第64話 ダンジョンを探して

 姉妹を一緒に探すとベルに約束してからしばらくして、ベリィのショートケーキが完成した頃エルネたちは帰ってきた。

 エルネは俺とベルの微妙なぎこちなさを感じとったのか、少し訝しんでいる様子だった。

 しかしベリィのショートケーキを見た途端、すっかりそのことは頭から抜けおちてしまったようで、晩ごはん前にもかかわらずひとりでホールを3分の1も平らげていた。

 ちなみにベリィのショートケーキはみんなにとても高評で、ベルやガラドは口の周りに生クリームをいっぱいつけながら食べていたほどだ。

 ガラドとシャルルの服はサイズを調整の上、後日宿まで持ってきてくれるそうで、ふたりがどんな変身をとげるか今から楽しみである。

 

 そして夕食後、みんなで紅茶を飲んでくつろいでいるときに、今日ベルから聞いた話をみんなに伝えた。もちろんベルの了承を取った上である。

 ベルはみんなに怖がられはしないかと少し心配していたが、俺の乱暴な論法を思いだしみんなに話すことを決意したみたいだ。

 そして話した結果――


「そんなことがあったのですね、ベル……」


 哀感の表情を浮かべエルネはそっとベルの手を握った。

 エルネも孤独の辛さは嫌なくらい理解しているから、他人事とは思えないんだろう。


「俺に手伝えることがあったらなんでも言ってくれよな。俺で役に立てるならすぐに駆けつけるぜ!」


 そう言うとガラドはにっかりと白い歯を見せた。

 なんとも気持ちのいい男である。


「ベル、仕方ないから今日はシャルルが一緒に寝てあげるにゃ」


 お前らいつも一緒に寝てるじゃねーか。と突っこみたいけどベルが喜んでいるのでまあいいか。その優しさがベルは嬉しいんだろう。


「それなら私も混ぜてくれよ。ふたりより3人のほうが楽しいだろ?」


 エレイン緊急参戦!

 確かに美少女は多いにこしたことはない。ここで3人より4人だよな、とか言って俺も参戦できないものだろうか?


