第83話 異世界武器屋事情
時は流れ、いよいよ始まった訓練に衛士候補生たちが慣れだした頃、フェルメール王女殿下とエヴァルトさんは王都ラトレイアに帰っていった。
あれから毎日エヴァルトさんに訓練をつけてもらった俺は、自分で言うのはなんだけど、ずいぶんと動きが洗練してきたつもりだ。
ただ、最後までエヴァルトさんに、1本も入れることができなかったのが残念である。
そして何より残念なことと言えば、やはりフェルメール王女殿下との別れだ。
川で遊び、一緒にお菓子を作り、プルスに乗って町を駆けまわり、みんな最初に気を使っていたのが嘘のように、毎日笑いながら同じときを過ごした。
特にエレインとはすっかり意気投合したみたいで、お互い涙し抱きあいながら別れを惜しんでいた。
そしてそんな別れからすでに3日がたった頃、俺はひとつの疑問を抱いていた。
「ところでルイーズ。別に帰れと言っている訳じゃないが、いつまでうちにいるんだ?」
当たり前のように、うちのリビングで紅茶を飲みくつろぐ、ルイーズ嬢に俺は問いかけた。
同席しているベルとシャルルも、興味深そうに耳を傾けている。
「あれ、言ってませんでしたか? 来年の8の月まで、こちらでお世話になる予定ですが」
紅茶を置き、何を言ってるんだといった具合に首を傾げるルイーズ嬢。
その隣でシャルルが喉を鳴らし喜んでいる。こいつルイーズ嬢と仲がいいからな。
「完全に初耳だけど……」
しかし俺は寝耳に水である。
ってか来年の8の月って、今が9の月だからほぼ1年じゃないか。
年頃の娘をそんな長い間、同じ歳の男が住む家に送りこむとは、いったい何を考えているんだフィルフォード卿は?
「ああ、そうでした! クロムウェル卿には話していたのですが、すっかりと忘れておりました」
ルイーズ嬢は、思い出したように手を叩くと、ペロリと舌を出した。
すごく可愛い。可愛いけどそれでいいのかルイーズ嬢……。
「フィルフォード卿はどういった意図でそんなことを?」
別に迷惑ではないし本人が納得しているならいいけど、理由が思いつかない。
「もともと、グラム殿の聡明さや強さの秘訣を学ぶため、グラム殿の側で過ごすよう、お父様から言いつかっていたのです」
「でもうちへ来た日は、そんなこと言っていなかったよな? 手紙にも特に書いていなかったし」
俺がそう言うと、ルイーズ嬢は頬を赤らめ逡巡して見せた。
「私も年頃の娘。家族以外の殿方がいる家にやっかいになるには、少し抵抗があったのです。それを察した父は、グラム殿をもう少しよく見た上で、判断をしろと言ってくれたのです」
「なるほど。それで俺は、お眼鏡にかなったってことでいいのかな?」
無言でこくりと頷くルイーズ嬢。
いつも凛々しいルイーズ嬢が、今日はやけに可愛らしく見える。
「こんな色欲魔を信用するとは、ルイーズも見る目がないのお……」
「誰が色欲魔だ、誰が!」
肩をすくめ呆れるベルに、全力で突っこんでみたら――
「た、確かにグラム殿は少しその、す、助平ですが、しかし根は優しく温かい心の持ち主ですので……」
さも当然とルイーズ嬢に肯定されてしまった。
俺そんなに何かしたっけ……。
「グラム安心するにゃ。ベルは焼きもちを焼いてるだけにゃ」
「なっ!」
シャルルの突然の言葉に、紅茶を吹きだしそうになるベル。
「あとルイーズが美人なもんだから、グラムを取られやしないか心配しているのにゃ」
「何をいっているのだこのバカ猫め!」
ベルは動揺してシャルルの口を引っ張っている。そうか、可愛いところがあるじゃないかベル。
「お、お前も何をニヤついておる!」
なんて考えていたら、今度は俺の口を引っ張ってきた。あっちこっちと忙しい奴め。
「グラム、俺にはベルとエレインだけにゃって言ってやるにゃ」
シャルルに言われベルを見つめてみる。
俺の口を引っ張っりながらも、ベルもじっとこちらを見つめている。
――ってそんな恥ずかしいこと言えるか!
「言わんのか!」
いつまでも無言な俺にベルが突っこんできた。
「ひっへほひかったのかひょ!?」
と言うかそもそもこの指を離してくれないと、何も言えんわ。
「ベル殿、安心してください。グラム殿のことは今はなんとも思っておりませんので」
そんなやり取りを見ていたルイーズ嬢が、楽しそうに微笑みながらそう言った。
楽しそうなのは何よりだけど、ルイーズ嬢が1年もうちにいるとなると、砦の築造の旅を共にすることになる。
となると魔物と遭遇する場面もあるわけで、ルイーズ嬢は戦う術を持っているのだろうか?
