第70話 3番区の蚤の市

 一夜明けて、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。昨日、帰りが遅かったためできなかった、トレントと蠱惑蝶の討伐報告に来たのである。


「申し訳ありませんが、討伐確認部位の提出がないと、依頼達成と認めることはできません」


 少し年配の受付の女性が、事務的にそう告げた。

 蠱惑蝶の奴の気合いが足りないせいで、全部燃えつきてしまったからな。ベルが俺を睨んでいる気がするのは、まあ気のせいだろう。


「そうですか。でも蠱惑蝶を退治したのは本当ですので、依頼者のかたにはもう大丈夫だとお伝えください」

「私たちのほうで現地調査を行い、安全が確認できましたら、伝えさせていただきます。ご報告ありがとうございました」


 一見冷たい対応の様に感じるけど、依頼者の命に関わることだから仕方ないか。

 とりあえず俺たちは、トレントの討伐ポイントの付与と報酬を受けとり、ギルドを後にした。


「もう少しでギルドランクがあがりそうだな」


 エレインがギルドカードを両手でかかげ、嬉しそうに笑っている。


「でもDランクになっても、今と変わらないんだろ?」

「まあな。でもDにならないとCになれないんだし、一歩進むだけでも良しとしとこうじゃないか」


 俺がそう言うとガラドは納得した様子で頷いた。

 ちなみにトレントの討伐報酬は6000ゴルドで、依頼者に素材を買い取ってもらった分を合わせると、1万5000ゴルドである。

 なので、実際討伐したエレイン、ガラド、シャルルに5000ゴルドずつ渡そうとしたら、前回と同じ様にみんなで分配がいいと断られた。

 成果報酬にすると不平等になる可能性もあるから、今後も依頼を受けた人みんなで分配がいいのかも知れないな。


「ところでお昼にはまだ少し早いようですが、今日はどうされるのですか?」


 エルネが近くにある、カットフルーツの露店を横目でみながら聞いてきた。


「今日は3番区の公園で蚤の市があるみたいだから、それを見てみようかなって。みんな何かしたいことがあるなら、好きにしていいぞ」


「蚤の市ですか。私もご一緒してもよろしいですか?」


 両手を合わせ興味深そうにエルネが聞いてきた。エルネはショッピングが大好きだからな。自分の部屋も可愛らしい小物とかで飾っているし。


「我も母君にお土産を買って行きたいぞ」


 相変わらず母さんのことが大好きなベル。今思えば、母さんにお姉さんたちの面影を、重ねているのかも知れないな。


「なら一緒にお昼も食べていこうか。もしかしたら蚤の市で、屋体も出ているかも知れないしな」


 屋体と言う言葉にピクリと反応したふたり。王都ともなれば変わった屋体もあるだろうし、俺も楽しみである。


「お前たちはどうするんだ?」


 俺は残りの3人に問いかけた。


「うーん、ふたりが良ければだけど、ちょっと付きあって欲しいことがあるんだよね」


 エレインがガラドとシャルルを見てそう言った。ガラドの奴なら、どんなことだろうと付きあうと思うぞ。とか言ったらガラドの奴きっと真っ赤になるんだろうな。


「にゃ。実はシャルルも、エレインとガラドとしたいことがあったんだにゃ」


 ふむふむ。そう言われると気になるな。


「俺はどうせやることないからなんだっていいけど、何をするんだ?」


 本当は嬉しい癖に、あくまで普通を装いガラドが聞く。


「昨日のおさらいをしたくてさ」

「ふにゃ! シャルルもにゃあ!」


 どうやらシャルルも、エレインと同じことを考えていたらしい。ってか、こいつらすごい向上心だな。


「やる気があるのはいいけど、あんまり危険なことはするなよ」

「E級の討伐くらいならいいだろ?」


 エレインが上目使いで聞いてくる。くっ、いつの間にそんな技を覚えたのだ!

 でもなー、こいつらの腕はそれなりに信頼しているけど、目が届かないところでとなるとどうしても心配なんだよなあ。過保護過ぎるだろうか……?


