部屋がいっぱいで大部屋1部屋しか取れなかったのだ。
それも驚きなんだけど、さらに驚いたのは畳が敷きつめられたこの部屋だ。
浴衣や布団まであり、完全に日本の旅館スタイルである。
聞けば、ローゼンから東方の文化が伝わってきて、それが好評とのことだ。
「さっき訓練のときにシャルルが言ってたことが気になってな」
俺は浴衣姿のエルネを見上げ答えた。
ちなみにエルネの浴衣姿は破壊力抜群である。惜しむらくは髪をそのまま垂らしているところだけど、エルネは髪をアップにできないからな。
「何を言っていたのですか?」
それでも色気たっぷりなエルネが、俺の隣に腰かけ問いかけてきた。
「さっきベルがシャルルに、もしかしたら亜人の村で、シャルルの仲間に会えるかもしれないなって言ったんだよ。そしたらシャルルのやつすごく悲しそうな顔でそれはないって……」
その顔が絶望に塗りつぶされたように見えて、さっきからやけに気になる。
「グラム様……」
「ん、どうしたバルザーヤ?」
バルザーヤさんが言いにくそうに声を掛けてきた。何か知っているのだろうか?
「実は……、実はシャルルの仲間は、奴隷狩りにみんな殺されてしまったのです……」
バルザーヤさんは伏し目がちにそう言うと、静かに語りだした。
「酷い……」
バルザーヤさんの話を聞いて、エルネが体を震わせながら口に手をあて涙している。
俺も目が熱くなっているが、それ以上に今まで感じたことのない怒りがこみ上げている。
「皆殺しにしてやる……」
「ぼ、坊ちゃま……?」
俺の呟きにエルネが驚愕している。
俺も自分の口をついてでたその言葉に一瞬驚いたものの、今ではなるほどと納得している。
それもそうだろう。
奴隷狩りたちは、シャルト族の毛皮を剥ぐために、シャルルの仲間を皆殺しにしたのだから。
まだ子供だったシャルルはその日、ひとり屋根の上で昼寝をしていたらしい。
そして物音に気づき目を開けてみたら、気が狂うような惨劇が繰り広げられていたのだ。
だからシャルルはひとりで寝ることを怖がっていたのか……。
俺の周りがあまりに平和だったもんですっかり忘れていたが、昔ダニエラ婆さんが、この世界は死は近しい存在だと言っていた。
それにしても、あまりにもろくでもないじゃないか。
「グラム、そんなことしたらダメにゃ」
「なんでだよ!? 生きる価値なんてないだろあんな奴ら!」
いつの間にか話を聞いていたシャルルが俺を制す。
なんで、シャルルが止めるんだ?
「グラムにはそんなことして欲しくないにゃ!」
シャルルは俺の服を掴み涙を流し叫んだ。華奢な体がふるふると震えている。
「でも放っておいたらどんどん犠牲者が増えるんだぞ」
「それはグラムの正義から言ってるにゃか? もしそうなら、それならいいにゃ……。でも、憎しみでそう言っているなら、シャルルはグラムにそんなことして欲しくないにゃ!」
雷に打たれたような衝撃が走った。
そうだ、俺はただ自分の感情をぶつけたかっただけだ……。
シャルルのため、誰かのためと言って、手を汚すことさえ正当化しようとして。
「すまんシャルル。お前にそんなこと言わせるなんてな」
「シャルルはみんなに優しいグラムのほうが好きにゃ。ちょっとエッチで、女心のわからないグラムがいいにゃ……」
「ああ、本当にごめんな……」
俺はシャルルの震えが収まるまで、シャルルを抱きしめ背中を撫でた。
その日の晩、俺はシャルルの眠る布団に潜りこんだ。その隣ではベルが寝息をたてている。
「なんにゃ? シャルルを夜這いにきたのにゃか?」
シャルルがおどけた調子でそう言った。
「ああ、夜這いにきたんだ」
「ちょっとエッチなグラムがいいとは言ったにゃが、そんなに堂々とされたらシャルルも恥ずかしいにゃよ」
俺の言葉に布団で顔を隠すシャルル。
「冗談だよ。ちょっとひとりで寝るのが寂しくってな」
「仕方ないにゃね。グラムが寝るまでシャルルがよしよししてやるにゃ」
そう言うとシャルルは俺の背中を優しく撫でだした。
ほんとこいつはいつも明るくて、いつも優しいよな。
こんな華奢な体をしているのに、すごく強いやつだ……。
「なんでグラムが泣いてるのにゃ?」
「うるせー、泣いてねーよ」
普通に返すつもりが、思わず鼻をすすってしまう。
「グラムありがとにゃ。シャルルはグラムからいっぱいもらっているから、幸せにゃよ」
「バカ。俺もお前らにはいっぱいもらっているよ」
「じゃあみんな幸せにゃね」
シャルルを慰めにきたはずの俺は、そのままシャルルの温もりを感じながら心地よい眠りについた。
翌朝ベルにすごい怒られたのは言うまでもない。
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