第69話 空の散歩

「うわぁ、いっぱいいるなぁ……」


 花畑の上に舞う極彩色の蝶の群れを見て、エレインが眉間にシワを寄せ呟いた。

 花畑に舞う蝶なんて普通は喜ぶんだろうけど、なぜエレインがこんな渋面をしているかと言うと、それはこの蝶が体長1メートルはあろうかという魔物だからである。


「あれが蠱惑蝶こわくちょうかにゃ?」

「ああ、次の討伐対象だ」


 蠱惑蝶はE級の魔物なんだけど、対策を練っていないとD級相当とされる少し厄介な魔物である。

 まあ俺の新技があればどうってことないんだけど――


「あんなのシャルルの固有スキルユニークスキルでちょちょいのちょいにゃ」


 ――『銀灰猫の円舞曲ぎんかいねこのワルツ』――


「バ、バカ、待てシャルル!」


 なんて考えていると、シャルルが俺の制止も聞かずに飛びだしていった。


「だい、じょーぶ、にゃー、にゃん、にゃー、にゃん、にゃ……、ふにゃぁ……すぅぅ…………」

「あれ? シャルルの奴、姿を表したぞ。って言うか寝てる!?」


 突然、魔物の群れの真ん中に姿を表したシャルルを指差しエレインが叫ぶ。

 だから言わんこっちゃない! ってかどうする!?


「坊ちゃまこれを」


 そう言ってエルネがネッケの糸を差しだしてきた。さすがエルネ、シャルルが飛びだす瞬間に付けてくれていたのか!


