第80話 突然の別れ突然の再会
「そう言えばアイラと風呂に入っていたときに気づいたのだが……」
衛士の宿舎を建てながらベルが言う。
試しに指輪の力で建てているんだけど、なかなかいい買い物をしたかも知れない。
「んっ? どうやら切れてしまったようだな」
と言っていたらちょうどガス欠のようだ。
でも、土地をならして更にいくつかの建物を建てることができたんだから、かなりの容量を溜めこんでおけるみたいだ。
「で、アイラがどうしたって?」
俺はベルの指輪に魂力を込めながら聞いた。
「それが、アイラの胸に変な紋様があってな」
その言葉に思いあたることがあり、俺は慌てて服を脱いだ。
「な! こ、こんなところで、いきなり盛りだすな!」
「ちげーよ、これを見せたいだけだ!」
まったく、アイラの胸って単語で発情したと勘違いするとは、なんと失礼な奴だ。
こいつは俺のことをなんと思っているのか、1度問いただす必要があるな。
「見てみろって何もないでは――こ、これだ! そう、この紋様だ!」
ベルは俺の胸にうっすらと見える紋様を指差し言った。
「やっぱりそうか。だからアイラは理性があったのか」
「ひとりで納得するでない! これはいったい何の紋様なのだ?」
「これか? これは魂縛の術って言ってな……」
昔ダニエラ婆さんに教えてもらった魂縛の術について、俺はベルに説明をした。
「なるほど、だからアイラの気配を感じることができなかったのか……」
「アイラが理性を保っていたのも、そのお陰かも知れないな」
「でも魂力を封じられているなんて、アイラは平気なのか? 体に害があったりはせんのか?」
そう言われ、アイラの様子を思い返してみる。
「恐らく問題はないと思うが、知り合いに詳しい人がいるから明日連れていってみるか」
「ああ、頼む」
なるべく早くベルを安心させてあげたいけど、バルザーヤさんと待ちあわせているからな。
特段異常もなさそうだったし、申し訳ないけど明日でも問題ないだろ。
「でも良かったなベル。お前の仲間を元に戻す方法が見つかって」
「そうだな。後は皆を見つけるだけだ。グラム、これからも頼むぞ」
ベルは腰に手をあて胸をはってみせた。うん、やっぱりベルは、これくらい元気でないとな。
そして根本的な解決ではないけど、一時的にでも破壊衝動を抑えこめるのは大きな前進だ。
真の解決方法はその後に考えればいい。
「ああ、任せとけ。みんなうちの領で面倒を見てやるよ」
俺は高らかに宣言し、充填し終えた指輪をベルに返した。
「ん? ほら受けとれよ」
無言で右手を差しだすベル。
「はあ? まさか毎回やれって言うんじゃないだろうな?」
「良くわかっておるではないか」
「お前ふたりっきりだとほんとに甘えん坊だよな……」
「うるさい、
俺はため息をつくと、真っ赤な顔をしたベルの指に指輪をはめた。
翌日、俺はベルとアイラを連れてダニエラ婆さんに会いにきていた。
と言っても先に済ませる用事があるとかで、今はダニエラ婆さんの部屋で帰りを待っているところだ。
ちなみにエレインとシャルルとガラドの3人は今、エルネにこの国の歴史やマナーや算術について学んでいる。
何のためかと言うと、フィルフォード卿から依頼されたもう1つの仕事のためである。
いや、むしろそっちがメインか。なんせその役を任せられるか見定めるために、フィルフォード卿はあんな回りくどいことをしたんだからな。
フィルフォード卿は常々、半開戦派の勢力を拡大し開戦派の力を少しでも削ぎたいと考えている。
そしてその最大のチャンスが、12歳から入学できるパブリックスクールにあると考えているのだ。
パブリックスクールは国の要人となる人材の育成を目的として設立された、王族や有力貴族、豪商の子息など超エリートばかりが集まる学校である。
フィルフォード卿はそこに自分の娘であるルイーズ嬢を送りこみ、コネクションを広げようとしているのだ。
地方の男爵の息子である俺は、実は入学する権利など持っていない。
