第77話 告白
「わあ……。花が月明かりに照らされているよグラム」
花壇に囲まれた公園通りで、エレインは振りかえり笑顔を見せた。
月明かりに照らされた白い花と、月明かりを透かした白いシャツワンピース姿のエレインが、周りの時間を止めてしまったかの様に輝いて見える。
「ああ、綺麗だな……」
俺はそんな綺麗なエレインを見ながら、少しの恐怖を感じていた。
俺の脳裏にエレインの俯いた顔が焼きついていたからだ。
エレインは今どういった感情を抱いているのだろうか。
なんであんな表情をしながらも、俺の手を引っぱってくれたのだろうか?
「グラム見てみて! 噴水があるよ」
噴水は魔石ライトで下から照らされ、蚤の市のときに見たものと様相を異にしていた。
エレインはそんな噴水のヘリに裸足であがると、俺の目を見つめた。
「さっきはごめんね……。ちょっとびっくりしちゃって」
「いやいいんだ。誰でもあんなこといきなり言われたら混乱するよ」
「うん……」
いつも一緒にいた人物の中に全然知らない誰かが入ってなりすましていたなんて、そう簡単に受け入れられるものじゃない。そんなホラー映画みたいな話、10歳の子からしたらその不気味さに恐怖を感じてもおかしくない。
「エレイン、無理しなくていいんだぞ」
「え……?」
エレインはキョトンとしている。この反応、やはり無理をしているのだろうな。
「俺のこと気持ち悪いだろ? なるべく近づかない様にするから、気にしないでいいよ……」
自分で言いつつ心が苦しくなる。でも拒絶されるよりそっちのほうがまだ耐えられる。
「違う! そんなこと思っている訳ないだろ!」
顔を真っ赤にし声を荒げるエレイン。
「でも、ちょっと怯えていたろ?」
「怯えてなんかない! あれは違うの。あれは混乱してわからなくなって……」
良かった、怯えていた訳じゃないんだ。それを聞けただけで救われた気がする。
でもわからないって何のことだ? 俺とどう接したらいいかってことだろうか?
「俺が本当はお前よりずっと年上だからか?」
「違う! いや、ちょっとそれもあるかも知れない……。でもわからなかったけどわかったんだ」
「良かったら教えてくれないか? 何がわかったか」
「……うん、いいよ。あのね」
エレインはゴクリとツバを飲みこみ、真っ直ぐ俺を見つめ、続けた。
「私、グラムが好きなんだ」
「えっ……? す、好き?」
「うん大好き……」
エレインは月明かりにの下で頬を赤らめている……。
この反応は本当っぽいけど、え? まじで?
「だからグラムが違う人だって聞いたとき、すごく混乱したんだ。あれ? 私が好きな人は偽物なの? って」
「……そ、そうだったのか。怖がらせてすまん」
「ううん、大丈夫。ほら、ガラドも言ってただろ?」
「昔の記憶はって話か?」
「うん。私も良く考えてみたら一緒だった。もちろん悲しいよ。だって幼なじみが死んでいたんだもん。グラム苦しかったのかなって思ったら、涙が出そうになった」
あのとき俯いていたのはそういうことだったのか。
「でも、そんな私を見たらグラムが悲しむって気づいたんだ」
「エレイン……」
「それからよく考えたんだ。私の気持ちについて。……グラムこっちを見て」
俺は言われるままにエレインを見つめる。
「私がダンジョンで魔物に襲われたときグラム助けてくれただろ?」
「あ、ああ」
「あのとき初めてグラムのことを意識したんだ。それから剣を教えてもらうときも、ずっとカッコいいなって思ってた」
そう言えばあのときから、たまにエレインの態度が少し変だった……。あれは恋心だったのか。
「でもさ、私こんなだろ?」
エレインは頬をかいて言いづらそうにそう言った。
「こんなって?」
「ほら男の子みたいじゃん」
「どこがだよ? エレインは――」
「待って。ごめん、先に私に話させて」
「あ、ああ。すまん」
いやどこからどう見ても美少女だろ。
確かに以前はかなりボーイッシュだったけど、それでもよく見たらすげー可愛いし。
「でさ、エルネさんに相談したら可愛い服を着てみたらどうかって言われてさ」
「だからローゼンで服を買ったのか」
急にエルネと仲良くなったと思っていたけど、そういうことだったのか。
「そう、そのローゼンでさ、グラムまた私を助けてくれただろ?」
「助けた? 何かあったか?」
「ほら、町の女の子たちに悪口言われたときにさ、追いかけてきてくれたじゃん」
「あれは助けたって言うか、思ったことを言っただけだが……」
それもかなり訳のわからなことを言ってた気がするし。
「ううん、私はあの言葉で救われたんだ。実はこの褐色の肌、ちょっとコンプレックスだったんだ。それに傷もできちゃったしさ。だからグラムの言葉がすごく嬉しかった……」
「言っとくけどあれはお世辞じゃないからな。俺の本心だ」
「……もう。そんなこと言われたらドキッとしちゃうじゃんか」
いや俺のほうがドキッとしたんだけど!