「みんなありがとう……」


 なんてくだらないことを考えていたら、ベルは涙を溢れさせ喜色を浮かべた。みんなに受けいれてもらいホッとしたのだろう。


「バカ、礼を言うのはまだ早いだろ」


 しかしそんなことで満足してもらっては困る。俺はベルの髪をくしゃっと撫で言葉を続けた。


「礼を言うならお前の姉妹揃ってみんで言えよ」


 ベルもエルネもこの世界も妹も、みんなまとめて俺が救ってやる。そのために俺はもっと強くなるんだ。


「ああ、そうだな。そしてグラムとの約束も果たさないとな」


 ベルは涙を拭うとこぼれるような笑みを見せた。

 流れで言った約束だったけどちゃんと有効なんだな。と言うか今でも思いだすとかなり恥ずかしいんだけど……。


「ところで、どうやってベルの姉妹たちを探すんだ?」

「それと、ベルの姉妹以外の仲間たちはどうするのかも聞いておきたいですね」


 ひとり恥ずかしがっていると、エレインとエルネがとても大切なことを聞いてきた。

 いやひとりじゃないな。良く見るとベルの奴も赤くなっていやがる。


「はにゃ? なんでグラムとベルは顔を真っ赤にしているにゃ?」

「なんでもねーよ!」


 それを目ざとく指摘するシャルル。

 ほんとこいつは人のこと良くみているんだから。


「それよりベル。エレインとエルネの質問にこたえてやってくれ」

「あ、ああ、そうだな! それは重要だ!」


 追及されたらまずいと、俺とベルは少し強引に話を戻した。


「さっきグラムと話していたのだが……」


 どうやら深紅のコアを持つダンジョンたちは、互いの存在を感じとることができるらしい。

 と言っても距離が離れ過ぎていたらダメだし、大まかな方向しかわからないらしいけど。

 なので、各地でダンジョンの情報を収集して、

 ベルの感知能力を頼りに探すという地道な作戦を取るしかないのが現状だ。

 そしてエルネの質問については俺も気になりベルに確認しておいたのだが、できるのなら何とかしてあげたいと。

 でもやはり一番は姉妹たちの保護で、それの障害となるのであれば、排除することも辞さないとのことだ。


「なるほど。そう言うことでしたら、明日ギルドで確認してみるのがいいかも知れませんね」


 ベルの説明を聞きエルネが言う。


「情報を集めるなら酒場もいいんじゃない? 私酔っぱらいの相手なら馴れているから聞いてこようか?」


 エレインはいつも、酔っぱらいの父親に苦労させられているからな。なんとも良くできた娘だ。


「ならエルネ、明日エレインと一緒に酒場で聞きこみをお願いできるか?」

「かしこまりました」


 さすがに子供だけで酒場に行くってのもまずいしな。


「ガラドとシャルルはどうする? ギルドで聞きこみするだけなら俺とベルだけでも平気だぞ」


 まあ俺だけで平気なんだけど、自分のことなのに留守番なんてベルが納得するわけないしな。


「ギルド依頼も見てみたいし俺も一緒に行くよ」


 確かに王都のギルド依頼は俺も少し興味があるな。明日時間が余りそうなら受けてみるか。


「シャルルもベルが寂しがるから一緒に行くにゃ」

「ひとりで留守番するのが寂しいだけだろ?」


 軽口を言い合うシャルルとベル。相変わらず仲の良いことで。


「じゃあ明日はそう言うことで、今日は風呂に入って寝るとするか」


 俺の言葉に元気に返事をするみんな。


「ほらベル、早くするのにゃ! さっきお風呂を覗いたらすっごく広かったにゃ」

「な、すごく広かったよな。それに湯船に綺麗な花がいっぱい浮かんでたし」

「ま、まて、押すな。わかったと言うに」


 シャルルとエレインは嬉しそうにベルをお風呂場へと押していった。

 さて俺も行くかな……。


「坊ちゃま、どこへ行くのですか?」

「い、いや、いつもの魂力トレーニングの日課をね」


 そんな冷ややかな目で睨まなくても……。ちょっとした冗談じゃないか。

 俺はせめてもと、感覚フル強化できゃぴきゃぴと楽しそうなお風呂場の声を聞きつつ、日課のトレーニングに励んだ。


 そして翌日の昼過ぎ……。

 俺とベルとガラドとシャルルの4人は、ラトレイアで借りたプルスに乗って町外れの墓地に訪れていた。

 別に墓参りに来たわけではなく、この墓地の奥に3年ほど前に脱け殻になったダンジョン――ダンジョンコアが不在のダンジョン――があるとギルドで聞いたからだ。

 今さら来ても遅い話ではあるが、恐怖のダンジョン娘がアンデッド系の魔物を好んで使役していたということで、何か痕跡はないかと念のために探りに来たのである。


「どうだベル?」


 墓地の入り口で辺りを見回しながらベルに聞いてみる。


「うむ。やはり何も感じないな……」


 同じくキョロキョロと見回しながらベルが答えた。


「そうか。墓地の奥にダンジョンがあるみたいだから、一応向かってみるか?」

「ああ。何もないかも知れんが見てみても良いだろうか?」


 俺は頷き墓地に足を踏みいれた。 


「すっごい広い墓地だなー。わざわざラトレイアからこんなに離れた場所に作るはずだよな」

「でもひんやりして気持ちいいにゃあ。今日もすっごい暑いのに、なんでこの辺りはこんなに涼しいにゃ?」


 ガラドの言うとおりこの墓地はかなり広い。しかしラトレイアから離れた場所に作っているのは、何もその広さだけが理由ではない。


「小高い丘だから風が通るのか、もしくは夜にはアンデッドが出るってことだし、霊的な何かがあるのかも知れないな」


 信仰心が足りないと死後アンデッド化すると言われているらしいが、信仰心の薄いプルミエールの人たちが、アンデッド化したなんて見たことも聞いたこともない。

 俺の勝手な予想だけど、ウイルスや細菌の類いか、サトウキビを守っていたような微生物の仕業じゃないかと思っている。


「霊的って幽霊でも出るのかにゃ?」


 俺は見落とさなかった。シャルルの言葉にビクッと体を震わせるベルの姿を。

 そんなベルを横目でにやにや眺めていると


「――痛っ! 何すんだよ!?」

「ふん、知るか!」


 おもいっきり尻をつねられてしまった。なんという八つ当たりだ……。と言うか、こいつダンジョンに引きこもっていた癖に幽霊が怖いんたな。


 それからしばらく歩いて、ようやく視界の奥にダンジョンの入り口が見えてきた。


「そう言えば幽霊やアンデッドってどう戦えばいいんだ? 普通に倒せるのか?」

「ふふ、いい質問だなガラド」


 待ってましたとばかりにニヤリと笑んで見せる俺。


「本来ならアンデッドには、魔法や魔法効果が付与された武器か、聖水をかけた武器しかダメージを与えられないんだ」

「え? 俺、魔法なんて使えないし付与武器も持ってないぞ!」

「そこでこれだ」


 俺はそう言うとバックパックから1枚のスクロールを取りだした。


「さっきグラムがギルドで買ってた奴にゃ!」

祝福ブレッシングのスクロールだ。こいつを唱えると武器や防具に祝福効果を付与し、アンデッドや実体のない魔物からの攻撃を軽減したり、ダメージを与えることができるんだ」


 本当は魔方陣の形を覚えれば購入する必要はなかったんだけど、それを店でしたら盗んだようで申し訳ないから1枚だけ買っておいたのだ。


「おおお。そいつはすげーな! 俺アンデッドと戦ってみたいぞ」

「おいおい。さっきも言ったけど今日はダンジョンには入らないぞ」


 俺の言葉を聞いてあからさまに安心した様子のベル。よし、今夜は寝る前に怪談でもしてやるか。


「グラム、あそこ誰かいるにゃ」


 シャルルが指したほうを見てみると、俺たちと同じ年頃の男女が、ダンジョンの入り口で何やら話しこんでいる。

 まずいな。そのまま立ちさってくれればいいけど、今にも中に入ってしまいそうな勢いである。


「あ、入っていったにゃ!」

「くそ、行くぞ!」


 俺たちは見知らぬふたりを追いかけるべく、ダンジョンへと急いだ。

 レイスが出るから気をつけろとギルドで注意されていたから、入るつもりはなかったんだが……。

 念のために買っておいた「祝福ブレッシング」が役に立つことになるとはな。

 俺は買ったばかりのスクロールを使うと、慎重にダンジョンへと入っていった。

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