第82話 女の子は剣よりも強し

「坊ちゃま、紅茶をお持ちしました」

「ありがとう。開いているから入ってきてくれ」


 自室の机に座り、今後の計画を見直しているとエルネがやってきた。


「夜風が気持ちいいですね」


 窓から入る風に髪をなびかせエルネが言った。


「ああ、だいぶ夜も過ごしやすくなってきたな。ところでみんなは?」

「騒ぎ疲れて寝ちゃいました」


 くすくすとエルネが笑う。

 ちなみにみんなと言うのは、フェルメール王女殿下とルイーズ嬢と、うちの女の子軍団のことである。

 フェルメール王女殿下は、同じ年頃の女の子と親しくする機会がほとんどないらしい。

 なので仲良く話すエレインとベルを見て、ぜひ友達になって欲しいと飛びついたのだ。

 エレインとベルは最初気を使っていたみたいだけど、フェルメール王女殿下がころころと良く笑い良く話すもんだから、すぐに仲良くなったみたいだ。

 その様子にルイーズ嬢もどんどんと打ちとけ、いつの間にかエルネとシャルルとアイラも加わり、お菓子と紅茶を片手に恋ばななんて語る、大女子会となり、そのままの勢いでお泊まり会となったのだ。


「フェルメール王女殿下、ずいぶんとエレインのことを気に入ったみたいですよ」

「へえ、何かあったのか?」

「エレインの真っ直ぐな恋心と勇気に、心を打たれたようです」


 紅茶でむせる俺を見てエルネがくすくすと笑う。

 と言うことは、みんなの前で俺の話をしていたのか。

 ――どんな話をしていたんだ?

 もしかしてベルの奴、あの話をしていたりしないよな? 俺がかなり格好をつけたあれを……。


「そう言えばエレイン、とても喜んでましたよ」

「……な、なんのこと?」


 なんだ? どんな恥ずかしい話をしていたのだ?


「坊ちゃまがプレゼントしたアミュレットです」

「ああ、それか。それは何よりだよ」


 蚤の市の露店で買った、紅尖晶石べにせんしょうせきのついたチョーカータイプのアミュレット。

 俺が渡したときも目を潤ませ喜んでくれたからな。


「それでベルの指輪の話にもなって、ルイーズ嬢が怒っていました。なんてグラム殿は女性に節操がないのか! と」


 エルネはルイーズ嬢を真似て、嬉しそうに笑った。


「ちゃ、ちゃんとフォローしてくれたんだよな?」

「ええ、シャルルがちゃんとフォローしていましたよ」

「それはフォローじゃないだろ。嫌な予感しかしないんだけど……」


 明日フェルメール王女殿下とルイーズ嬢に会うのが、少し怖いな……。

 でもまあいいか。エルネがこんなに楽しそうなんだから。


「坊ちゃま、ありがとうございます」

「どうしたんだ、突然?」


 俺をまっすぐに見つめエルネが言った。


「坊ちゃまに会う前の私は、死んでいるように生きていました。何の楽しみも何の希望もない毎日に、ただ耐えながら」

「今はどうだ?」

「今は毎日が楽しいんです。風が気持ちいいことも、誰かと飲む紅茶の味も、すべて書きとめて置きたいくらいに……」


 エルネは両手でカップを持ち、堪能するように紅茶を飲んだ。


「エレインたちには、ハーフエルフのことは話さないのか?」

「……話したいです」


 話したいか。

 みんな気にしないと思うけど、万が一拒絶されたらと思うと怖いよなやっぱり。


「黙っているのは苦しいか?」

「はい、少し」

「隠しているのは騙している訳じゃないからな。あと、何があっても俺はエルネの味方だ。それだけはいつも思っておくように」

「はい、坊ちゃま」


 エルネは眉を開き頭を下げた。


「坊ちゃま、もうひとつお話したいことが」

「別に1つでも2つでもいいが、どうした?」


 俺の問いに逡巡している様子のエルネ。


「いえ、その前に先に謝罪をさせてください。以前、坊ちゃまとダニエラさんが話しているのを、ネッケを使い隠れて聞いていたことがあるのです。申し訳ありませんでした」


 そう言って深く頭を下げるエルネ。

 俺とダニエラ婆さんの話って、どれのことだ?


「その上で申し上げます。どうぞ私の母の探索のことはいったん忘れ、今成すべきことを成してください」


 瞳に決意を宿しエルネは言う。


「知っていたんだな」


 思い返してみれば、あの時ダニエラ婆さん、何か気づいたような視線を俺に向けていたもんな。

 それに、いつの間にエルネとダニエラ婆さんが知り合ったのか気になっていたけど、そう言う訳か。


「申し訳ありません……」

「いやそれはいいんだけど、エルネはいいのか? お母さんのこと」

「もちろん、母が今もどこかで鉱石の像になっているのであれば、取りかえしたいです。しかしそれはあくまで可能性の話です」


 まあ確かにそうだけど、可能性があるのであれば取り返してあげたいんだよな。


「それに、相手はデーモン種を従えている、危険な人物です。坊ちゃまをそんな危険に晒すわけにはいきません」

「確かに今の俺がデーモン種の相手をするのはきついかも知れないが、お金で解決できるかも知れないだろ?」


 実はフランチャイズの契約金で、すでにそれなりのまとまったお金を手に入れている。

 もちろんそれを全て好き勝手使うわけにはいかないけど、フィルフォード卿からいくつか紹介を受けさらに契約金が手に入るし、来月からはフランチャイズ店舗からの収入も見込める予定だ。