じゃあなぜフィルフォード卿は俺を試したかと言うと、パブリックスクールには御付きの者を3人連れて行くことができるからだ。
つまりフィルフォード卿は俺にルイーズ嬢を手伝わせようとしており、俺は残りの2枠に仲間の誰かをねじ込みたいと考えているのである。
その話をあいつらにしたときの反応たるや……。
「いきなり笑いだしてどうしたのだグラム? アイラが怯えるではないか」
「なんで怯えるんだよ!」
って怯えてはいないけど、完全に引いているな……。
父さん母さんの血を引いて超絶イケメンなはずなのに、俺のふくみ笑いはなんでいつも引かれるのだ。
「さて待たせたのお」
なんてくだらない話をしていたら、ダニエラ婆さんが腰を叩きながら部屋に戻ってきた。
「いや、たいして待ってないよ。それより婆っちゃん、これラトレイアのお土産の煙草の葉っぱ。もう歳なんだからほどほどにしろよ」
「儂の唯一の楽しみを奪うと言うのか?」
お土産の包みをさっそく開封するダニエラ婆さん。
「アリアンナの成長とか俺の成長とか、そう言うのを楽しみにしろよ」
「そのための薬としてこれを吸っておるのじゃよ」
ダニエラ婆さんはそう言うと、お土産の煙草の葉をパイプに詰め火をつけた。
「ふぅ……。さて今日はどういった用事だったかのお?」
俺はダニエラ婆さんにベルとアイラのことを話した。
「ほお、噂には聞いたことがあったが、そなたらが真紅のコアを持つダンジョンとはのお。なんともめんこい姿じゃて」
ダニエラ婆さんにいきなり覗きこまれ、反射的に体を引くベル。
「そんなに怯えるでない。とって食ったりはせんから安心せえ」
「す、すまない。妙な迫力があってつい――んがっ!」
話してる途中でいきなり口を開かれ、ベルが頓狂な声をあげる。
それが妙につぼにはまり、俺はひとりでくすくす笑っていた。
そして、ベルの体のあちこちを触り確認し終えると、ダニエラ婆さんはアイラのほうに向きなおった。
「ふむ、次はお前さんの番じゃ。アイラと言ったかのぉ? 服を脱いで紋様を見せておくれ」
少しだけ逡巡した後、アイラはゆっくりシャツのボタンを外していく。
「おい! 何をじっと見ておる!」
何気なくボーッと見ていたらベルに目をふさがれてしまった。
アイラは小学生低学年くらいの見た目だから、さすがに俺もなんとも思わないのだが……。
「いや、お前も見ておけグラム」
なんて思っていたら、ダニエラ婆さんから思わぬ声があがった。
「えっ!」
思わずボタンを外す手を止めるアイラ。
「悪いが儂はもうしばらくしたら、長い旅に出んといかん。じゃから、この子らの今の状態を良く見ておくのだ」
「え、婆っちゃんいなくなんの? どれくらい?」
ベルの仲間が見つかったら、婆っちゃんに魂縛の術をかけてもらう気でいたんだけど、それは困ったな。
「アリアンナを連れてあっちこっちと回らんといかんから、数年は帰ってこれんかも知れんのお」
「数年も! ってアリアンナも連れていくの? マリアーニさんやヒュースさんは何も言ってないの?」
1ヶ月2ヶ月の話と思ったら数年って……。
さすがにそれは寂しいと言うかなんと言うか、とにかく突然すぎるだろ。
「幼いアリアンナを連れます様なことは儂もしたくないのじゃが、色々と事情があってのお」
ダニエラ婆さんは、その事情について簡単に説明してくれた。
「……そっか。でも数年って婆っちゃん、ちゃんと帰ってくるよね?」
どうやら連綿の巫女をアリアンナに継ぐために、各地を回らないといけないらしい。
アリアンナがまだ幼いためマリアーニさんも同行するとのことだが、ヒュースさんはこの町で父さんの力になるため、残ることを選んでくれたそうだ。
ヒュースさん、あんなにアリアンナのことが大好きなのにな……。
「縁起でもないことを言うでないわまったく」
そんなこと言ってももうかなり高齢だからな。
殺しても死にそうにないけど、心配なものは心配なんだよ……。