「グ、グラムくするのだ! 蠱惑蝶がシャルル目がけて降下したぞ!」


 見てみると、蠱惑蝶の吸収管が今にもシャルルの頭につき刺さろうとしている。

 俺は急いでネッケの糸に魂力を込め、シャルルの体をおもいっきり引きよせ受けとめた。

 獲物を取りあげられた蠱惑蝶は、特にそれを気にするでもなく、ひらひらと中空へ戻っていった。


「まったくこいつは世話をかけやがって……。おい、シャルル起きろ!」


 俺はシャルルを抱えたまま、体を揺らして呼びかけた。そして何度かそうていると……


「ふにゃ、グラムなんでシャルルを抱いてるにゃ? シャルルの魅力にめろめろになったのかにゃ?」


 なんてふざけたことを言ってきたので、そのまま手を離してやった。


「な、何するにゃ!」


 ちっ、さすが猫科。うまく着地しやがったか。


「何するじゃねーよ! お前、蠱惑蝶に襲われるとこだったんだぞ!」

「そう言えば、なんでシャルル寝ていたにゃ?」


 いまいち状況を理解していないバカ猫に何があったか話してやると、シャルルはベルにくっつきガタガタと震えだした。

 寝ている間に、頭に吸収管ぶっ刺されて体液全部吸われるところだったなんて言われたら、そりゃまあビビるわな。


「しかしどうやって討伐するのだ? こう燐粉が邪魔していると、ここから魔法でチマチマやるしかないのではないか?」


 シャルルの頭を撫でながらベルが問いかける。


「半分アタリで半分ハズレだ」


 ふふふ、ベルの奴いい質問をしてくれる。


「その顔はまたふざけた真似をするのだな……」


 みんなが驚く顔を想像しひとり喜んでいたら、呆れ顔をしたベルが失礼なことを言ってきた。


 それはいいといて、最近よくもっと広範囲の攻撃があればな、と思うことがある。エリュマントスやアンデッドどもと戦ったときにあれば、どれだけ楽をできたものか。

 そして今もまさにその状況である。

 距離およそ30メートル。花畑の上空5メートルちょいの位置に、20匹の蠱惑蝶の群れ。


「いいか、よく見てろよ」


 俺はその群れの中央に向け右手をかざすと、いつものように魂力の光を放出した。

 ただここからがいつもと少し違う。

 まず魂力の光を6本に枝分かれさせる。そしてそれぞれ操作し、間隔を開けて魔方陣を作っていく。


「ま、まさか、同時に魔法を放つと言うのか!?」


 ベルが驚愕の声をあげたその時……


火弾ファイアボール×6!』


 俺は6つの魔方陣を同時に完成させ、火球を一斉掃射した。

 放たれた火球は、蠱惑蝶に同時に着弾し、それぞれ炎をあげる。

 そして炎は隣の炎を取りこみ炎の渦となり、蠱惑蝶の群れを包みこんだ。


「「す、すげー……」」


 ガラドとエレインが炎の渦を見つめ口をぽかりと開けている。


「坊ちゃま。これでは『火弾ファイアボール』じゃなくて、『炎の嵐ファイアーストーム』だと思います」


 かなりどん引きな様子でエルネが言う。そりゃこんなの一歩間違えれば、ただの災害だもんな……。


「このバカ者! あれでは討伐確認部位も残らないではないか!」


 ベルがぐうの音も出ないことを言いながら、お尻を殴ってきた。


「す、すまん。俺もやり過ぎたなと反省しているところだ……」


 燐粉に引火でもしたのだろうか?

 なんにせよ、使うときはちゃんと場所を考えないと大変なことになるな……。

 想定よりでかすぎた威力に、自分でもちょっと引きながら、俺は火が消えるのを待った。



「お、魂の欠片ソウルスフィアは残ってるみたいだぞ。良かったなグラム」


 色とりどりの花に囲まれながらエレインが叫んだ。カメラでもあれば、写真に収めておきたい光景だな。まあ俺の場合は、頭の中にカメラがあるんだけど。


「ほ、本当にもういないかにゃ?」

「えーい、熱い離れろ! 魂力で探ればわかるだろうに!」


 さすがに震えは止まっているものの、いまだベルにぴったりなシャルル。そういえば猫って嫌な思いをしたことは、しっかり覚えて繰りかえさないんだよな。


「ところで、誰も蠱惑蝶の魂の欠片ソウルスフィアいらないよな? あと、エビルドラゴンフライと一角もぐらのも取ってあるけど」


 いらない前提で聞くのはちょっと蠱惑蝶が可哀想か。でも俺は蠱惑蝶の魂の欠片ソウルスフィアが欲しくて、この討伐を受けたんだけどな。


「それぞれどんな効果なんだ?」


 とても重要なことをガラドが聞いてきた。確かにそれがわからないと答えようがないよな。


「『睡眠耐性LV1』と『隠伏スニークlv1』って気配を消すスキルと……。エルネ、エビルドラゴンフライのはなんだろう?」

「『空中制御LV5』ですね」


 え! まじて? 何それすごく欲しいんだけど!


