第76話 ダンジョン娘の歓迎会

 フィルフォード卿から反開戦派の盟主補佐に任命されてからしばらくして、俺たちは2台の馬車に別れホテルを目指していた。

 思いのほか話しこんでしまい、空は夕焼けに染まっている。


「どうだ? どこもおかしなところはないか?」


 向かいに座る妹の顔を、心配そうに覗きこみベルが言った。


「大丈夫だってお姉ちゃん。心配しすぎだよ」


 胸元まで伸ばしたカントリースタイルのツインテール――耳の下辺りで結んだ――が特長的な憤怒のダンジョン娘が、ベルから逃れながら返す。

 実はこのやり取りは、すでに3回目である。でも、ずっと心配していたからなベルの奴……。


「ベル、本当に良かったな」

「ああ。ありがとうグラム。お前を信じて本当に良かった……」


 隣に座るベルが俺を見つめ、幸せそうに顔をほころばせる。

 そんなベルの顔を見て俺も喜びを噛みしめていたら、ふと鋭い視線を感じた。


「お姉ちゃん誰こいつ? って言うかベルって何?」


 憤怒のダンジョン娘が、不快をあらわにベルに言う。明らかに警戒されているな……。


「強欲の奴に襲われているところを助けてくれたグラムだ。その他にもグラムには色々と世話になっている。ベルと言う名も、こやつがつけてくれたのだぞ」


 なんとも優しい顔で説明するベル。出会った頃もエレインとガラドを守ってくれていたし、シャルルがひとりで眠れないときも側にいてやってたし、ベルって実はかなり面倒見がいいんだよな。

 だからこの子がベルを慕うのも良くわかる。


「何それ? 意味わかんない」


 でも当の本人は少しご機嫌ナナメの様である。自分の知らない奴がお姉ちゃんと仲良くしているから、何となく気にくわないのだろうか。


「おかしな名前かのお? 我は結構気に入っているのだが……」


 先ほどの妹ちゃんのセリフを、自分の名前について言われていると勘違いし、しょんぼりするベル。


「ち、違うよお姉ちゃん! うん、とっても素敵な名前だね」

「やはりそう思うか! この名はとても力を持った者に与えられる名前なのだぞ」

「そ、そうなんだ。お姉ちゃんにぴったりだね」


 ツインテールを揺らし慌てた様子でフォローする妹ちゃん。ベルのことが大好きなんだな。


「そうだ! お前もグラムに名前をつけてもらったらどうだ? なあグラム、何か良い名は思いつかんか?」

「いや、私は別に名前なんかなくっても――」

「嫌か……? 我は憤怒のことを名前で呼んでみたいのだが……」

「全然嫌じゃないし! ほ、ほら早くつけなさいよあんた!」


 うん。妹ちゃんの性格が何となくわかってきたな。

 少し生意気な感じもするけど、悪い奴ではなさそうだ。


「それならアイラってのはどうだ? 憤怒のことを『ira』って言うんだけど、イーラよりアイラのほうが女の子っぽくて可愛いだろ?」


 実はベルに姉妹がいると打ち明けられてから、いつ再会してもいい様にこっそり考えていたのである。


「ほう、アイラか。可愛らしい憤怒にぴったりな名前だな! どうだアイラも気に入ったであろう?」


 両手を叩き満面の笑みを見せるベル。


「アイラ……。ふーん、悪くないんじゃない?」

「なら決定だな。良かったのおアイラ」


 素っ気ない素振りを見せつつひっそり口角をあげているアイラ。気に入ってもらえたようで何よりだ。


 それからしばらくして馬車は宿に着いた。


「にゃあ、なんだかすごく疲れた1日だったにゃ」

「ほんと、あれなら魔物と戦っているほうがまだいいぜ」


 馬車を降りるなり大きな伸びをするシャルルとガラド。


「坊ちゃまこの後のご予定は?」

「そうだなあ、とりあえず部屋に荷物を置いてから、ベルとアイラの再開を祝して、おいしいご飯でも食べに行くか」


 俺の言葉に喜色を浮かべる一同。


「アイラと言うのは、ベルの妹の名前ですか?」

「ああ、さっき馬車の中で決めたんだ」

「そうですか。私の名前はエルネ。これからよろしくお願いしますねアイラ」


 アイラの目線に合わせにこりと微笑むエルネ。それにならって他のみんなも、アイラに自己紹介をしていく。


「う、うん。よろしく……」


 肝心のアイラはいきなり大勢に囲まれ少し怖じ気づいてしまったようで、ベルの後ろに隠れてしまった。

 小動物が小動物の後ろに隠れるとはなんと可愛らしい。


「ほら、エレイン。今日のことが終わったら頑張るって決めてたのでしょ?」

「う、うん……」


 さてどこに食べに行くかなと考えていたら、エレインがおずおずとした調子でエルネに押されやってきた。


「どうしたエレイン?」

「あ、後で、ご飯を食べた後少しいいかな? その、話したいことがあるんだ……」


 改まってなんだろうか?

