第68話 訓練の成果

「なんだあ? 誰が依頼をひき受けに来たのかと思ったら、ガキじゃねーか!」


 俺たちを見た依頼主が、開口一番に言った。日に焼けた体躯のいいこの男からしたら、10歳の子供が何しに来たんだとぼやくのは当たり前の話である。


「ご不安かも知れませんが、戦う術は持っています。ご依頼のトレントの討伐も、しっかり遂行しますのでご安心ください」


 俺は腰に提げたショートソードを見せ、営業スマイルをして見せた。


「小僧ぉ、魔物の討伐は遊びじゃねーんだぞ。お友だちが死んでしまうかも知れねーんだ! わかったらとっととギルドに帰って、代わりの奴を連れてきな!」


 依頼主の男は凄んで見せた。こんな子供がきたことの不満だけじゃなく、俺たちの心配もあり、よけいに苛立っているんだろう。


「こう見えて戦いには慣れておりまして、昨日もレイスを討伐してきたばかりです。ご依頼の森と言うのは、この裏の森でいいのでしょうか?」

「……。ああ、数日前からどこから来たのかそこらに混じってやがって仕事にならねえ。お陰で俺の相棒も怪我をしてしまった。……お前ら本当に大丈夫なんだろうな? あいつは俺たちでも見分けがつかないんだぞ」


 トレントとは木に擬態して獲物を襲うD級の魔物である。俺も本で読んだくらいしか情報を知らないが、木こりの依頼主が見分けがつかないと言うのなら、その擬態の精度はかなりのものなんだろう。


「大丈夫です。魔物感知に長けた仲間がいますので」


 俺は再び営業スマイルでそう答えた。

 本当は訓練の末みんな魂力感知をできる様になっている。でもそんなこと言っても、信じてもらえるか怪しいし、下手をしたら魔物を倒したことがあるって話すら、強がりと思われるかも知れない。

 面倒を避けるための嘘ってのも、ときには必要なのである。

 そのおかげか、依頼主はそれ以上何も言うことはなかった。

 そして俺たちは依頼主に一礼すると、トレントがいるという森へと入っていった。


 森は高低様々な針葉樹や広葉樹から成り、青々とした匂いに包まれている。先ほどまでの強い日差しも生い茂る葉が防いでくれているため、森林特有のひんやりとした空気に包まれておりとても心地が良い。

 切りたおした木を運ぶ荷車が通るための道があり、俺たちは今その道を歩いていた。


「グラムっていつもこんな世界で生きていたんだな」


 ガラドがおもむろに、感動した様子で呟いた。


「いやグラムの魂力はガラドの比ではない。ガラドが感じている数倍以上の感覚、と言っても過言ではないだろうな」


 ベルとガラドが言っているのは、魂力で感覚を強化したときに感じる、世界のことである。いつもより五感がさえ渡り、情報処理が追いつかず、最初は苦労したもんだ。

 ガラドはそんな様子もなさそうだから、いつもより良く見え良く聞こえるって感じなのかも知れないな。増幅した魂力を全身にめぐらせることはできるようになったけど、まだ微量なため恩恵も少ないってことだ。あとはその量が増えるまで、いかに有効に使うかを訓練するってとこかな。


「さて、この先にトレントがいるってことだけど、みんな見えているか?」


 俺は注意を促す立て看板の前で足を止め、みんなに問いかけた。


「ああ、問題ないよ」

「楽勝だぜ!」


 自身に満ちた顔で返事をするエレインとガラド。


「シャルルも大丈夫か?」

「レイスのときは何も感じなかったけど、これなら余裕だにゃ」


 同じく問題なさそうな様子のシャルル。


「レイスやスケルトンは死者だから、そもそも魂力がないんだよ」

「なるほど迷惑なやつにゃね」


 お陰で魂の欠片ソウルスフィアも落とさないしで、シャルルの言うとおりほんと迷惑なだけの魔物なのである。


「ところでグラム。我とエルネは見学で良いのか?」


 俺と3人の会話が終わったのを見て、ベルが服をひっぱりたずねてきた。


「ああ、それでいいけどもし戦うとしたらどうする?」


 俺の質問にベルは腕を組み思案にふける。するとその話を聞いていたエルネが、すっと手をあげた。


「トレントの脅威は擬態を生かした奇襲攻撃と、その巨体からくる重厚な一撃です。魂力感知で擬態を見破りさえしたら、あとは先制攻撃で倒すだけです」


 エルネの言ったことは、状況判断としてはなんら間違っていない。しかし問題はそこからである。


「具体的にどうやって倒す?」

「ヘルマを呼んで指示を出します」

「じゃあヘルマに頼れない状況だったらどうする?」


 これは何も意地の悪い仮定ではない。

 『夏の夜の夢フェイズコミック』は一度解除すると、しばらくのあいだは妖精獣を召喚することができない。実際エルネは、それでシフティエイプにやられそうになったこともある。

 それ以外にも、ヘルマが交戦中に追加の敵が現れるとか、他の妖精獣を召喚しているなど、想定できる状況は少なくない。

 これをどう受けとめるかで、エルネの今後の成長が大きく変わってくるだろう。


「残念ながら今の私にできることは『一陣の風フウァールウインド』で戦闘を回避するくらいです。しかしここ最近の戦闘で、私にももっと攻撃手段が必要であると感じております」

