第79話 クロムウェル領開発計画

 王都ラトレイアからの帰路は、多少の魔物に遭遇したものの大きな問題もなく、順調なものであった。

 エレインにも馬車の御者を任せられる様になり、アイラも少しずつみんなと馴染んできて、夜はベルの簡易シェルターで快適に過ごした。

 そして何度かの夜と朝を迎え、俺たちはクロムウェル領に帰ってきた。


「グラム、少し見ない間に大きくなったな」

「ええ、なんだか前よりもずっと凛々しくなった気がするわ」


 馬車を降りると、父さんと母さんが満面の笑みで出迎えてくれた。

 馬車が帰ってきたことに気がつき、待ちきれずに出てきてくれたのだろう。


「ただいま、父さん母さん。色々とあったけど全部うまくいったよ」


 俺がそう告げると、ふたりはたいそう誇らしげに喜んでくれた。ふたりとも変わらず元気そうで何よりだ。

 そしていくつか報告したいことがあると告げ、俺たちは挨拶もそこそこに家の中へ入っていった。


「ア、アイラと言います」


 俺が経緯を説明すると、アイラは小動物の様に震えながら父さんと母さんに自己紹介をした。

 ベルはそんなアイラを心配そうに見ている。


「そうアイラちゃんと言うのね。今まで大変だったわね」


 母さんはアイラに目線を合わせると、優しく微笑み頭を撫でた。心なしかアイラの緊張が少し和らいだ気がする。


「母君、父君、アイラをこの家に置いてやってもらえないだろうか?」

「ベル、そんな心配しなくても大丈夫だって。ね、父さん母さん」


 俺は不安そうに懇願するベルの背中をポンと叩くと、父さんと母さんに目配せをした。


「そうよベルちゃん。あなたの妹なら私たちの娘じゃない。変なことで心配しないの」

「そうだぞベル。家族にいちいち気を使う必要なんてないんだ」


 父さんと母さんがそう言うと、ベルは涙を溢れさせ母さんに抱きついた。

 隣で父さんが手を広げ待ち構えていたのは、気づかないフリをしておいてあげよう。


「じゃあふたりとも、一緒にお風呂で旅の疲れを癒しに行いくわよ」


 母さんはそう言うと、ベルとアイラの手を引っ張っていった。

 母さん本当はエルネも誘いたいんだろうけど、お風呂に入るとどうしても耳を隠せないから、気を使っているんだろう。エルネのこと、そろそろなんとかしてあげないといけないな。