「坊ちゃま。心配でしたらヘルマを付けますので、やらせてあげてみてはどうですか?」

「エルネさん!」


 エルネって結構エレインのこと気にかけているよな。妹みたいに思っているんだろうか。

 まあいずれにせよ、ヘルマがいるなら安心かな。


「でもエルネは平気なのか? 買い物楽しみにしているんだろ?」


 ヘルマを付けるってことは、常に『夏の夜の夢フェイズコミック』の本を広げていないといけないってことだからな。


「ええ。慣れていますので、どうってことありません」


 エルネがそこまで言うならいいか。


「わかった。但しE級の討伐までな。あと、あまり遠くや深い森には入らないこと。それと、行く前にちゃんと装備の確認と水と包帯と……」

「坊ちゃま。3人を信じてあげてください」

「あ、ああ、そうだな。お前ら頑張ってこいよ」


 俺がそう言うとエレインたちは喜色満面を浮かべ、ギルドへ戻っていった。

 そんな3人の背中を見送っていたら、ベルがとんでもないことを言ってきた。


「グラム、お前の過保護さはアリアンナの父親みたいだのお」

「はあ? さすがにそれは言い過ぎだろ?」


 俺の言葉に無言を貫くふたり。

 そんなふたりを見て真剣にへこむ俺であった。



 それからしばらく歩き、俺たちは3番区にある蚤の市の会場に到着した。

 花壇と木々に囲まれた公園の中には、所狭しと露店が並んでいる。


「わあ、すごい活気ですね!」


 珍しくエルネのテンションが、高い気がする。それでも『夏の夜の夢フェイズコミック』の本をたまに覗きこむあたりは、さすがエルネである。


「おいグラム! どこから回るのだ?」


 ベルが待ちきれんといった感じに、俺の服を引っ張る。


「そうだな。少し小腹も減ったし、まずは腹ごしらえでもするか」

「うむ、よく言った!」

「さすがです坊ちゃま!」


 同じような笑顔で喜ぶベルとエルネ。暴食コンビとの付き合いは馴れているから、ツボは押さえているのである。

 俺たちはいくつかの露店を回り、ピカタをパンで挟んだ様な料理や、ハッシュドポテトに魚のフライ、フルーツのシャーベットとベリィの蜂蜜がけを買って、ベンチに座りシェアをして食事を楽しんだ。


