第65話 誰がために剣をとる

 ダンジョンの中は真っ暗だった。

 入り口だけは外から射す光に照らされているものの、奥のほうは光源がないため、先に入ったふたりを視認することもできない。

 しかし少し進んだ辺りに2つの魂力を感じるので、今ならまだ間にあうはずだ。

 そう思い、俺たちは石壁に囲まれた通路を、コツコツと靴音を鳴らしながら慎重に進んだ。


「グラム、こっちを見るのだ」


 ――『灯火ライト』――


 振りむくと、ベルの人差し指の先に魔方陣が描かれ、小さな光の球が現れた。


「すまないベル」


 ベルの意図を察し、俺は魂力の光を放出し見せてもらったばかりの魔方陣を描いた。

 魔法陣が輝き、光の球が現れる。

 俺が光の球を出したのを確認し、ベルは自分の出したものを消した。

 これからのことを考え魂力を節約しているのだろう。

 光の球はひとつだけでもかなり明るく、ぷかぷかと浮かび勝手について来るので問題ないようだ。


 しかしあのふたりはなんでこんなところに入って行ったんだ。

 遠目に見た限り俺とあまり変わらない年齢に見えたけど、戦う術は持っているのだろうか?

 いや、なまじ戦えるから入ってしまったのかも知れないな。


「ふにゃー……、なんだかすごく寒いにゃあ」


 シャルルの言うとおりダンジョンの中はかなり冷える。天井から滴りおちる水滴が地面に水溜まりを作っており、足元からも熱を奪っていく。


「外で待っているか?」

「大丈夫にゃ。シャルルがいなくなったらベルがお化け怖いって泣いちゃうにゃ」 

「なっ! だ、誰が泣くかこのバカ者め!」


 相変わらず緊張感のないやつらだ。と言うかベルの奴、お化けが怖いことは否定しないんだな。まあバレバレだけど。


「そんなに寒いなら俺の外套でも羽織っておくか?」


 ガラドめ、なんてイケメンなんだ。俺が女ならぽっとなってしまうかも知れない。


「んー、ちょっと臭うから遠慮しておくにゃ」


 おい! 人の好意になんてことを言うんだ。

 見ろ、ガラドのこの微妙な顔を! なんてフォローしていいかわからないじゃないか。

 ってそんなこと考えている場合じゃないな。今は人命がかかっているんだ。

 なんて思っていたら奥の方から剣戟の音が響いてきた。

 魂力で感覚強化しているからまだ俺しか気づいていないが、この先であのふたりが魔物に襲われているのかも知れない……。


「奥から戦っている音が聞こえる。急ぐぞ!」


 俺たちは武器を構え警戒しならが先へと急いだ。

 しばらく進むと小部屋が見えた。中には若い男女にスケルトンが5体。やはり先ほどのふたりが魔物に取りかこまれている!


