第74話 答え合わせ

 俺たちはフィルフォード家のバトラーに案内を受け、応接室で部屋の主を待っていた。

 俺だけソファに腰かけ、他のみんなはその後ろに立っているんだけど、エルネを除いてひどく緊張しているようである。

 そりゃ、お城のような外観ですでにビビりまくっていたのに、廊下に掛けられていた絵画も部屋にある調度品も家具も、すべてが一級品となれば、縮こまってしまうのも無理はない。

 そんな緊張感に包まれた空気のなか、突如部屋の扉が開け放たれた。

 席を立ち振りかえると、真っ黒のオールバックに顎ヒゲを生やした壮齢にして壮麗の紳士、ヘイブン・フィルフォード侯爵が部屋に入ってきた。


「すまない。待たせたかね?」


 フィルフォード卿はそう言うと、俺の向かいのソファに座った。

 同性にこう言うのもなんだけど何とも色気の漂う男性である。


「とんでもありません。素晴らしい調度品に目を奪われ、堪能していたところです」

「そうか、それは良かった」

「フィルフォード卿、本日はお時間を作っていただき、まことにありがとうございます。クロムウェル家当主フラックが嫡男、グラム・クロムウェルと申します。お会いできて光栄です」


 俺は胸に手を当て頭をさげると、簡単にエルネたちの紹介を済ませた。女子たちがエルネをまねてスカートの端をつまみお辞儀をするなか、ガラドがあたふたしていたのがちょっと面白かった。


「当家の当主ヘイブン・フィルフォードだ。グラム殿、私も君に会いたかったよ。さあ掛けてくれたまえ」


 俺は言われるままに腰をおろし集中すると、フィルフォード卿の次の言葉を待った。


「私は無駄なことは嫌いなたちでね。率直に聞くよ。なぜ私と判断したんだい?」


 フィルフォード卿は、俺を見定める様な鋭い視線で問いかけてきた。

 無駄なことが嫌いか。会うに値しない存在であれば、会うつもりもなかった今回の取引の条件。確かにその通りだな。

 しかし、俺の値踏みをしたいのなら覚悟するがいい。俺が予想の範疇に収まるだけの男じゃないってとこを見せてやる。


「まず初めに、私の計画は実行するに辺り、その場所を問わないという訳ではありません」


 俺は事前に考えておいた台本を読む様に、静かに語りだした。


「商売をするのだから当たり前の話だな」

「ええ。その上でクロムウェル領からの交通を加味しますと、自然とローゼンかラトレイアの2つに絞られます」


 ここまでは誰でも思いつくごく当たり前の話だ。

 父さんがその2つの町に出かけていたことを知らなかったとしても、俺は同じ答えを出しただろう。

 なので、フィルフォード卿が聞きたいのは、ここからの話である。


「では、なぜ君はラトレイアを選んだのだね?」

「それはローゼンが商業特区で、商人ギルドが管理しているからです」

「それは、商売をしたい君にとっては、気を使う必要のない都合のいい相手に思えるが?」


 フィルフォード卿は澄ました顔で俺に言った。わかっている癖にとぼけたことを……。


「父が取引を持ちかけた相手が商人ギルドの誰かだとしたら、その相手はこんな条件など出さずに、二つ返事をしたでしょう」

「たいした自信だね」

「純度の高い小麦粉と砂糖の製造方法が含まれた話となれば、言うまでもないことかと」

「確かにそうだ。これは失礼した」


 芝居がかった素振りを見せるフィルフォード卿。生徒が持ってきた答案用紙の答え合わせでもしている気分なのだろう。


「これは裏返して言えば、商人ギルドが飛びつきたくなる様な、とてもおいしい取引きだと言うことです」

「どんなバカが取り扱おうが、多額の利益を得ることができる代物だからね」

「それだけではありません。砂糖や高純度の小麦粉は、王室への献上の品としても使われています」


 現在は、開戦派である大臣の息のかかった貴族たちがその役割を担っている。はっきり言って俺の砂糖や小麦粉は、今流通しているものの比じゃないほど高品質である。


「得るのはお金だけではない。と言いたいんだね」


 俺はフィルフォード卿の問いに首肯した。


「つまり私たちと取引きをする相手は、アイレンベルク国内で強い力を得る可能性がある。と言うことです」


 いよいよフィルフォード卿の反応が無言となった。どうやら核心に迫っているようだ。


「そうとなれば私の父が、そこらの有象無象に話を持ちかけるはずがありません。この国の益となる正しき人物。そんな相手を選ぶはずです」

「それが私だと言うのかね?」

「反開戦派の盟主ともなれば不足はないかと」


 他にも考えられる相手は存在するが、こんな条件を出してくる変わり者は、フィルフォード卿を置いて他にいないだろう。さすがに先ほどの言葉にそれをつけ加えると、度が過ぎてしまうので黙っておくけど。

 なんて考えていたら、フィルフォード卿は大きな声をあげ笑いだした。


「見かけによらず言うじゃないかグラム殿。うむ、もしや試されていたのは私のほうだったのかな?」


 そんなことを言いながらも、フィルフォード卿はまだまだ余裕の素振りを見せている。


「フィルフォード卿。貴方が求めているのは、そういった人物なのではありませんか?」


 しかし俺のその一言に、フィルフォード卿は今日一番の驚きを見せた。


「君は私の意図まで理解していると言うのか?」


 話を聞いた当初から考えていた。なぜこんな条件を出したのか?