「お気持ちは嬉しいのですが、坊ちゃまには他に成さねばならぬこともあるはずです」


 確かにそうなんだよな。

 まずフランチャイズ運営のために、人材育成と農地拡大。

 そのためにはクロムウェル領に、もっと領民を増やさないといけない訳で、更なる町の開発も必要だ。

 そしてフィルフォード卿から頼まれている、6つの領地での砦の築造。

 極めつけは、1年半後に控えるパブリックスクールの1年ミッションだ。


「わかった。その代わりやめる訳じゃなく、先に伸ばしただけだからな。その時に危険だからと止めるなよ」

「はい。私もその時まで、坊ちゃまのお役にたてるよう、もっと力をつけておきます」

「一緒に強くなろうな」


 それから俺はエルネとたわいもない話をし床についた。

 そして翌朝――


「たぁああ!」


 魂力を込めた踏みこみで矢のような勢いをつけながら、俺は木剣を横に薙ぐ。

 しかしエヴァルトさんは、最低限の動きでなんなく後ろにかわす。


 避けられることなんて予測済みだ!


 ――『火弾ファイアボール!』――


 俺は踏みこみながら作っておいた魔方陣を、エヴァルトさんに向け火球を放った。

 重心は後ろにかかっている――これ以上後ろには避けられないはずだ。


「ふんっ!」


 逆袈裟に木剣を振りあげ、火球をかき消すエヴァルトさん。


「今だ!」


 俺は、がら空きになっているエヴァルトさんの胴を目掛け、刺突を放った。

 慌てて叩き落とそうと、木剣を振りおろすエヴァルトさん。

 その剣速は凄まじく、俺の刺突が間に合わないことは明らかだ。

 しかしもらった! なぜならこれはただの刺突じゃないからだ。


 ――『衝撃インパクトLV3!』――


 俺の木剣にエヴァルトさんの木剣が触れる瞬間、俺は『衝撃インパクト』を発動させた。

 木剣など粉々に砕いて、俺の木剣はそのままエヴァルトさんを捉えるはすだ。

 そのつもりだった――


「ふぅ。まさかここまで使えるとはな」


 俺の刺突を余裕の表情で止め、呟くエヴァルトさん。

 なんで『衝撃インパクト』が発動しないんだ?

 いやそもそも、なんで上から木剣を添えられただけで、俺の木剣は動きを封じられているのだ。


「参りました……」


 わからないけど、俺とエヴァルトさんの力の差は歴然である。

 俺の攻撃は全て読まれているかのように、ことごとく空を切ったのだから。


「いや、そんなに悲観するものでもない。まさか俺が力を使わされるとはな」


 エヴァルトさんはそう言うと、いまだ刺突の構えで固まる俺の体を引っ張った。


「わっ、とと――こ、これは!?」


 俺の手から離れた木剣が、不自然に宙に浮いている。

 そしてエヴァルトさんがそれに触れたと思うと、木剣はまるで思い出したかのように地面に落ちた。


「ど、どうなっているのですか?」

「それは秘密だ」


 エヴァルトさんはそう言うと木剣を拾い、俺に投げ渡してくれた。


「しかし君がまだ10歳とは驚きだな。昨日やってきた衛士候補生の誰よりも、君は強いはずだぞ」

「ほ、本当ですか? でも俺の攻撃はぜんぜん当たりませんでした」


 あまりお世辞を言う人には見えないけど、本当だろうか?


「君はなかなか戦闘経験が豊富なようだけど、魔物との戦いが多いのではないかね?」

「はい。訓練では父と打ち合うこともありますが、後はほぼ魔物との戦いですね」

「あいつとの戦いはあまり参考にならないぞ」


 呆れた様子で言いはなつエヴァルトさん。


「そうなのですか?」

「あいつの強さは反則のようなものだからな」


 エヴァルトさんをもってそう言わしめるとは、さすが父さんだな。

 俺は驚きつつも内心誇らしく思った。


「ある程度腕が立つ者とまみえるときは、相手が動いてから状況を判断しているようでは遅すぎるんだ」


 そう言ってその場で、剣を何度か振って見せるエヴァルトさん。


「君なら見えるだろ? 私が剣を振るときの魂力の流れが」

「な、なるほど、そう言うことか!」


 言われて意識してみると確かに良くわかる。

 今までは目を凝らし相手の踏み込む瞬間や、腕の動きを見ていたけど、魂力の流れから動きを先読みするのか。


「ほら、そこだよ。たったこれだけのアドバイスで君はもう理解している。10歳の子供がだ。なんとも頼もしくも末恐ろしくあるよ」


 エヴァルトさんはそう言うと、俺の頭をぽんと撫でてくれた。


「さすがですわグラム様! 剣のことでエヴァルトがここまで褒めるなんて、滅多にありませんのよ」


 少し離れた場所で見ていたフェルメール王女殿下が、両手を合わせたいそう興奮している。


「私が好きになった人だもん当然だよ。な、グラム」


 にこりと微笑みタオルを手渡してくれるエレイン。

 そんなに真っ直ぐ言われると、さすがに俺も照れるんだけど。


「顔が真っ赤ですよグラム殿?」

「またなんぞ嫌らしいことでも考えているのだろ」

「なっ! グラム殿、朝から破廉恥ですよ!」


 ベルの言葉を信じなぜか俺を責めてくるルイーズ嬢。

 やはり昨日の晩シャルルにろくでもないことを吹きこまれたみたいだな。


「剣の腕前は素晴らしいが、女性の扱いはまだまだ子供だなグラム君」


 その様子を見ていたエヴァルトさんが、俺をからかうように言った。


「それがグラムの良いところだよ」


 乙女の顔でそう言うエレイン。そんなエレインを見て、フェルメール王女殿下が黄色い声をあげ喜んでいる。

 俺はそんなやり取りに妙な気恥ずかしさに包まれ、女性の扱いに長けることなんてないだろうなと、ひとり確信するのであった。

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