「クッ――数が多いな!」


 細身で長身の少年が剣をひと薙ぎ、スケルトンの頭を砕く。なかなか鋭い太刀筋だけど、余裕はあまりなさそうだ。

 そして少年が残りのスケルトンに斬りかかろうとしたそのとき、地面から新たなスケルトンが湧いて出て、少女に向けて剣を振りあげた。


「グラム、女の子が襲われそうにゃ!」

「わかっている!」


 ――『祝福ブレッシング』――


 俺は祝福ブレッシングを使い、足に魂力を集中して地面を蹴った――

 体が放たれた矢のごとく加速する。

 そして俺はその勢いのまま、少女の後ろからスケルトンの剣を弾き、返す刀で止めをさした。


「ケガはないか?」

「は、はい!」

「そうか、なら下がっていろ。みんなこの子を頼む!」


 少女をみんなに託すと、俺は前方で戦う少年に加勢し、少年と共にスケルトンの群れを撃退した。


「妹を助けてくれてありがとう。助かったよ」

「危ないところを助けていただきありがとうございます」


 ふたりはそう言うと洗練された所作で頭を下げた。身なりも良く見えるし恐らく貴族の子だろう。


「無事ならいいんだ気にしないでくれ。それよりもここは危険だ。ひとまず外に出よう」

「ま、待ってくれ!」


 少年は外に出ようと促す俺を、必死の形相で止めてきた。何か訳がありそうだな。


「ベル、ここなら力を使えそうか?」

「――ああ、問題なさそうだ」


 俺はベルに頼み、みんなが座れるだけの椅子と、部屋の出入口にかんぬき付きの頑丈な扉を作ってもらった。


「き、君たちはいったい……」


 少年は驚愕の表情を浮かべ問いかけてきた。


「俺の名前はグラム。このダンジョンには人探しに来たんだ」


 そう返事をすると俺は椅子に腰かけ、みんなにも座るように促した。


「そうか。危険なところと知りつつ、わざわざ僕たちを追いかけて来てくれたんだな。本当にすまなかった」


 相変わらず綺麗な所作で頭を下げる少年。

 俺はみんなの紹介を簡単に済ませ、ここまでやってきた理由と、この場所が危険な理由をふたりに伝えた。

 が、どうやらふたりにここを出る意思は、まだなさそうである。


「良ければ、なぜこんなところに入ったのかと、名前を教えてくれないか?」


 ここまできたらもう見捨てることなんてできないしな。


「僕はアルブ――アルと呼んでくれ。そしてこっちが妹の――」

「フェルメールですわ。グラム様、先ほどは命を救っていただき、まことにありがとうございました」


 アルと名乗った少年が一瞬言い淀んだのが少し気になるけど、誰にでも言いたくない事情のひとつやふたつはある。

 お揃いのバターブロンドのストレートヘアとブルーの瞳から、兄妹って言うのは嘘ではないだろうし、悪いやつではなさそうかな。

 しかし超美形兄妹だな。


「さっきも言ったとおりこのダンジョンの奥にはレイスが出るんだ。レイスは戦闘能力がそこまで高い訳ではないが、恐ろしい呪い攻撃を使ってくる。それでも君は妹をつれてこの奥に行くのかい?」


 俺はアルを鋭く睨みつけた。

 どう言った事情があるかは知らないが、戦う術を持たない妹をこの先に連れていくことは、黙って見過ごす訳にはいかない。同じ妹を持つものとして……。


「グラム様違うのです!」


 するとどう言った訳か、妹のフェルメールが割って入ってきた。


「お兄様は反対したのですが、無理を言ってついて来たのはわたくしなのです。わたくしは戦うことはできませんが、お兄様を助ける術を持っているのです」

「フェルメール!」


 今度は兄のアルが割って入る。どうやら思った以上に複雑な事情がありそうだな。


「いいえお兄様。グラム様はわたくしたちを助けてくださり、その上わたくしの身を案じてくださっているのです。何も話さないのは、あまりに不誠実ではありませんでしょうか?」