 フランチャイズ計画の発案者は俺だし、お菓子のレシピを伝えるのも確かに俺だ。

 だからと言って俺の力を試す必要はあるだろうかと。クロムウェル家として取引きを持ちかけているのだから、その必要はないはずだ。

 ではなぜこんな条件を俺に出したのか? それはこの取引きをきっかけに俺を取りこみ、何か手伝わせたいことがあるからだ。

 その何かとは、自分では行うことができず、且つ高い能力を求められる内容。

 知恵も財力も名声もあるフィルフォード卿が、自分で解決できないことなどそうそうないはずだ。

 年齢を若返らせる様な自然の摂理に逆らったこと以外は。

 つまりフィルフォード卿は、高い能力を持った子供を求めているのだ。

 俺はそんな考えをフィルフォード卿に説明し、導き出した答えを伝えた。


「恐らく、パブリックスクールが関係するのではありませんか?」


 パブリックスクールとは、将来国の要人となる人物を育てるための1年制の学校で、12歳から18歳までの男女を受けいれている。


「驚いたな……。フランチャイズ方式なんて画期的なビジネススタイルを思いついた10歳児と言うから、どれほど理知的な者かと楽しみにしていたが、貴殿は私の想像を遥かに超えている様だ」


 まあフランチャイズは俺が考えた訳ではないけど、何とも耳心地の良い言葉である。


「フィルフォード卿。私の力を見定めたいと言う貴方に、もう1つお見せしたい力があります」

「ほう、まだ何かを持っているとは実に興味深いね」


 フィルフォード卿は先ほどまでの値踏みする様な鋭い視線からうって変わり、プレゼントを待つ子供の様な視線を俺に向けた。


「エルネ」

「はい、坊ちゃま」


 俺はエルネから包みを1つ受けとると、フィルフォード卿との間にあるテーブルに開いて見せた。


「これは?」

「C級の魔物、エビルドラゴンフライの羽と前足です」

「ま、まさか貴殿が討伐したと言うのかね?」

「それだけではありません。ここに来る途中にエリュマントスの群れも討伐しました。真偽についてはペイル卿に確認していただけたら、おわかりになるかと。そしてそれらの討伐を成しとげられたのは、彼女たちの力があったからこそです」


 俺がそう言って振りかえると、エルネを除く子供組が体をびくりと震わせた。


「なるほど、それが私に見せたいという君の力か。まったく驚いた。グラム殿、貴殿は年齢を偽ってはいないだろうね?」


 突然のその言葉に、今度は俺が体をびくりと震わせた。恐らくさぞ間抜けな顔もしていただろう。


「ははははは! 今日初めて子供らしい姿の貴殿を見たよ」

「こ、これは失礼しました」


 なんだただの冗談か。って、そりゃうそうだよな。


「いやいや、そうでもなけば私もこの先の話をしにくいというもの」

「この先の話と言うと、パブリックスクールのことについてでしょうか?」

「ああ。でもその話をする前に、ここまで私の酔狂に付きあってくれた貴殿に、1つお礼をしたい」


 そう言うとフィルフォード卿は、テーブルに置いてあったハンドベルを鳴らし合図を出した。


「お礼ですか?」

「いつまでも懸念を抱えたままでは落ちつかないだろ? 特に後ろのお嬢さんがね」


 俺の後ろに立つ人物に目配せをして見せるフィルフォード卿。まさかと思い振りかえってみると、扉をノックする音が聞こえてきた。


「旦那様、お連れしました」

「入ってくれ」


 その言葉を受け部屋に入ってきたのは、背の高いバトラーと紺色のドレスに身を包んだ黒髪の少女。

 昨日、競売にかけられていたベルの妹だった。


「ふ、憤怒!」

「お姉ちゃん!」


 紺色のドレスを着た白髪の少女と黒髪の少女は、飛びつく様に抱き合った。その力強さから思いの強さも伝わってくる。


「我のことが、わかるのだな憤怒……」

「うん、わかるよお姉ちゃん……」


 良かった……。本当に良かった。

 俺はふたりが涙を流し喜ぶ姿を見て心の底からそう思った。

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