お前10歳のくせになんでそんな色っぽい顔できるんだよ!
美少女が手を後ろで組んで、もじもじするとか反則だろ……。
「とにかく、そこからさらに私の気持ちは止まらなくなったんだ。でね、さっきわかったっていっただろ?」
「……うん」
やばい恥ずかしくてエレインを直視できなくなってきた……。
「私の好きになったグラムは偽物なのかなって心配したけど、違ったよ」
そんなオレの顔を両手でつかむエレイン。
そしてエレインはさらに言葉を続け……
「私は今のグラムが好き。大好きだよグラム……」
そっとオレに口づけた。
マシュマロの様に柔らかな感触が、俺の唇を包みこむ……。
「ふふ、グラムでも隙ができるんだな」
そして唇を離し妖しく見つめたと思うと、エレインはいたずらっ子の様に笑いそう言った。
つい最近もこんなことがあった気がする。
ってか、こんな可愛い子にあんなこと言われたら、誰でも隙ができるだろ……。
「えっと……」
なんと言ったものかと、もごもごと口ごもる俺
「ごめんね。ベルから聞いて私もやりたくなったんだ」
「聞いたって?」
「キスのこと。なんだかベルの様子が怪しかったから問いつめたの。ふふふ」
女の子ってやっぱり敏感なんだな……。と言うか、俺の知らないところでそんな話をしていたのか。
「エレイン、ありがとな」
「別にお礼を言われることじゃないよ」
「本当の俺を受け入れてくれたことな」
色々とびっくりしたけど、受けいれてもらえて本当に良かった。
「ああ、そっちのことか」
なんだといった顔をするエレイン。
大丈夫、女心がわからない俺でも、その顔の意味はちゃんとわかっているさ。
「もう1つのほうだけどな」
「う、うん……」
俺の言葉にエレインは、緊張した面持ちを見せる。
こんなちっちゃなエレインが勇気を出してくれたんだ。
俺はそんなエレインの誠意にちゃんと答えないといけない。
「ごめんエレイン。お前のこと可愛いと思うし時おり大人びて見えるけど、やっぱり今は好きとかそういう風には見れないんだ」
こっちの世界の子供はみんな成長が少し早いみたいだけど、それでも子供はやはり子供だ。
たまにドキッとするときがあっても、恋愛対象には考えられない。
「……そっか、そうだよね。グラム本当は25歳だもんね」
目を伏せ呟くエレイン。
「見た目はこんなんだけどな」
そんなエレインに、俺は両手を広げおどけて見せた。
「でも大人びて見えるときもあるんだ……。私のこと可愛いって思うってのはほんと?」
再び俺を見つめエレインが聞いてきた。
どうやら、あまり傷ついてなさそうだな。
これなら、今まで通りの関係を続けられるだろ。
「ああ、エレインは将来ぜったい素敵な女性になると思うぞ。俺が保証する」
「そっか……。決めた! 私グラムに好きになってもらえる様に頑張る!」
なんて考えていたら、エレインが両手を握りしめ宣言した。
えっとつまり、どういうことだ……?
「シャルル言ってたじゃん。グラムがたまに私の胸を見ているって」
「いや! それはだな……」
俺が要領を得ていないことに気がついたのか、エレインは補足説明をしてくれた。
のはありがたいんだけど、その話は掘りかえさないで欲しい……。
「ほら、私10歳だけどけっこう胸あるんだぞ」
「や、やめい!」
服の上から胸を寄せて見せるエレイン。
確かにそこそこあるなって思ったけど……。
「それにうちのお母さんすごく大きいから、私ももっと大きくなるよきっと」
「ほ、ほう……」
何がほうだ!
「だから好きなままでもいい? 迷惑かな……?」
「め、迷惑なんかじゃないさ」
服をつかみ上目遣いで見てくるエレインに、つい流されてしまう俺。
まさかこれもエルネに教わったんじゃないだろうな?
「よし、見てろよグラム。グラムのためにもいい女になるからな私」
「お、お手柔らかにお願いします」
そう言ったエレインの顔は、昨日よりもずっと大人びて見えた。
こんな俺をここまで思ってくれるのはすごく嬉しいけど、こいつ本当にすぐ綺麗になりそうだから少し怖いな。
あ、そうだ。あれだけはちゃんと伝えておかないと。
「エレイン、1つだけ言っておくけど」
「ん? なんだ?」
すっかり元気っ子に戻ったエレインが、月明かりを受け問いかえす。
「お前、褐色の肌も傷のこともぜんぜん気にしなくていいからな。お前はそのままでも、そこらの奴よりずっと可愛いよ」
俺がエレインを見つめそう言うと、
「……バカ。そう言うことは、好きになってから言ってよ……」
エレインは頬を赤らめもじもじと顔を俯けた。
うん、これは好きになる日も遠くないかも知れないな……。
月明かりに照らされたエレインは、そう思うくらいにとても妖艶で魅力的だった。
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