「さて、グラム。俺たちは仕事の話をするか」


 俺は返事をすると父さんと一緒に執務室に向かった。



「そうか、あのフィルフォード卿がそんなに驚いていたとはな。俺もついて行けば良かったよ」


 父さんは俺の報告を受け、たいそう愉快そうに笑った。

 論客で有名なフィルフォード卿が10歳の我が子に驚愕させられたとあっては、さぞ興味も津々なことだろう。


「俺もぜひ見せてあげたかったけど、今はそんなに笑ってばかりもいられないよ父さん」

「ああ、そうだったな」


 俺の言葉に父さんの表情が真面目なものになった。

 と言うのも、フィルフォード卿から盟主補佐の仕事として、半開戦派の防衛強化を任ぜられたからだ。

 具体的に何をするかと言うと、各領地で砦の築造をすることと、そこに配備する衛士の育成である。

 砦については、ペイル領でいとも簡単に堀を作った話を俺がしたもんだから、それなら適任だなと丸投げされてしまった。

 それだけ俺の力を信じてくれているんだろうけど、俺が10歳だってことを忘れているんじゃないかと思う。

 衛士の育成については父さんの力を見込んでのことで、10日後には120人の候補生がクロムウェル領に送られてくる手はずである。


「本当に衛士の育成以外は、お前に任せてもいいんだな?」

「その代わり俺をサポートするための人員を、何人か雇わせてもらうよ」

「報告さえしてくれたら、あとはお前の思うままにすればいい。ではグラム、頼んだぞ」


 父さんの言葉に自信満々に返事をすると、俺は執務室を後にした。



「さてお前ら、これからしばらく忙しくなるぞ」


 俺は自室に戻り、待機してもらっていたいつものみんなに告げた。


「まずエレイン。親父さんに自動製粉機と砂糖の精製施設をもう1つずつ造ることを伝えて、必要な物と人員を確認してきてくれ」

「わかった、すぐに行ってくるよ」


 エレインは俺に頼られるのが嬉しいのか、笑顔で返事をすると、勢い良く部屋を飛びだしていった。

 その健気さを見て、エルネが優しく微笑んでいる。


「次にガラド。ボルゾ族のバルザーヤさんに、東側の未開発区域まで来る様に、伝えに行ってくれ」

「東側のどの辺りに呼べばいいんだ?」

「来たらすぐわかる様に目印を作っておくよ」

「わかった行ってくるぜ」


 バルザーヤさんには自動製粉機と砂糖の精製施設の増設についてと、サトウキビ畑の拡大について相談をするつもりである。

 フランチャイズが本格始動するとしたら、今のままだと供給が追いつかないからな。


「そしてエルネ。帰ったばかりで申し訳ないが、ローゼンに行って領民募集の宣伝をしてきてくれ」


 俺はそう言ってエルネに、募集要項をまとめたメモを手渡した。


「斡旋所と町の掲示板での募集で、よろしいでしょうか?」

「ああ。あと奴隷狩りの目撃情報について、ギルドで聞いてきてくれるか? 目撃情報だけでいいから、危険なことはぜったいにするなよ」

「かしこまりました」


 こう言っておかないとエルネは結構無茶をするからな。奴隷狩りを見つけたら、勝手に尾行しだすかも知れない。


「次にシャルル。アイラにお菓子作りの基本を教えてやってくれないか?」

「任せるにゃ。メレンゲクッキーとプリンの作り方も教えておくにゃ」


 これからフランチャイズの件で、お菓子作りの研修が必要となる機会が、どんどん増えていく。

 本当ならぜひとも俺がやりたいとこなんだけど、これからのことを考えると、講師をできる人員を増やす必要があるからな。

 シャルルはベルと一緒に何度かお菓子作りを手伝ってくれたことがあるので、基礎的なことなら任せられるはずだ。


「と言う訳でアイラ、シャルルと一緒に頑張ってくれるか」

「うん。あんたには世話になってるからね……。受けた恩義はしっかり返すよ」


 そう言ってアイラは、シャルルと一緒にキッチンへ降りていった。


「心配かベル?」

「いや、シャルルが一緒だから大丈夫だろ。して、我は何をしたらいいのだ?」


 アイラのことを無言で見ていたベルに聞いてみると、微笑みながらそう答えた。


「悪いが、ベルにはかなり頑張ってもらわないといけないぞ」


 衛士の宿舎の建設に、自動製粉機と砂糖精製施設の部品の製造、未開発区域の開墾に居住区の拡大とクロムウェル領だけでも、手伝って欲しいことは山盛りである。


「グラムが人使いが荒いのはいつものことだ」

「ふっ、そうだったな。その代わりって訳じゃないが、いいもんやるよ」


 俺はそう言うとポケットから、藍晶石がついたシンプルなデザインの指輪を取りだした。


「おお、そう言えばすっかり忘れておったわ。いつの間に買ってくれておったのだ」


 ベルは指輪を見るや、両手を合わせたいそう喜んでくれた。


「王都を出た日にな。ほら、受けとれよ」

「なんだその渡しかたは。せっかくだから、もっとムード良く渡さんか」


 そう言うとベルは右手を差しだしてきた。

 指輪をプレゼントするなんて妙に恥ずかしいから、わざと意識しない様にしておいたのに……。

 でもここで断るのもそれはそれで恥ずかしい。


「ほらよ」


 俺はぶっきらぼうに言うと、ベルの手を取り薬指に指輪をはめた。

 実はこの世界でも、薬指にはめる指輪は少し特別な意味を持つ。

 だからと言って、親指小指は違うし、人差し指と中指もイメージしてみると、なんかしっくりこなかったんだよな。

 でも別に、この指輪に特別な思いを込めたつもりは一切ない。あくまでなんとなくだ。

 一応それについて、念を押しておこうと思ったら……


「ふふふふ」


 指輪のはまった指を掲げているベルが、あまりにも幸せそうに笑っているものだからやめておいた。

 これだけ喜んでくれているなら、わざわざ水をさすことはないか。


 そんなベルをしばらく眺めてから、俺たちは東側の未開発区域へ向かうべく部屋を出た。



 家を出ると、門扉の影からこちらを覗く怪しい人物が立っていた。

 と言うか、顔がほぼ出ているから丸わかりなんだけど……。


「ただいまアンナ。そんなところで何してるんだ?」


 呼びかけてみるもアリアンナは返事もせず、じっとこちらを覗いている。

 やっぱり思った通り、かなりご機嫌斜めのようである。


「ずっと放っておいて悪かったよ。色々と仕事が忙しくってな」

「あれは完全に拗ねてしまっておるの」


 どうやらベルの言うとおりである。

 しかしこうなることは予測していたので、俺もそれなりの対策をしているのだ。


「アンナ、実はお前にお土産を買ってきているんだ」


 その言葉に少しずつ門扉から体を出すアリアンナ。そのわかりやすさがとても可愛らしい。


「ちょっと取ってくるから待ってろよ」


 そう言うと俺は蚤の市で買った、陶器のアンティークドールを持ってきた。

 絵画で大金を稼げたから、陶器類は全部お土産で持って帰っていたのだ。


「はい、アンナにお土産だ。最近構ってやれなくてごめんな。でも、お前のこと忘れている訳じゃないから、許してくれよ」


 俺はアンナにお土産を手渡すと、頭を撫で優しく微笑んだ。


「今回だけは許してあげる。けど、アンナすごく寂しがってたんだからね」


 キッと俺を睨みつけてくるアリアンナ。悪いけど可愛くて仕方がない。


「悪かった。俺もアンナに会えなくて寂しかったよ」

「許してあげるけど、これ以上女の人ばっかり連れてきたら、お兄ちゃんのこと嫌いになるからね!」


 アリアンナはそう言うと、お土産の箱を大事そうに抱え走っていった。

 なるほど。怒っていたのは焼きもちもあったわけか。


「なあ、アリアンナの奴、少し変ではなかったか?」

「ん、そうか? 俺のことが大好きすぎて、興奮してたんだろ」

「まったく、お気楽な奴だのお……」


 俺はアリアンナの可愛さの余韻に浸りながら、ベルと一緒に東側の未開発区域へ向かった。

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