フィルフォード卿も、俺の強さを学んでこいと言っていたみたいだけど。
「ところでルイーズ。今まで剣を持ったことは?」
「お恥ずかしながら1度もごさいません。」
「魔法や
俺の問いにルイーズ嬢は、申し訳なさそうに首を横に振った。
「いや、気にすることないよ。まだ10歳なんだから普通はそれが当たり前さ」
「そうにゃルイーズ、大丈夫にゃよ」
肉球のついた手でルイーズの頭を撫でるシャルル。気持ち良さそうで少し羨ましい。
「そうだぞルイーズ。今から強くなれば良いではないか。なあグラム?」
「そうだな。じゃあちょっと一緒に出掛けるとするか」
俺はそう言うと紅茶のカップを片付け、皆を連れて家を出た。
「いったいどこに向かっているのですかグラム殿?」
辺りをきょろきょろと見回し、ルイーズ嬢が訊ねる。
「ちょっとエレインの家に用事があってね」
「エレインの家ですか?」
いまだキョトンとした表情のルイーズ嬢。
ルドルフさんの作った武器からルイーズ嬢に合うものを見繕う予定なんだけど、ルイーズ嬢はエレインの家に行くの初めてだからな。
そうこうしているうちに、エレインの家が見えてきた。
「あれ? グラム、みんな今日はどうしたの?」
家の前で掃除をしていたエレインが、俺たちに気づき声をかけてきた。
「グラムがエレインに会いたいって駄々こねるから、やって来たにゃ」
相変わらず適当なことを言うシャルル。
「ほ、本当かグラム?」
「い、いや、今日はちょっと――」
ホウキを両手で掴み嬉しそうに俺を見つめるエレイン。
「あ、ああ。エレイン元気にしているかなって思ってな」
こんな顔されて違うとか言えるかよ!
まったくシャルルの奴め……
「そ、そうか、そうだったんだ……。待ってて、ちょっと着替えてくるね」
エレインはそう言うと、満面の笑みを浮かべ家に入っていった。
まあ、あんなに喜んでくれるのならいいか。
「まったく調子のいい奴め」
「あれは仕方ないだろ! ほら、とりあえず中に入るぞ」
じとっとした目で俺を責めてくるベルを尻目に、俺は鍛冶工房に入り並べられた武器を物色していった。
「おう、グラムじゃねーか。また何か変なもの作らせる気じゃないだろうな?」
ちょうど休憩中のルドルフさんが、俺を見つけ声を掛けてきた。
良かった、どうやら今日はまだ飲んでいないようだ。
「いや、今日は本業のほうに用事があってね。こっちのルイーズに合う武器を、探しに来たんだ」
いつも製粉工場の部品とかお菓子作りの道具とか、そんなのばっかり頼んでいるから、ルドルフさんは俺を見たら少し身構えるのである。
「ルイーズと申します。どうぞ宜しくお願いします」
「おう、好きに見ていってくんな」
ルイーズはそう言うと綺麗な所作で頭を下げた。
なんとも絵になる。この世界に刀と袴があれば、ぜったいにルイーズに合うと思うんだけどなあ。
「私、武器のことは良くわかりませんが、どれもとても美しいですね。特にこの刀身が反りかえった剣は、心を奪われるようです……」
「ほう、なかなかわかっているじゃねーか。そいつは東方の刀って武器を参考に作った物でな――」
「あるのかよ!?」
俺の言葉にびくりと反応するみんな。
いや、俺が一番びっくりしたわ!
東方の刀ってもろジパングじゃないか!
「な、なんでえグラム、藪から棒に」
「いや、なんでもない……。ところで、それ扱うの難しいんじゃないの?」
使ったことがないからわからないけど、なんとなく刀ってテクニカルなイメージがあるんだよな。
「ん、まあ普通の剣と少し使い方が違うが、切れ味は保証するぜ」
そう言ってルドルフさんは、刀を手に取り1太刀2太刀と振りまわして見せた。
「グ、グラム殿! 私これがいいです!」
恋する乙女のような顔で刀を見つめるルイーズ嬢。
端から見たら完全に危ない人だけど、刀に憧れる気持ちは良くわかる。
それに普通の剣よりも軽いだろうし、非力なルイーズ嬢が使うのにちょうどいいかも知れないな。
「ルドルフさん、その刀とちょうどいい感じの剣帯を見繕ってよ」
「あいよ毎度あり。よし、今日はもう店じまいだな」
にこにこ顔で剣帯を見繕うルドルフさん。俺たちが帰ったらぜったいに一杯飲むな……。
「そうだシャルル、お前も何か買っていくか?」
「はにゃ? シャルルは弓があるから平気にゃよ」
「でもお前接近戦じゃ爪を使うだろ? 硬い魔物を相手にしたら折れてしまうかもしれないぞ?」
猫の爪は怪我をしにくいよう、筍の皮みたく外側が剥がれやすくなっているんだけど、シャルルはわかんないしな。
「にゃ! それは困るにゃよ」
「そう言うことだったらいいものがあるぞ」
そう言ってルドルフさんは、バネ仕掛けの手甲鉤を手渡してくれた。
この店なんでもあるんだな!
「魂力を込めると爪が飛びだす仕掛けになっているにゃ。これはいいにゃね」
嬉しそうに爪を出したりしまったりしているシャルル。
「じゃあそれも買っていくか」
「グラムが買ってくれるのかにゃ?」
「ああ、それでシャルルが怪我をしないで済むなら、安いもんだからな」
なんか最近ベルにも似たようなことを言った気がするな。
「ふにゃあ、グラム大好きにゃあ」
「こらやめろ……。ってか、せめて爪をしまってから抱きつけ!」
この後、着替え終わったエレインが来て、なぜか俺も一緒に危ないと怒られるのであった。
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