第67話 ヒミツなふたり

「グラム、ガラド、ベル、シャルル、本当に世話になったな。ありがとう」

「お世話になりました皆様」


 ダンジョンを出たところで、アルとフェルメールは頭を下げた。


「みんな無事で良かったよ。しかし、残念だったな……」


 レイスの大群を退けたあとしばらく進んだ俺たちは、ほどなくしてダンジョンの最奥へとついた。

 そこにレイスの王はおらず、アルとフェルメールの目的であるヒュギエイアの杯もなかった。

 つまりふたりの母親の病を治す術は、いまだないままなのである。


「いや、レイスの王には会わないでよかったんだ。僕はまだまだ弱い。君と会って痛感したよ」


 レイスにすらあれだけ手こずったんだ。アルの言うとおりかも知れないな。


「アルは強くなるさ。アルが認めてくれた俺が言うんだから間違いない」


 これは決してお世辞ではない。まだ粗削りなところはあるものの、アルの剣筋は鋭く、洗練されている。恐らく相当な腕を持つ師に指導を受けているのだろう。


「君に言ってもらえるととても誇らしいよ。グラム君たちに会えて本当に良かった」


 アルは柔和な笑顔で右手を差しだしてきた。なんとも気持ちの良い奴だ。


「俺もだよアル」


 俺は心からそう思いアルと固い握手を交わした。

 するとその様子を見ていたフェルメールが、次は自分の番だと言いたげに前に出てきた。


「グラム様、何度も命を救っていただき、まことにありがとうございました。グラム様は私の、いえ私たちの命の恩人ですわ」


 そう言ってフェルメールは深々と頭を下げた。褒められるのは大好きだけど、感謝をされるのはなんともむず痒い。人の命を助けるなんて当たり前のことだしな。


「そんな言いかたはよしてくれ。俺たちはともに死戦を越えた同志、親友だ」

「グラム様……」

「グラム、君って奴は……」


 これ以上感謝され続けるのも具合が悪いと臭いセリフを返したら、思った以上にふたりに感動されたみたいでかなり恥ずかしい。自分で言うのもなんだけど、俺こっちの世界に来てからなんだかキザになった気がするな……。


「グラム、みんな、名残惜しいが僕たちはそろそろ行かねばならん。親友の君たちにこんなことをするのは失礼かも知れないが、ぜひこれを受けとって欲しい」


 なんてくだらないことを考えていたら、アルが一振りの短剣を手渡してきた。お礼にしては妙な代物だな……。


「――これは!?」


 俺は手渡された短剣を見て驚愕した。


「それは僕と君たちが親友である証だ。何かあった時は遠慮せず役立ててくれ」


 そんな俺に構うことなくアルが言う。

 そしてふたりは、出会った時と同じ様に洗練された所作で頭をさげ、歩いていった。

 親友の証って……、ええええ! これってそうだよな? じゃあ、アルとフェルメールって――


「あれ? おいグラム、フェルメールの奴戻ってくるぞ」


 ひとり混乱している俺に、ガラドが声をかけてきた。見てみると、確かにフェルメールが、こちらに向かいたたたと走ってきている。そして俺の前で立ちどまるフェルメール……。


「え、えっと――」


 ――ちゅっ。


 口ごもっていると、フェルメールが背伸びをしながら俺の頬にキスをした。そしてフェルメールはペコリと頭を下げると、何事もなかったかの様にたたたと走りさっていった。


「なっ! 何をやっておるのだ!」


 八つ当たり気味に俺のお尻を殴ってくるベル。待ってくれ、俺もかなり混乱しているんだ……。


「なんだフェルメールの奴。グラムに惚れたのか?」

「お、おま! 頼むからここ以外では言わないでくれよ!」


 俺は思わずガラドの口をふさぎ叫ぶ。


「どうしたにゃ? グラムさっきから様子が変だにゃ」

「どうしたもこうしたも、お前らこの紋章を見たことないのかよ!」


 そう言うと、俺はさっき受けとった短剣のつかの部分を見せた。


「ん、なんだにゃ? そのヘンテコりんな紋章は?」

「や、やめい! いいかお前らこの紋章はな……」


 探検に刻まれた2頭の鷲獅子じゅじし――グリフォンのこと――の紋章。この紋章はこの国の象徴。


「アイレンベルク王家の紋章なんだよ!」

「えっと、つまりアルとフェルメールは?」


 俺の言葉にガラドが目を丸くして聞いてくる。いきなりすぎてすんなり理解できないんだろう。さっきの俺がそうだったから気持ちはよくわかる。


「ふたりは王子殿下と王女殿下ってことだ」


「「「ええええええ!」」」


 ようやく理解した様で、みんなが叫ぶ。

 よくよく考えてみたら俺もとんだ間抜けだわ。あの佇まいに名前。普通気づくよな……。

 しかしまさかアルブレヒト殿下とフェルメール殿下だったとは……。俺、かなり失礼な態度を取っていたきがするけど大丈夫か?