 驚いたな。おとなしそうに見えてなんて芯の強い子なんだ。凛としたその姿はとても美しく見える。


「そうだな。すまないグラム殿。真摯な君に対して礼節を欠く行為、詫びさせてくれ」


 自分の非を素直に認め頭を下げる。簡単なようでそうできることではない。うん、俺この兄妹嫌いじゃないや。

 俺はふたりの力になりたいと思い、アルの語る事情に静かに耳を傾けた。


「そうだったのか、母親を助けるために……」


 ふたりは重い病におかされた母親を救うべく、ヒュギエイアの杯なるものを探しに来たと語った。

 ヒュギエイアの杯はレイスの王が持っているらしく、それに注いだ水を飲み干すと、あらゆる病を治すと古い書に記されていたそうだ。


「はい。ただの言い伝えかも知れませんが、藁にもすがる思いでやって来たのです」


 強い意志の宿る眼でフェルメールが答える。もしそんなものがあるのなら、ぜひとも力を貸してあげたいところだが、レイスの王か……。


「レイスの王がここにいるってのもその書に?」

「いや、残念ながらレイスの王の居場所までは書に記されていなかった……。しかし、僅かでも可能性があるのなら!」


 アルの表情からも強い意志を感じとれる。どうやらふたりの決意は固いようだな。しかし……。


「理由はわかった。でも倒せるのか? 普通のレイスですらC級なんだぞ。それの王となると間違いなくB級以上の強さを持っているはずだ」


 ただのレイスなら呪い攻撃さえ気をつければなんとかなるとは思うけど、さすがにB級以上となると今の俺ではまず勝てないだろう。


「アル、お前はその戦いに妹を連れていくのか? フェルメール、お前はどうだ? アルが命を落とすことになったらどうする?」


 無理やりに蓋をされたような沈黙が訪れる。アルとフェルメールが、その蓋を開き静寂を破らんと望んでいることは、ふたりの表情からよくわかる。母親の命を救える何かがあるかも知れない、そんな可能性が僅かでもあると思えばそうなるよな。


「危なくなったらすぐ逃げると約束できるか?」

「――えっ」


 俺も同じ立場なら……。そう思ったら自然と言葉に出ていた。


「約束できるなら手伝ってやる」

「グラム、君は……」

「グラム様……」


 喜色を浮かべるアルとフェルメール。

 俺の判断は恐らくいいものではないだろう。でも最悪俺が殿しんがりを務めれば、逃げることくらいはできるだろう。


「そう言うことだから、ガラド、ベル、シャルル。お前らは外で待っててくれ」

「はぁ?」

「にゃあ!?」

「ふざけるな!」


 まあ当然そういう反応をするわな。しかし俺にとってこいつらは、かけがえのない存在なんだ。今回ばかりは連れて行くわけには……。


「いいか? 俺は――」

「うるさい黙れ! お前は昨日我にした話を忘れたのか? お前が我らのことを大切に思っているように、我らもまたお前のことを大切に思っているのだ!」


 怒りを露にベルが俺に詰めよってくる。


「そうだぞ! 俺は何もエレインを守るためだけに鍛えてきた訳じゃねー。グラム、お前も含めみんなを守りたいから鍛えてきたんだ!」

「もし帰れと言われてもこっそりとついて行くにゃ。グラムはこの危険な場所でシャルルたちが離れた場所にいるのと、側にいるのとどっちがいいにゃ?」


 それに続くガラドとシャルル。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃないか。


「わかった、俺が悪かったよ。でもこれだけは約束してくれ。危ないときは俺が殿しんがりを務める。だからそのときは迷わず逃げるんだ」


 俺の言葉に沈黙を貫く3人。まったくこいつらは……。


「お前らが逃げてくれないと俺もいつまでたっても逃げられないんだ。俺が逃げるためにも約束してくれ」


 その言葉に渋々ながら首肯をする3人。


「アル、フェルメールも連れていくのか?」


 フェルメールは戦う術を持っていない。言いかたは悪いが、ギリギリの戦いになる可能性があるのなら、お荷物がいるとみんなの命を危険にさらすことになる。


「グラム、フェルメールは戦えないが役に立つ。理由は言えないが俺を信じてくれ」


 真っ直ぐに俺を見据えアルが答える。支援魔法でも使えるのだろうか?


「フェルメール、それでいいのか?」

「はい!」


 フェルメールも覚悟は決まっているようだ。

 なら仕方ないと俺も覚悟を決めると、みんなに隊列の指示を出した。

 俺とガラドが前衛。中衛にアルとシャルル。そしてベルとフェルメールが後衛だ。


「みんな、自分の命を守ることを第一に考えろ。絶対に警戒は怠るな!」


 改めて気を引きしめ、俺たちはかんぬきのかけられた扉を開きダンジョンの奥へと進んでいった。

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