第71話 15万ゴルドを稼げ
エルネは辺りを見回し何かを探しているようだ。しかし本当に15万ゴルドも、一日で稼げるのだろうか。
「蚤の市はモノの価値がわからない者から、お金をむしり取ろうとする露店も多くあるのですが、その逆も多くあるのです」
俺の疑問を感じ取ったのか、エルネが突然話しだした。
「逆と言うと、良心的な店ってことか?」
「いえ。モノの価値がわからない店主が開いている露店です。そしてそういう露店には、往々にして掘り出し物があったりするのです」
その掘り出し物を見つけて転売するってことか?
確かに一般人も露店を出しているから、わからないではないけど、その作戦は色々と穴があるぞ。転売するにもどこで売るかとか、そもそもそんなに都合よく見つけられるのかとか……。
「でも15万ゴルドだぞ? さすがにそんな簡単にはいかないんじゃないか?」
俺はやんわりとその思いをぶつけてみた。
「普通は無理でしょうね。でもこの蚤の市はどうやら、年に2回しか開かれない特別なものの様で、地方からわざわざやってくる人も少なくない規模だそうです」
かなり大きな会場だなとは思っていたけど、そんな一大イベントだったのか。
でも、俺は審美眼に自信はないし……。エルネが得意なのだろうか?
「そして私たちにはひとつ武器があります」
「武器?」
「それは坊ちゃまの異常なまでの記憶力です」
そう言ってエルネは、書物が並んだある露店に俺たちを案内した。
「坊ちゃま、これをご覧になってください」
「なんだい? 買う気がないなら触れないでくれるかい?」
エルネが1冊の書物を手に取った途端、神経質そうな店主が厳しい口調で注意してきた。
「本の状態を確認したいので、少しだけ確認させてください」
「……少しだけだよ。汚したり破いたりしたら買い取ってもらうからね」
うまいこと言って店主を納得させたエルネは、手に持っていた書物を俺に手渡した。
これは……? なるほど、そう言うことか。
「エルネダメだ。この店はあまり状態が良くないみたいだ」
俺はパラパラとめくっていき一通り目を通すと、本を元の場所に戻した。
「なんだいなんだい! ケチをつけるならとっとと帰ってくれないか」
「失礼しました。坊ちゃま、別の店に行きましょう」
エルネは店主に一礼すると、足早に露店を後にした。
「おい、別の店に行かないでいいのか?」
近くにあった別の書物関係の露店を通りすぎる俺たちを見て、きょとんとした顔でベルが問いかけてきた。
「ああ、もう全部覚えたからな」
さっきの店には少し申し訳ないけど、うまく稼ぐことができたら、何冊か買ってやればいいか。
「相変わらずデタラメな奴だな。して、何をしようとしているのだ?」
「そんなの決まっているだろ? 15万ゴルド稼ぐんだよ」
俺はそう言うと、先ほどエルネが覗いていた、茶器の露店へ戻っていった。ベルはさっばりわからないといった様子で、俺たちの後をついて来ている。
「坊ちゃま、このマーセンの花瓶なんてどうでしょうか?」
セール品の陶器の花瓶を手渡し、エルネが聞いてくる。俺は記憶の映像とそれを瞬時に見比べる。
「いやタメだ。
「ではこちらのバーレーンのティーカップのセットは?」
「刻印にある馬の尻尾の角度が違う」
「ではこれは?」
次いでエルネが手渡してきた陶器の人形を手に取り、俺はしばし思案する。
「うん、いいね。これは買いだ」
値段を確認してそう言うと、俺は人形をエルネに預けた。
それからさらに10分ほど物色し……
「おいおい、いいのか!? お金を稼がないといけないのに、セール品ばかりこんなに買いこんで」
茶器など入った箱をいくつも抱えた俺を見て、ベルが大きな声をあげる。
「心配すんなって、全部さらに高く売れるから」
「な、何を根拠に……。はっ! さっき見ていた本か」
そうベルが言うとおり、さっき露店で目を通した本に仕掛けがある。
あの本は商人向けの目利き指南書の様なもので、精密なイラスト入りで真贋の区別の仕方や、世に出回っている贋作の特徴などが解説してあったのだ。
「でもいったいどこで買い取ってもらうのだ?」
それについても、もちろん考えている。
そして、首を傾げるベルにそろそろ教えてやるかと思ったそのとき、絵画を乱雑に地面に並べているある露店が目に入った。
「ベル、ちょっと待ってくれ。先にあそこの絵画を確認したい」
俺は店の前に立つと側にあった机に手荷物を置き、一番手前に飾られた1枚の風景画を手に取った。
そして手に取った絵を、目を凝らし隅々まで観察していく。するとその様子が気になったのか、エルネとベルも俺の持つ絵を覗きこんだ。
「その絵が気になるのか? でもさすがにそれは、我でも駄作だとわかるぞ……」
「そうですね。坊ちゃま申し訳ありませんが私もベルと同じ意見です」
ふたりがそう言うのも無理はない。
