第63話 はじめてのチュウとご褒美のチュウ

「我は偉大なる深紅のコアを持つダンジョン! その名も――」

「いや、それは知ってるっての! ってか名付けたの俺だし」


 まるでミュージカル俳優のように、芝居がかった調子で語りだしたベル。

 そんな様子とは裏腹に、俺の手に重ねられたベルの手はかすかに震えている。

 だから俺はあえて、ベルの調子に合わせて突っこみを入れた。


「なんだつまらん奴め。まあそんなに聞きたいのなら真面目に話してやろう。そうだのお、ではまず我の姉妹について話そうかの」

「え? お前姉妹がいるの?」


 他の深紅のコアを持つダンジョン娘のことだろうか?

 そもそも、ダンジョン娘ってどうやって産まれるんだ?


「まあ姉妹と言っても血が繋がっているわけではないがな。そもそも我らは、どのようにして産まれたのかもよくわからん」

「自分たちも知らないとは少しびっくりだな……。あ、悪い。続きを教えてくれ」


 気になることはいっぱいあるけど、いちいち聞いていたらきりがないな。


「以前深紅のコアを持つダンジョンは9人存在すると言っただろ?」

「ああ。憤怒、傲慢、欺瞞、嫉妬、強欲、恐怖、邪淫、怠惰、そして暴食のベルだろ?」


 9つの大罪って言ったらまた怒られるから黙っておこう。


「ああそうだ。我ら9人はいつも一緒にいたのだが、みんな嗜好も性格もまったく違うから、中にはそりが合わないやつもいたりしての」

「まあ9人もいたら、みんながみんな仲良くなんて難しいわな」

「それで自然とグループができていったのだ」

「なるほど。それがベルの姉妹って訳だな」


 ベルは俺に持たれたかかったまま首肯した。


「我がいつも一緒にいたのは、姉の邪婬と怠惰それに妹の憤怒だった。さっき血の繋がりはないと言ったが、それでも我は3人を本当の姉妹と思っていたし、向こうも同じように思っていたはずだ。そしてずっと一緒にいるものだと思っていた……」


 いつの間にか不安まじりになっているその口調に、俺はベルが背を向けて座る理由をひとり納得した。


「我は、姉の怠惰と並んでご飯を作るのが日課での。あれはその時に起きたのだ。7年前のとても風が気持ちいい日に……」


 7年前……。俺がこの世界に来た頃か。


「いつもの様に姉の隣で、洗い物をしているときであった。姉が手にしていた包丁を落とし、突然うずくまり苦しみだしたのだ。見てみると、姉の額にあるダンジョンコアが、赤黒くにごり怪しい光を放っておった。我は慌てて助けを呼ぼうとした。しかし振りかえってみると、他のものも同様に苦しんでおったのだ……」


 ベルは少し言葉をつまらせ俺の手を強く握ると……、ふたたび語りだした。


「そして、突然身の毛のよだつ叫び声が響いた。声の方を見ると、強欲の奴が欺瞞の胸を貫き、ダンジョンコアを奪いとっていたのだ。それだけではない。良く見ると他のものも同じようにおかしくなっている」


 ベルの声が少しうわずっている。このまま話をさせていいのだろうか?


「いったいどうしたのだと我は混乱した。しかしその理由はすぐに判明した。なぜなら、我も皆と同じようにおかしくなったからだ。わ、我は大好きな姉を……。心の底から壊してしまいたいと思ったのだ……」