「うん、俺もそう思うよエルネ」


 ちゃんと自分のできることと、足りないことの理解ができているようで安心だな。


「ベルはどうする?」

「グラムがいるなら、魂力を吸わせてもらって何匹いようがやっつけられるが、それができないとしたら『石の弾丸ストーンブレット』で2、3匹もやっつけられれば良いほうかのお」


 ベルも自分の力を過信せず、弱味は理解できているようだな。ただこればかりは、対応が難しいんだよな。武器を持たそうにもベルは力が弱いし。何かいい方法を考えないといけないな。


「じゃあ俺たちは手を出さないから、シャルル、エレイン、ガラド、任せたぞ」


 俺の言葉に3人は気合いを入れて、立て看板の先へ進んで行った。


「エレイン、シャルル、俺が前で敵の攻撃を引きつける」

「ならシャルルは後ろから弓で牽制するにゃ」

「そして私が隙をついてトドメを刺す」


 ほーほー、大したもんじゃないか。

 俺が何も言わなくても勝手に隊列を組みやがった。こいつら年齢のわりに戦闘経験が豊富だからな。

 これは安心して見ていられそうだぞ。


  そしてそうこうしているうちに、1匹目のトレントが見えてきた。こうやって見ると確かに普通の木と見分けがつかないな。

 よし、ガラドの奴ちゃんと気付いて足を止めたぞ。

 そしてガラドはゆっくり近づいて行くと、あらかじめ打ちあわせしておいたハンドサインを出した。


 それを合図にシャルルが弓を射る。


 グウォオオオオ!


 矢が小気味のいい音をたてつき刺さると、針葉樹はくぐもった声をあげ、その身を変形させていく。

 縦に長かった木が圧縮されるように縮み幹を太くする。その幹につり上がった目と不気味な口と鷲鼻が現れた。

 ガラドはそれに臆することなく、エレインを守りながら果敢に突っこんで行く。それをさせまいと、1本の太い枝を鞭のようにしならせ打ってくるトレント。

 直後、爆発でもしたかのような衝撃音が、辺りに響きわたった。

 ガラドがトレントの攻撃を『シールドバッシュ』で弾きかえした音である。その力は凄まじく、ずしりと地面に立つトレントがバランスを崩している。

 慌てて体勢を立て直そうとするトレント。

 しかしその隙をエレインが見のがすはずもなく、トレントは断末魔の声をあげ、ただの木へと姿を変えた。


「なかなかいい感じだったんじゃないか? 私たち!」


 トレントの眉間だった場所から剣を引きぬき、エレインが振りかえる。その脇にはシャルルが射った追撃の矢がつき刺さっている。


「ああ、お前らほんと強くなったな」


 俺の言葉に喜色満面に溢れる3人。

 短い攻防だったけど、至るところにこいつらの成長が感じられる、そんな戦いだった。


 まずはガラド。

 今までできなかった魂力感知を使いこなし、トレントの射程に入る前にちゃんと策敵できている。

 そして魂力で身体強化した踏みこみの早さと、敵の攻撃をいなす時の重心の取り方のうまさ。まだまだ足りない部分もあるものの、今までと段違いの安定感である。


 そしてシャルル。

 こいつは経験を積むたびに、状況判断がうまくなっていく。最初の矢を放ったときも、その後ガラドたちが突っこむことを、しっかり想定した位置取りができている。

 そのお陰で、エレインがトドメを刺しに行ったときも、ちゃっかり追撃してやがる。

 もしエレインが突っこんだときに、トレントがカウンターをしようとしても、シャルルがしっかり防いでいたってことだ。


 そして最後にエレイン。

 一見今までどおり、単に隙を見て突っこんだだけに思うかも知れないが、その鋭さが半端じゃない。

 その証拠に踏みきった地面が大きく陥没している。

 そしてそのあとの力の流しかたがまたうまかった。踏みきった力を損なうことなく剣に乗せている。だからこそ非力なエレインでも、トレントを一撃で倒すことができたのである。


 俺がそのことをみんなに伝えると、3人はこれ以上ないくらいに顔をほころばせ、そして誰彼ともなく改善すべき点を話しだした。

 成長を実感できそれを褒められたことで、強さを求めることに貪欲になっているんだな。

 そのあとも3人は、なんら危うげなくトレントの討伐を果たしていった。

 そして……。


「お、お前らもうトレントの奴をやっつけたってのか!?」


 俺たちが持ちかえった、トレントの鷲鼻の硬木の山を見て、木こりの依頼主が驚愕の声をあげた。


「ええ。森の中はすべて見回りましたが、生き残りはいないはずです」


 あまりに驚きすぎて口をパクパクとさせている依頼主。


「トレントの骸はどうしますか? 不要であればあとで回収にうかがいますが」

「ぜ、全部買い取らせてもらうよ。奴の骸は丈夫でいい建材になるからな」

「では今から一緒に確認に行きますか?」

「いやいい。今さらだけど、お前らのことを信じるよ。色々と疑ってすまなかった」


 依頼主はそう言って頭をさげると、ゴルドの詰まった麻袋を手渡してくれた。

 俺は手早くそれを確認し、依頼主に頭をさげその場を去った。


「さて、まだ時間もあるし次の討伐に行くぞ」


 こいつらにいいとこをいっぱい見せてもらったし、俺もちょっと本気を出してみるかな。

 俺の新技、我流範囲魔法を見て驚くがいい。

 俺はワクワクする気持ちを押さえながら、次の討伐地点へと急いだ。

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