 と言うか、俺もこいつらに話さないといけないんだったな。俺の正体について。


「ああ、じゃあお前も行きたいって言ってた、公園通りに後で一緒に行ってみるか?」

「う、うん。約束だからな」


 エレインはそう言うと、先を歩くガラドたちのほうへ駆けていった。



「じゃあ、アイラの無事とこれからの素晴らしい日々に乾杯!」

「かんぱーい!」


 ラトレイアで評判のとあるレストランの個室に、みんなの歓呼の声が響きわたる。


「おい、このステーキすっごくうまいぞ!」


 待ってましたとばかりに、料理に食らいつくガラド。


「アイラ何が食べたい? 我が取りわけてあげるぞ」

「えっとえっと、そのサラダとドリアとハンバーグとぉ……」


 妹が可愛くて仕方ない様子のベルと、テーブルの上に並ぶ多彩な料理に興奮ぎみのアイラ。


「シャルルはその魚を食べたいにゃあ」

「お前は自分でとらんか!」


 そしてその中にごく自然と入りこんでいるシャルル。こいつはほんとに憎めない奴だ。


「エルネさんこっちも飲んでみて。すっごくおいしいから」


 エルネとエレインは、互いの果実ジュースを交換しあい何やら楽しそうに話している。

 いったいどうなることかと思ったけど、すべてうまくいって本当に良かった。

 いらぬ肩書き――盟主補佐――がついてしまったけどな。

 まあそれはそれとして、俺も楽しむとするか。


「ほら、シャルル魚取ってやったぞ」

「ふにゃ、さすがグラム優しいにゃ。お礼にあーんってしてあげるにゃ。あーん……」

「お前が食べるほうかよ!」


 そんな騒がしくも楽しい宴を、俺たちは存分に堪能した。


「さて、お腹もふくれたところで、お前たちに大事な話がある」


 改まった俺の様子を見て、アイラ以外のみんなが真面目な顔で俺に注目する。


「アイラも聞いていて良いのか?」

「ああ、これからのことを考えると、聞いておいてもらったほうが都合がいいだろう」


 ベルの問いに即答する。

 怠惰と邪淫のダンジョン娘を探索するなら、これから行動を共にすることも増えるだろうし、ベルの妹なら心配もないだろう。


「お前らの良く知る通り、俺は他の10歳児とは明らかに違う。今からそれについて本当のことを話すよ。たぶん、かなり驚くと思うけど……」


 そして俺はみんなに俺が異世界人であることを話した。


「……つまり、グラムはグラムじゃないってこと?」


 沈痛な面持ちでエレインが問いかける。


「元々のグラムは3歳の頃に川で溺れて死んでしまった」


 その答えに場が静まる。やっぱり子供には少し酷な話だったか?


「結局グラムはグラムなんだろ?」


 するとガラドが突然訳のわからないことを言いだした。


「いやだから、グラムではあるんだけど本当は違うと言うか――」

「でも俺3歳以前の記憶なんてほとんどないぞ。グラムとエレインとは昔からずっと一緒だったけど、記憶にあるのは5歳くらいからだし」


 意味が伝わっていなかったのかとおもったけど、なるほど確かにその通りだな。


「シャルルもグラムと会ったのは最近にゃ。だからシャルルには今のグラムがグラムにゃよ」


 そう言って俺の頭を肉球でポンポンするシャルル。


「確かに俺たちの知っているもうひとりのグラムが死んでいたなんて悲しいさ。でも今のグラムも俺にとっては、親友のつもりだぜ。あれ? グラムって呼んでいいのか?」

「ああ、今まで通りに接しくれたら助かる。俺もお前のこと親友と思っているよガラド」


 そう答えたとき、俺はガラドの目が少し潤んでいることに気がついた。俺に気取られない様に普通にしてくれているんだな。ほんと、いい奴だよお前は。


「しかし神様って本当にいるのにゃね。にゃ! もしかしてシャルルの悪行は、今まで見られていたのかにゃ!?」

「悪行って今まで何をしてきたんだよ!」


 俺のツッコミに顔をそらし誤魔化すシャルル。こいつも俺が気にしない様、わざとおどけてくれているのだ。

 しかし無言で俯くエレインが気になる俺は、ふたりのそんな優しさを素直に喜べないでいた。



 それから俺たちは店を出た。

 みんなエレインの様子がおかしいことに気がついているものの、何も言えずに宿を目指し歩いている。

 そして何と声をかけようかと考えながら、最後尾を歩いていると、突然エレインが足を止め俺を路地裏に引っ張った。


「エレイン……?」


 エレインは俺と目を合わせようともしない。

 やはり俺を許せないのだろうか……。

 そんなことを考えていたら、エレインがもごもごと独り言のように呟いた。


「公園通り……、連れていってくれるんだろ?」

「あ、ああ。もちろん」


 俺はエレインと手を繋いだまま、月明かりに照らされた路地を、公園通りを目指し歩いた。

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