「ベル……」


 ベルは小さな肩を震わせ嗚咽を漏らしている。

 いつも元気なバカの弱々しいその背中を、俺は思わず後ろから抱きしめた。


「なっ――ええい、離せこの色欲魔!」

「ああそうだ悪いか!? 俺はいま無性にお前を抱きしめたくなったんだよ!」


 俺の手を振りほどかんと暴れるベルと、訳のわからないことを叫ぶ俺。


「ふ、ふざけるな! お前は我が怖くないのか!?」

「はあ? 俺がお前にびひるわけないだろ。そう言うことはこの拘束を振りほどいてから言え」

「我は大好きな姉を殺そうとしたのだぞ! お前は我が怖くないのか!」


 なんだそんなことを気にしているのか。バカな奴め。


「俺がお前に負けるわけないだろばーか! やれるものならやってみろってんだ!」


 ってバカは俺かもしれない……。何この小学生みたいなセリフ。


「お、お前は……。ほ、本当にバカな奴だなあ」


 そう言うとベルは大きな声で笑いだした。

 確かにバカみたいだったけど、バカにバカと言ったらいけないと思うんだ。


「うっせえ。お前がくだらないこと気にするからだよ!」


 そんなきもちをぶつけんと言いがかりをつける俺。


「くだらないか。まあグラムならそう言うと思っておったがの。少しでも心配した我がバカだったな」

「なんだお前もバカなんじゃねーか」

「グラム、お前本当に中身は25歳なのか?」


 そう言うとベルは盛大なため息をついた。


「その言いかたは少し傷つくのでやめてくれ……」

「ふふふふ。グラムそろそろ離せ。我はもう大丈夫だ」


 俺の手からすり抜けると、ベルはソファからおりこちらを振りかえった。


「なんだお前、涙でグチャグチャじゃないか」

「うるさい泣き顔を見るな。目を閉じろ!」


 俺の率直な物言いに顔を真っ赤にしてベルが言う。


「はいはい、わかりましたよ。ってか大好きなお姉ちゃんと俺を重ねたってことは、お前俺のこと好きなんじゃねーの?」


 言われるままに目を閉じる。そして少しでもベルがいつもの調子を取りもどしたらいいなと、俺はわざとおどけて見せた。


「まったくお前と言う奴は……」


 呆れた様子で呟くベル。

 きっとまた女心がわからないとか言われるんだろう。そして俺がそれに文句を言う。それでいつもどおりだ。

 なんて考えていたら、ベルは俺の肩をつかみ唇に柔らかいものを押しあててきた。


「――!」


 びっくりして目を開ける俺。ベルの顔がすぐ目の前にある。

 そしてベルも目を開き、俺から離れると


「女心のわからぬ奴め」


 真っ赤な顔でそう言った。

 ――えっ、今キスをされたんだよな俺?

 なんでいきなり?


「どうしたおかしな顔をして? そうか、我がグラムのことを好きかどうかだったのお」


 妖艶な笑みを見せるベル。いつもよりずっと大人びて見え、目が離せない……。

 もしかしてベルは本当に俺のことが好きなのか……?


「知りたければ早く大人になるんだな」

「な、なんだよそれ。大人になるって中身のことか? 年齢のことか?」


 盛大な肩透かしをくらって、どこか安心している俺と残念に思っている俺がいる。


「んー、まあ両方だ。こんな子供の格好で口づけてもしまらんだろ?」

「口づけるって……」


 その言葉にベルの唇の感触を思いだし頬が熱くなる。


「いちいち聞きかえすな。デリカシーのない奴め」


 自分で言っておいてなんたる理不尽か。と言うかベルの真っ赤な顔をみていたらどんどん恥ずかしくなってきたぞ。


「まあ良い。さっきの続きを話すからもっと奥に座れ」


 そう言って当たり前の様に、また俺の前に腰かけもたれ掛かるベル。

 多分ベルも恥ずかしくて俺の顔が見れないんだろう。

 でもさっきの続きって平気なのか? ベルが姉に殺意を抱いたって話の続きだよな?