「心配せんでもちゃんと帰ってくるわ。もちろんアリアンナもマリアーニも無事に連れてな」
ダニエラ婆さんはそんな俺の様子を見て、やれやれといった感じで補足してくれた。
「うん……。気をつけてな婆っちゃん」
「まあそう言うことじゃから、グラムも良く見ておくのじゃ。お主も良いな?」
ダニエラ婆さんの問いにアイラはしぶしぶながら頷き、ボタンを外していった。
「ふむ、やはりコアのサイズは姉のベルのものよりも大きいようじゃのお」
ダニエラ婆さんの言うとおり、アイラの首の付け根――鎖骨の間――に埋まっている深紅のコアは、ベルの物よりも1回りほど大きかった。
そして次に目に入るのが、胸にある魂縛の術の紋様。
「なあアイラ。この紋様はどこでつけられたんだ? もしかして、捕らえられたときか?」
「……良く覚えてない。でも、記憶があるのは、あのオークションのテントの中からかな」
少し考えてから、そう答えるアイラ。
「婆っちゃん、やっぱりコアの一部に凶暴化する因子があるってことかな?」
オークションのテントの中から記憶があるってことは、恐らくそれまでは破壊衝動に支配されたままだったんだろう。
つまり、オークションのテントで魂縛の術をかけられ、理性を取りもどした可能性が高いってことだ。
ベルは魂縛の術をかけていなくても理性を保てている。アイラとの違いはダンジョンコアの大きさだけ。
それらをベルから聞いた話と合わせて考えても、ダンジョンコアが原因である可能性が高いよなやっぱり。
「恐らくそうじゃろうのお。しかし、こればかりはどこをどうすれば良いかはわからん」
「だよなあ。ところで魂縛の術のほうはどう?
どこかおかしなところはない?」
俺の言葉にダニエラ婆さんは、紋様のいくつかの場所を指差していった。
「魔方陣は術者の魂力を込めて描くのじゃが、こことここ、それとここだな。魂力に少し淀みがある。グラムこの魔方陣に少しだけ魂力を流してみろ」
「わかった。アイラ、少しだけ苦しいかも知れないから、俺の手を掴んでろ」
俺はアイラに右手を差しだし握らせると、左手で胸の真ん中に触れ、ゆっくりと魂力を流していった。
「くっ! くあぁああぁぁ!」
俺の手を強く握りしめ苦悶の声をあげるアイラ。隣でベルが、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ほれ、ここじゃ。魂力がうまく巡っておらんじゃろ?」
見てみると、さっきダニエラ婆さんが指摘した箇所を通るとき、魂力がつまっている感じがする。
俺はそれを確認すると、すぐに魂力を流すのを止めた。
「はぁはぁ……」
アイラは肩を上下させ息を荒く吐だしている。
「ア、アイラは無事なのか? どうしたら良いのだ?」
アイラの肩をさすりながら、問いかけるベル。
「安心せい儂がちゃんと治してやるて。グラム、今からお前に魂縛の術を教えるから、よく見ておくのじゃぞ」
俺は、アイラに魂縛の術をかけ直す様子を見ながら、ダニエラ婆さんに術についてあれこれと教わった。
それからしばらくして、ダニエラ婆さんたちはクロムウェル領を旅立っていった。
しかし俺には寂しがっている暇はない。
まだまだやらないといけないことが山積みなのだから。
なんて気合いを入れて寂しさをまぎらわそうとした俺であったが、突然の驚くべき来訪者に、寂しいなんて気持ちはすっかりと吹きとばされてしまった。
その来訪者とは……
「お久しぶりですグラム殿。これからしばらくお世話になります」
凛として堂々たる態度の黒髪の少女、ルイーズ・フィルフォード侯爵令嬢と
「グラム様、またお会いできて光栄ですわ。これからしばらくの間よろしくお願いしますね」
凛として堂々たる態度のバターブロンドの髪の少女、フェルメール・イーストレイム・フォン・アイレンベルク王女殿下であった。
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