第78話 いざ我が家へ
「ミスティア大司教は、昨夜にラトレイアを立たれたところです」
朝一番で宿をチェックアウトし朝食を済ませた俺は、アザミニ教の南方本部に来ていた。
一流ホテルのスーパースイートルームに、何日もタダで泊まれたことのお礼をしたかったんだけど、残念だな。
「そうでしたか。もしお見かけすることがありましたら、グラム・クロムウェルが深謝の意を表していたことをお伝えください」
「わかりました。あなたに神の御加護があらんことを」
シワの深い神父さんに頭をさげ、俺はその場を後にした。
シャネルさんって大司教だったんだ……。あんなのでいいのか? と言ったら失礼だけど、教会って懐が深いんだな。
「さて、待ちあわせまでまだだいぶ時間があるけど、どうするかな」
みんなと別行動を取っていた俺は、教会の大時計を振りかえりひとりごちた。
エルネとエレインは服を買いにいくと、ふたりで出かけていった。
恐らく昨夜の報告なんかもしているのだろう。何と言われているのか少し気になる……。
他の4人は今日まで開催中の3番区の蚤の市に行くと言っていた。
屋台を食べ歩くみんなの姿が目に浮かぶ様だ。
「そうだ。藍晶石の指輪を買いにいかないとだった」
あの日はアイラのことで、それどころじゃなかったからな。
俺は騙し絵親父が今日も露店を出していることを祈りつつ、蚤の市の会場へ向かった。
「はにゃ、グラムにゃ!」
今日も大勢の人で賑わう公園通りを歩いていると、魚の串焼きを頬張っているシャルルに遭遇した。
「あれ? お前ひとりか?」
「屋台を覗いているうちにはぐれてしまったにゃ。でもグラムに会えたからちょうど良かったにゃ」
シャルルは魚の串焼きを食べきりゴミ箱に串を捨てると、満面の笑みで俺の腕にしがみついてきた。
「だからそんなにくっつくんじゃねーよ!」
「なんでにゃ? シャルルはグラムとくっつきたいにゃ」
腕にしがみついたままキョトンとして見せるシャルル。
こんなところをエレインに見られたら、ぜったい怒られる……。
って別に付き合っている訳じゃないからいいのか? でも悲しませるのは嫌だな。
「難しい顔してどうしたにゃ?」
「ええい、とりあえず離れろ!」
そんな俺の気持ちも知らず腕に胸を押しつけてくるシャルルを、俺は少し惜しみながら引きはがした。
それからシャルルとしばらく歩いていると、一昨日と同じ場所に藍晶石の露店を発見した。
「なんだ坊主、今日は違う女を連れているのか?」
早速と露店に近づくと、開口一番、騙し絵親父がにやけ顔でちゃかしてきた。
「ふにゃ! どこの女と一緒にいたのにゃ!?」
「ベルのことだよ! ってかどういう立場だよお前!」
「ちょっと言ってみたかっただけにゃ」
そう言ってシャルルは露店に並ぶ装飾品を眺めだした。
相変わらずマイペースな奴だな。まあ退屈しないでいいけど。
「ところで今日はどうした坊主? また指でも咥えて眺めにきたのか?」
そして相変わらず、やたらと煽ってくる騙し絵親父。もしかしてこれは多分あれか?
「おっさん、もしかして彼女も奥さんもいないんだろ?」
「そそそ、そんなんいるに決まってるだろ。な、何言ってんだ糞ガキが!」
この反応やはり図星である。なるほどだからやたら絡んできたのか。
「グラム、可哀想な人に可哀想なこと言ったらダメにゃ」
そんな俺たちのやり取りを見ていたシャルルが、にやにやしながら腕を組んできた。
さすがシャルル、わかってらっしゃる。
俺はとりあえずそのままにして、露店に並ぶ装飾品を物色していった。
「何か買っていくのかにゃ?」
「ああ。この藍晶石ってのが魂力を溜めておくことができてな。ベルにちょうどいいだろ?」
「なら、エレインにも何か買ってあげるといいにゃ」
「ん? エレインはあまり魂力の心配はないだろ」
俺の言葉にシャルルは、やれやれといった風にため息をついた。
「理由があったとしてもベルだけに買って行くと、エレインが寂しがるのにゃ」
「そ、そうか。確かにそうだよな」
こいつ普段はおちゃらけている癖に、本当に周りを良く見ているな。
俺はシャルルと会えたことを感謝しながら、藍晶石の指輪と、別の石がついたアミュレットを買って店を後にした。
「そう言えば、シャルルにも何か買ってやれば良かったな」
店を離れてしばらくしたところで、ふと思いつく。
「シャルルに買うとエルネにも必要になるにゃ。そうするとアイラにも買わないと、仲間外れで可哀想にゃよ」
相変わらず鋭い指摘をするシャルル。
ガラドが入っていないのは、きっと宝石屋だったからだよな?