 クロムウェル領なくなったりしないよな?


 それからしばらく、俺たち4人は時間が止まったかの様にその場に立ちつくしていた。

 そして我に帰ると、安全のためにベルの力でダンジョンを埋めてもらい宿へ帰った。



「そうですか。そんなことがあったのですね」


 宿に戻り俺はエルネとエレインに今日の出来事を話した。予定よりずっと俺たちの帰りが遅いもんだから、何かあったのかと心配していたそうだ。


「グラム、レイスにやられたって傷は本当に平気なのか!?」


 特に気が気でなかったらしいエレインが、俺に詰めより問いかける。


「ああ心配ないよ。ベルに見てもらったけど、なんのあとも残ってないほどさ」

「そ、そうか。ならいいんだ」


 胸を撫でおろすエレイン。こんなに心配してくれるなんて嬉しい半面、少し申し訳ない気持ちだな。


「ところでそっちはどうだった? なんかいい情報はあったか?」


 俺の質問にエルネは地図を1枚取りだし、テーブルに広げた。俺たちの住むユータルシア大陸の地図みたいだけど、何箇所かに丸い印がつけられている。


「この印はもしかして?」

「ええ。酒場で聞いた目撃情報を元に、ダンジョンの位置を印したものです。噂話も含まれておりますので、参考程度とお考えください」


 エルネは印をひとつずつ指差し教えてくれた。印は全部で12箇所か。実際はこれ以外にも存在するだろうけど、参考にするには十分だな。

 ん? うちにかなり近い場所にもあるぞ。


「ベル、これはもしかして?」

「きっと強欲の奴だろうな」


 やっぱりそうか。となるとここから移動したとして、この2つは怪しいかも知れないな。


「ベル。悪いけどお前の姉妹のことは、ラトレイアでやることが終わるまで、待っててもらっていいか?」

「ああ。我は7年も見ないフリをして来たのだ。少し待つくらいどうってことはないさ」


 どうってことないわけないだろうに、強がりやがって。

 なんて思っていたら、ソファに座るベルに、シャルルがもたれ掛かるように腰かけた。家に帰ったら干し肉をいっぱい作ってやるか。


「さて今回のことで痛感したんだけど、俺を含め俺たちはもっと強くならないといけない」


 ラトレイアに来るまでの戦いも、勝ちはしたものの結構ギリギリの戦いだったからな。せっかくチート級の魂力があるのに生かしきれていない気がする。


「グラムは十分強いと思うけどなあ」

「そうにゃ。なんでそんなに焦っているのにゃ?」


 エレインとシャルルが不思議そうに俺を見る。こいつらにはまだ俺の事情を話していないもんな。でもそれを別にしても、最近よく思うことがある。


「後悔したくないからだよ」

「後悔にゃ?」

「仲間が傷ついてから、俺がもっと強かったらなんて後悔は絶対したくない。お前らもそうだろ?」


 俺の言葉にみんな力強く頷く。


「なら一緒にもっと強くなろうぜ」


 そして力強い返事をした。どうやらみんな同じ気持ちの様である。


「でも具体的にどうしたらいいんだ? もっと走り込みを増やしたらいいのか?」


 と聞いてきたのは、最近めっきり頼もしくなってきたガラド。他の同年代に比べたらこいつらはずっと強い。

 どういった訳か、俺と一緒にいることで魂力の伸びが良くなっているみたいだからな。だったらそれをもっと伸ばさない手はないって話だ。


「それはな……」


 そう考え、俺はみんなに魂力の認識やコントロールの訓練方法を話した。


「グラム、お前こんなこと3歳のころからやってたのか!?」


 エレインが今やっているのは魂力コントロールの訓練。わかりやすく言うと、普段から体に流れている1の魂力を2にする訓練である。


「大丈夫、お前もすぐできるようになるって」

「坊ちゃまを基準に考えるのはどうかと思いますが……」


 エルネが呆れ顔で言い、その隣でベルが無言で頷いてる。


「魂力量の話ならともかく、コントロールなら訓練次第でできるようになるんじゃないのか? ほら、こんな具合に」


 そう言いながら、指の先から魂力を放出し「ガンバレ!」と文字を作ってみせると


「そんなことできるのはグラムだけだ!」


 キレ気味にベルに怒られてしまった。魂力文字で文句のひとつでも言ってやろうかと思ったけど、また怒られそうなのでやめておいた。


「とにかく、明日特訓もかねて何か討伐依頼を受けるつもりだから、それまで頑張って訓練するようにな」

「それはいいけど、グラムはなんの訓練をしているのにゃ?」


 エレインと並んで魂力コントロールの訓練をしながら、シャルルが聞いてきた。


「それは明日のお楽しみだ」


 俺はみんなの驚く顔を想像しながら、もくもくと魂力コントロールの訓練にいそしむのであった。

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