「み、みんなどうだ?」


 興奮のあまり急かすようにもう一度聞く俺。


「『空中制御LV5』ってのが気になるけど、グラムが欲しいならいいよ。あとで使用感教えてくれよ」


 なんて言いながらにっこり笑うエレイン、まじ天使! 俺の興奮が漏れ出てたんだろうなきっと。


「特にいないなら俺がぜんぶ使わせてもらうぞ」


 もう一度返事がないのを確認し、俺は魂の欠片ソウルスフィアを根こそぎ胸の中に入れていった。


「相変わらず思いきりがいいなグラム。見ていて気持ちいいぞ」


 そんな俺の様子を見てガラドが言う。こいつは皮肉とか言うタイプじゃないから、純粋にそう思ってくれているんだろう。


「だろ? お陰で少し法則がわかってきだぞ」

「同じものを使ったときの、レベル強化の法則についてですか?」


 エルネが興味ありげに聞いてきた。エルネは知識欲旺盛で、本と勉強が大好きだからな。

 ちなみに使った魂の欠片ソウルスフィアは蠱惑蝶のが13個、エビルドラゴンフライのが1個、一角もぐらのが5個である。


「ああ。どうやらLV1を3個使うとLV2に。そこからさらに5個使うとLV3、さらに5個使うとLV4になるみたいだ」

「なるほど。そうなると18個使うことでLV5になるかも知れないですね」


 エルネの言葉に、周りのみんなはハテナを浮かべている。俺もエルネと同じ意見で検証してみたいんだけど、残念ながらもう蠱惑蝶がいないのである。


「しかしこれは何気にすごい発見ではないのか? こんなことを知っているものなど、そうそういないだろ?」


 感心した様子でベルが言う。


「そうですね、恐らく誰も試したことはないでしょうね。ただあまり公にすると、店で投げ売りされているLV1の魂の欠片ソウルスフィアが高騰するかも知れませんので、坊ちゃまにとっては秘密にしておいたほうがいいかも知れませんね」

「そうか、店で買えばいいのか!」


 そしてさすがエルネ。需要があるとわかれば、商人たちも放っておくわけないからな。

 くっくっく、誰も知らないうちにおいしい思いをさせてもらわないと……。


「グラム。それもいいけど『空中制御』使ってみてくれよ」


 なんて少しゲスイことを考えていたら、エレインが純粋な目で言ってきた。そう言えばそうだったな。


「よし、ちょっと待ってろよ……。って、え! まじか!?」


 キタ! 俺が期待していた奴がとうとうきましたわー!


「ど、どうしたんだ?」

「まあ見とけって」


 俺は沸きあがる興奮を押さえながら、その場でジャンプした。


 ――『空中制御LV5』――


「え、空中でまたジャンプした!?」


 そう、エレインの言うとおり『空中制御LV5』は空中でもう1度跳ぶことができるのだ!

 しかもこれがなかなかに応用が効く。

 わかりやすく言うと、空中で見えない壁を一回だけ蹴ることができるスキル

 例えば、跳んですぐ横に壁を出して蹴れば90度に折れまがることも可能だし、使いかた次第では上空から勢いをつけて敵を襲う、なんてこともできるのだ。


「いいなー、私も使ってみたいなあ」

「ふにゃ、シャルルもそれ欲しいのにゃ!」


 確かにスピード撹乱タイプのエレインやシャルルとは、いい組みあわせのスキルかも知れないな。

 しかしこれでLV5って、もっと上のレベルだとどうなるんだ? 空中で走りまわったりできるんじゃないだろうな?


「坊ちゃま、良ければエレインにも、体験させてあげてはどうですか?」


 良いことを思いついたって感じで両手を合わせ、エルネが提案する。確かに興味を持っていたみたいだもんなエレイン。


「でも、どうやって?」

「簡単なことです。坊ちゃまがこう、お姫様のようにエレインを抱えてあげたらいいのです」

「ちょ! エルネさん!」


 なるほど、それは面白そうだな。


「よし、エレインちょっとこっちきてみろよ」

「えっと……。う、うん」


 少し緊張した面持ちのエレイン。空中で他人に身を委ねるのは、確かに少し怖いかもしれないな。

 俺はエレインが怖がらないように、しっかりと抱えてやった。


「エレインお前軽いなあ。もっとご飯食べて筋肉つけないとな」

「グラムは、そう言うのが……、いいのか?」


 褐色の肌を真っ赤に染め聞いてくるエレイン。


「ん? そりゃ、筋肉つけたほうが剣筋も鋭くなっていいだろ?」

「ふう、まったく坊ちゃまは……」


 なぜかエルネが、残念なものを見るように俺を見てくる。少し気になるものの、俺は早くエレインに空中制御の素晴らしさを味わわせてやるかと、地面をおもいっきり蹴った。

そして最高点で見えない壁をもう1度蹴る。


「ひゃあぁ! グ、グラム、高いって!」

「大丈夫だってエレイン。ぜったい離さないから安心しろ。それより見てみろよ」


眼下には、太陽の光をまといキラキラと光った雑木林が広がっている。


「うわあ、とってもきれい……」


それをうっとりと見つめるエレイン。


「なっ、俺に任せて良かったろ」

「うん……。グラムで、良かったよ」


俺は『空中制御』をオンにし落下速度を緩やかにすると、エレインと一緒に束の間の空中散歩を楽しんだ。

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