「そうなるとさすがに、高くつきすぎてしまうなー。いや、別に宝石じゃなくてももっと手軽なものを……」
「シャルルはもう、グラムからいっぱい貰っているから平気にゃよ」
「ん? なんかあげたっけ?」
「秘密にゃよ。あ、ベルを見つけたにゃ!」
そう言うとシャルルは「
「にゃあー!」
「ふわあ! いきなりびっくりするではないか! と言うかどこに行っていたのだ、心配したのだぞまったく……」
ここまで声が届くほど驚きの声をあげるベル。シャルルはそんなベルに抱きつき、額を擦りつけている。
いっぱい貰ったか……。住む場所とか仕事のことなら、秘密にすることないよな?
まあ、考えてもわからないしいいか。
それから俺たちは5人で蚤の市を見てまわり、待ち合わせの場所へと向かった。
「色々とあったけど、楽しかったなー」
帰りの馬車に揺られ、エレインが感慨深そうに呟いた。その言葉にここ数日のできごとを振りかえり、みんな楽しそうに話している。
「そうだ、お前らに渡すものがあるんだった」
そんな様子をなんとなしに見ていた俺はふと思いだし、アイラ以外のみんなに1万ゴルドずつ配った。
「なんだこれ?」
受け取ったものの意味がわからないといった様子のガラド。周りのみんなも同じような反応をしている。
「今回の旅に同行してもらった給金だ。あとでエルネの分も渡すよ」
俺はネッケの糸ごしに、御者台に座るエルネにも伝えた。
「はぁ? そんなんいらねーよ!」
「そうだよ、私はグラムについて行きたかっただけだし」
「シャルルもいらないにゃ」
「ああ、こんなものは受けとれないぞグラム」
「坊ちゃま、給金なら旦那様にいただいておりますので結構です」
俺の言葉に、手にしたお金をつき返そうとしてくるみんなと、当たり前のように受取りを拒否するエルネ。
みんなの言葉は嬉しくもあるけど、俺もちゃんと考えがあって言っているのだ。
「俺がどういった存在かお前らに言ったよな?」
いきなりの質問にみんなキョトンとしている。
「俺はこの世界を救うため、いずれ来る邪悪なる者と戦うつもりだ。しかしそれには大きな力がいる。俺自身の力と組織としての力が。だから俺はこれからどんどん仲間を作っていくつもりだ」
「私も、私も戦うよ! だから仲間に入れてくれグラム!」
なんの
「きゃっ!」
「いきなり馬車の中で立ち上がるからだ。ってか、俺はもう仲間のつもりだぞエレイン」
馬車の揺れにバランスを崩したエレインを抱きとめると、エレインは可愛らしく頬を染めた。
「う、うん。ありがとグラム」
なんだかつき刺さる視線をガラドから感じて少し気まずい。
「他のみんなも俺はすでに仲間だと思っている。だから給金を渡したんだ」
「仲間ならなおさら受け取れねえよ」
いまだ納得できない様子でガラドが言う。他のみんなも同じ意見の様だ。
「いや、俺はこれから俺について来てくれと言っているんだ。ならお前ら将来仕事はどうするんだ? 綺麗事だけじゃ飯は食えないぞ」
「た、確かにそうだな……」
どうやらガラドは納得してくれた様だな。
「なるほど、つまり我らはお前に雇われる訳だな」
「まあ便宜上そうなるわな」
「私はお姉ちゃんと一緒ならなんでもいいよ」
得心がいった様子のベルと、そんなベルにべったりなアイラ。
「仕方ないにゃ。シャルルも力を貸してやるにゃ。その代わりシャルルをグラム傭兵団の10人長にするのにゃ!」
「まだ10人いないけどな。ってかなんだよグラム傭兵団って」
「いえ、みんなの意思を統一するのであれば名前は重要ですよ」
相変わらずおバカなことを言い出すシャルルに、エルネが冷静にツッコミを入れる。
「と言うことは、エルネも了承したってことでいいんだよな?」
「ええ、私は坊ちゃまの側近ですからね」
そうだった、俺との誓いがエルネの存在意義だもんな。
「何それ? 私もグラムの側近になりたい!」
「いくらエレインでもこればかりは譲れません」
「エ、エルネさんの意地悪!」
エレインの抗議にエルネはふふふと嬉しそうに笑った。
なんだこのやり取り、にやにやしそうになるんだけど。ちょっとガラドの視線が気になるが。
「エレイン、お前少し変わったんじゃないか? 何かあったのか?」
そんなエレインを見て、不思議そうにベルが聞いた。
するとエレインはとてもいい笑顔を見せ……
「うん、グラムに告白してフラれたんだ」
突然爆弾を投下した。
「ふ、フラれただって? エ、エレイン、お前グラムに告白したのか!?」
「にゃ! なんでエレインをフったのにゃ!?」
エレインに詰めより慌てふためくベルと、俺を非難してくるシャルル。
ガラドは馬車の隅で口を開けたまま放心してしまっているし、ネッケの糸からはエルネの笑い声が聞こえてくる。
俺はそんな様子に、この先このメンバーで大丈夫だろうかと、微かな不安に包まれるのであった。
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