俺が手に取った風景画は、遠近感もバランスもメチャクチャな、まるで素人が描いた絵なのだから。
値段は1万ゴルド。こんな絵がこの値段で売れるなら、世の中の人はみんな画家を目指すだろう。
それほどに酷い絵である。
しかし俺はこの絵を見てから、内心とても興奮をしていた。そして確信めいたものを感じていた。
「すみません、この絵をください」
俺の言葉に驚愕する、エルネとベルと店主。
いやお前が驚くなら、もっと安くしとけよと店主に言いたい。
とりあえず俺は買った絵をベルに持ってもらい、陶器の箱を抱え露店を後にした。
「おいグラム。まさかこんなラクガキが高く売れると言うのか?」
露店から少し離れたあたりでベルが問いかけてきた。
「いや、その絵はベルの言うとおりただのラクガキだ」
串肉の値段の10ゴルドだって、誰も買いはしないだろう。
「はあ!? い、1万ゴルドもしたのだぞ!」
「坊ちゃま、どう言った訳か教えていただけますか?」
俺はふたりを振りかえると、近くにあったベンチに荷物を置き、ベルから絵を受けとった。
「説明する前にこの絵を良く見てみろよ。森で魔物を探すときみたいに、よく目を凝らしてな」
俺が持つ絵を凝視するふたり。しばらくしてふたりは目を大きく見開いた。
「そ、その絵から魂力の気配を感じるぞ!」
「ええ。真ん中から下にかけて淡く光っています……」
どうやら気がついたみたいだな。
「俺がいた世界にとある有名な画家がいてな。その人が描く絵の青色は、その人の名前がつくほど、とても美しく鮮やかな色なんだ。そんな鮮やかな青色、いったい何を原料にしていたと思う?」
俺の問いに首を傾げるふたり。もしかしたら、なんでそんな話をって疑問かも知れないな。
でもこの話を知っていたからこそ、俺はこの絵を買ったのである。
「答えはラピスラズリって名前のとても貴重な宝石だ。さて、この話を聞いて何かピンとくることはないか?」
「青い貴重な宝石って、も、もしかして
「そう、俺もそれを思いだしたんだ」
なるほどと頷くベルの隣で、エルネはまだ納得できないといった顔をしている。
「でもこの絵の青は、そんなに鮮やかには見えませんが?」
「ああ、だから俺も最初は疑問に思った。でもさっき見たあの本のことを思いだして、疑問はすべて解消した」
そう言って俺は本に書いてあった、ある著名な画家の話を、ふたりに話した。
今から50年前、ジョーン・ミレットと言う若い画家の卵がいた。ミレットは恋人オリービアを愛し、多くの絵を彼女に贈った。
しかし名家である彼女の両親はふたりの交際を許さず、その絵を全部破りすてた。ミレットはそれに挫けることなく、画家として大成し仲を認めてもらうため、ひたすら絵を描き続けた。
しかしある日、逢瀬を重ねるふたりに気づいた両親の陰謀により、ミレットは命を落とすこととなった。
なぜミレットが今、こんなに著名な画家になっているかと言うと、恋人オリービアに宛てた絵が27年前に突如発見されたからである。
発見された絵は全部で8枚。それぞれの絵にはナンバリングがされており、一番大きな数字でNo.12とふられていた。つまりあと4枚は存在しているということである。
「これがその絵だと言うのですか? でもこれはどう見てもただの風景画――え!」
エルネは何かに気づいた様に声をあげた。
「ど、どうしたのだエルネ?」
「こ、ここ。この左下にあるサインを見てください!」
「オ、オリービアと書いているではないか!?」
ようやくパズルのピースが繋がってきたのか、絵を見つめ口角をあげるふたり。
「さらに付けくわえると、オリービアは紺色の服を好んで着ていたそうだ」
「つ、つまりこの絵の後ろには……」
エルネの言葉を待たず、俺は手にした絵を破りさいた。破られた絵を見て、口に手をあて目を見開くエルネ。その隣ではベルが満面の笑みを浮かべている。
それもそのはず。破りさいた絵の後ろには、紺色のドレスに身を包んで優しく微笑む、若い女性の人物画が隠されていたのだから。
「ちなみにNo.12の絵は、38万ゴルドで取引されたことがあるそうだ」
「さ、さんじゅう、はち!?」
あんぐりと口を開け目を見開いているベル。
「ぼ、坊ちゃま凄いです! さあ今すぐ売りに行きましょう」
今にも踊りだしそうな様子でエルネが言った。
「そうだな。まだ開始まで30分はあるけど、受付もあるだろうしな」
俺の言葉にハテナを浮かべているベル。
「オークションだよ。お前入りたがっていただろ?」
「おお、なるほど! オークションか。よし、さあ行くぞ。今すぐ行くぞ!」
ベルは笑みを溢れさせ、俺の手を引っ張った。
こいつ茶器のこと完全に忘れていやがるな!
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