「よし、エルネ! 次はあそこの焼きアプルを買いに行くぞ!」

「なかなかいい選択ですねベル」


 買ってきた食事を綺麗に平らげ、次なる獲物に飛びつこうとする暴食コンビ。

 俺は立ちあがろうとするふたりの手を掴んだ。


「そろそろ、食べ物以外も見て回るぞ」


 俺はふたりを引きずるように、食べ物関係の露店から遠ざけた。



「おいグラム、あのテントはなんだ? 何か催し物か?」


 よくやく焼きアプルを諦めてくれたベルが、広場に設営されている、ドーム型のテントを指差し聞いてきた。


「どうやらオークションみたいだな」


 テント前の立看板によると開催は2時間後か。と言うかここだけやたら衛兵が多いな。


「オークション?」

「ああ。露店で並ぶ様な雑多な品じゃなく、希少なものや変わったものを競売にかけるんだよ」

「ほう、なかなか面白そうではないか」


 ベルの目が連れていけと言っている。


「確かに面白いかも知れないけど、ああいうのはよほどの金持ちが利用するものだぜ。俺たちには縁がないものさ」

「なんだつまらん」


 それにこういうとこって、誰でも入れる訳じゃないんじゃないかな。信用が大切だろうし。


「坊ちゃま。そこの茶器のお店を覗いてみてもよろしいですか?」

「ああ、もちろん。俺はこの辺りを適当に見ているから、終わったら声をかけてくれ」


 俺の返事を受け、エルネは足取り軽やかに、茶器の露店のほうへ向かっていった。

 さて、俺は何を見ようかな。


「ん、どうしたベル。気になるものでもあるのか?」

「いや、そこの露店が気になっての」


 装飾品屋かな? 確かに綺麗だけど、ベルもこういったのに興味があるんだな。


「見てみるか?」

「ああ、少し良いか? 我はああいった色が大好きなのだ」


 なるほどそう言うことか。

 ベルが向かった露店は、全部同じ紺色の石を素材に、指輪やら首飾りなど様々な装飾品が並んでいる。

 この色はベルが母さんに買ってもらった服と同じ色だもんな。

 俺はなんとも穏やかな気持ちになり、ベルについて行った。


「って、高っ!」


 一瞬にして、穏やかな気持ちが消えてしまったわ。小さめの石でも15万ゴルドもするじゃねーか!

 15万ゴルドもあれば、ローゼンの宿に1年泊まってもお釣りがくるわ!


「おい坊主、これがなんだかわかって言ってるのか?」


 口ひげを蓄えた露店商の親父が、鋭い眼光で睨んできた。


「ん? なんか特別なものなの?」

「この石は藍晶石あいしょうせきつってな、かなり希少な鉱石なんだ。だが、値段が張るのはそれだけじゃねー。なんとこの藍晶石は、魂力を溜めておくことができるんだ」


 なんとも得意気に語る露店商の親父。

 ん? 魂力を溜めるだって?


「それって、魂力切れのときに溜めておいた魂力を使えるってこと?」

「ああそうだ。おかげで魔法使いたちが、喉から手が出るほど羨ましがる逸品だぜ」


 まじか! 言われて良く見れば石から魂力の残滓が感じられる。

 なるほど、それならこの値段も納得だな。


「なんだ? グラムはそんなこと、気にせんでも良いではないか」

「いや、ベルにちょうどいいと思ってな」


 これさえあれば、ベルのガス欠問題が解消するからな。

 うーん、すごく欲しいけど15万ゴルドはちょっと高すぎるよな。ってか、そんなに持ってないし。


「なんだ坊主、そこの彼女に指輪でもプレゼントするのか?」

「そ、そうなのかグラム? でも気持ちは嬉しいが、こんなに高いもの無理をせんでよいぞ」


 いや、買ってあげたいのはやまやまなんだが……。


「仕方ない。可愛い彼女に免じて少しまけてやるか! ってお前みたいなガキに買える値段じゃなかったな」


 何が面白いのか腹を抱えてゲラゲラと笑う露店の親父。騙し絵みたいな顔も相まって妙に腹が立つ……。


「うっせー、このひげ面! 夕方までには買いに来るから、そこの指輪大事にとっておけ!」


 俺は気がつくと、騙し絵親父に啖呵を切り、足早に露店を後にしていた。


「おい、ま、待てグラム! あんな威勢のいことを言って、15万ゴルドもどうするのだ!?」

「どうしよっかね?」


 俺の答えに足を踏み外しそうになるベル。


「何も考えてなかったのか! まあ、このまま放っておけば良いか。あの親父も本気にはしておらんだろ」


 確かに本気にしていないだろうな。そこがまた腹が立つんだが。


「いや、お金はなんとかして作る」

「でもそう簡単に作れる金額ではないぞ。と言うか、なんでそんなに必死になるのだ? そ、そんなに我に、指輪をプレゼントしたいのか?」

「あれがあればお前、俺から魂力を吸えなくても魔法が使えるだろ」


 どれだけ溜めておけるかが気になるけど、魔法使いが喉から手が出るってなら、それなりに溜められるだろ。


「なんだそう言うことか」

「そう言うことかってお前な。それでお前の命を守ることが、あるかも知れないんだぞ。だったら15万ゴルドなんて安いもんだろ」

「グラム……」


 ただどうやって作るかだよな。ギルドの依頼を頑張っても、今日中に15万ゴルドなんて絶対に無理だし。

 うーん、どうしたものか……。


「そう言うことでしたら、私に考えがあります」


 いつの間にか俺たちのやり取りを聞いていたエルネが、にこりと微笑んだ。

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