「言いにくかったら無理しないでもいいんだぞ」

「いや大丈夫だ。心配するようなことはなにも起きておらん。我が訳のわからぬ破壊衝動に包まれてからの続きだったな」


 良かった。ベルが罪悪感と後悔の念に苛まれていなくて本当に良かった。


「結果から言うと我は正気を取りもどしたのだ」


 よく考えてみたら、今のベルがいるってことはそういうことだよな。


「先におかしくなっていた姉に襲いかかられての。そのときにダンジョンコアを少し奪われてしまったのだ」

「なるほど。それでちんちくりんになったんだな」

「そのちんちくりんの誘惑で、顔を真っ赤にしていたのは誰だ!」


 そう言うとベルは言葉を詰まらせた。

 多分自分のせりふで自滅しているんだろう。

 今ごろ真っ赤な顔をしているに違いない。


「とにかく! ダンジョンコアを奪われ我は急に正気を取りもどした。が、狂気に包まれた姉を前に、痛みと恐怖と絶望に包まれての。我は自分でも驚くほどの悲鳴をあげたのだ」

「――おい。また抱きしめてやろうか?」

「いらぬわ!」


 また泣きだすかなと思ったけど今度は大丈夫なようで安心した。抱きしめられないことを残念がってなんか決してない。


「我の悲鳴を聞いた姉は、不意にいつもの優しい顔に戻ってな。しかしまだ苦しいようで、姉は絞りだすような声で我に謝ると、力を振りしぼりスキルを発動させたのだ」


 ベルは立ちあがり少し離れると、こちらを振りかえり話を続けた。そんなに俺に抱きしめられたくないのか……。


「姉の固有スキルユニークスキル転送紋ワープポータル』は、我のコアを取りこんだためか最後の力を振りしぼったのか、その力はいつもよりもずっと大きく、辺り一面を覆いつくした。そして我らはそれぞれちりぢりに転送されたのだ」

「きっとみんなを守ろうとしたんだろうな」

「ああ。とても優しい姉だったからな」


 なるほど。だからベルはひとりでいたのか。


「なあベル。俺に手伝わせてくれないか?」

「手伝うって何ができるのだ。そりゃ姉妹たちに会いたいが、我は皆を人殺しにしたくない……」 


 まあベルならそう言うよな。大切な姉妹たちに、重い罪を背負わせるようなこと望むわけがない。


「でもお前は正気を取りもどしたんだ。きっとみんなを元に戻す方法もあるはずだ」

「それはそうだが、その方法がわからぬから困っておるのだ」

「とりあえず姉妹たちだけでも保護して、あとのことはあとで考えたらいいだろ?」


 少し可愛そうだけど縛るなり閉じこめるなりして、元に戻す方法を探ればいい。


「うむ……。でもそんな危険にお前を巻きこむわけにはいかん」


 むむ。なかなかしぶといやつめ。しかし俺は何がなんでもお前を手伝うって決めたのだ。


「じゃあこういうのはどうだ? もしお前たちの姉妹を無事元に戻すことができたら、そのときはまた俺にキスしてくれよ」


 自分で言っててかなり恥ずかしい。しかし1度口にしたら躊躇するともっと恥ずかしいのだ。


「なっ! 何を言っておるのだ――」

「なんだ? やっぱりその程度じゃベルの唇はもらえないのか?」


 だけど恥ずかしさで済むならどうってことはない。俺はそう思いベルを煽った。


「そ、そうだ。我の唇はそんなに安っぽいものではないのだ!」


 え、ここまでやって作戦失敗なのか?

 と思っていたら……。


「しかしそこまで言うのであれば、我の望みを叶えてくれたそのときは、もう一度お前に口づけてやらんでもない……」


 ベルはもじもじとしながらそう言葉を続けた。


「よし、それなら俺も気合いを入れないとな!」


 ぜひともそのときは大人ベルになってもらおう。

 なんてしまらないことを考え気合いを入れていると、ベルは顔を真っ赤にして部屋の奥へと逃げていった。

 今エルネたちが帰ってきたら、きっとあらぬ誤解を生んでしまうだろうな。

 うん、ふりとかじゃないですよ。

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